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novel
金色の杯を交わせ


 暖炉の火が眩暈を起こしそうな程にくらくらと揺れている。ひんやりと部屋を横切る夜気は、開け放たれたベランダの窓から流れてくるようだ。そこに探していた人影を見つけ、スクアーロは飲みかけのシャンパンを片手にゆっくりと近付いた。
「よぉ、ボス。そろそろ日付が変わるぜぇ」
 アルコールのせいで濃い赤みを帯びた唇から、微かに笑気を孕んだ声が零れる。返事など期待していなかったが、静かに燃える紅瞳がちらりとこちらを一瞥したのに満足し、スクアーロはザンザスの隣に並んでベランダの手摺に凭れた。
 ここへ来る途中も途切れることがなかった賑やかな音楽は、ちょうど見下ろした城の中庭から聞こえてくる。整えられた芝生の上には大型のテーブルがいくつも並べられ、その上を料理やらアルコールやらが所狭しと埋め尽くしていた。暗殺部隊の本部とも思えぬ賑わいぶりだが、年の瀬である今夜ばかりは無礼講だ。
 最も、あるべきはずの楽しげな笑い声とは裏腹に、死に物狂いで逃げ回る部下どもの悲鳴と絶叫が鳴り響いているのだが。
「チッ、またベルのやつか」
 得意のナイフ片手に調子に乗ったベルが、手当たり次第ちょっかいを掛けているらしい。ザコといえどヴァリアー隊員。通常の人間よりはしぶとく出来ているから多少のことで死にはしないが、そうでなくとも少ない人員を一晩で一気に減らされるのは困る。
 スクアーロがぼやくと、カラリとウイスキーを傾けたザンザスが面倒臭そうに言った。
「レヴィに止めさせろ」
「あ゛ぁ?あいつならお前の名代でボンゴレのパーティーに行かせただろぉ?」
「……」
「う゛お゛ぉい!自分で命令したくせに忘れ…い゛っでぇ!」
 理不尽極まりない強烈な一撃を脳天に喰らい、スクアーロが呻く。クソッと口の中で罵りながら暖炉の上の置時計に目をやると、長針が短針と真上を指して重なり始めていた。
 もう間もなく新しい年の始まりだ。中庭では気の早い者たちがカウントダウンを始めている。
 その声をどこか遠くに聞きながら、スクアーロはぽつりと呟いた。
「今年も終わりだなぁ」
「……」
「dieci、nove、otto…」
 カウントがついに10を切る。階下の声はいよいよ盛り上がり、意味もなく心がざわめく。
「cinque、quattro、tre…」
「ザンザス」
「…なんだ」
 振り返ったザンザスの瞳は真直ぐにこちらを見据えていて、跳ね上がった心音がどくりと鼓膜を叩いた。
「来年も…」
「スクアーロ」
 二人の声が重なり、時が止まる。
「…………え?」
「uno!!」
 次の瞬間、一斉にAuguriの声が轟いた。違法花火が宙を舞い、闇空が赤く染まる。人々は身分も立場も忘れて口々にBuon annoの言葉を交わし始める。
 が、スクアーロはそれどころではない。
「…え?……えっ?ちょ、なっ!いまお前…!!」
「ボス〜!スクちゃ〜ん!Felice anno nuovo!」
 すぐにルッスーリアたちの呼ぶ声が聞こえ、半ば呆然としつつもスクアーロは慌ててグラスを掲げて応えた。
「しししっ、新年早々馬鹿ヅラー」
 いつもなら腹の立つベルのからかい口調も今はどうでもいい。ザンザスはと見れば、次々飛んでくる部下の挨拶を避けるように早々に部屋の中へと引っ込んでいた。
「う゛お゛ぉい!さっきのはなんだぁ!お前いつもはオレのこと…!」
 訳の分からない気恥ずかしさが込み上げてきて顔が熱い。誤魔化すように声を張り上げると、間髪入れずウイスキーグラスが飛んできた。
「がっ!」
 それを額で受け止めながら、スクアーロはつい緩みそうになる口元を吊り上げてニタリと笑った。
「Buon anno、ザンザス」
「…うるせえ、ドカス」

 まっさらな年の始まりに紅と銀の瞳を見交わして。
 引き寄せた首筋に、いちばん新しい傷痕を。


Fine.


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