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novel
Lama di argento/ザンスクパロ


 灰と瓦礫に埋もれていたのは、月と見紛うばかりの銀色だった。


 ドアの隙間から明かりが漏れているのに気付き、ザンザスは忌々しげに舌打ちした。先日気紛れで拾ってきた薄汚い仔犬は、どれほど厳しく躾けても自分の命令を聞こうとしない。いっそ首輪と鞭でも用意して調教してやるしかないのか、と半ば本気で考えながら、ザンザスは寝室の扉を押し開けた。
「先に寝てろと言っただろうが、ドカス」
「ザンザス!!」
 丸まっていたシーツの塊がガバッと跳ね上がり、中から銀髪の少年が飛び出てくる。勢い余って自分に抱きつきそうになった身体を軽くかわし、ザンザスは溜息をついた。
「るせえっ。今何時だと思ってやがる」
「あ゛?1時43分だろぉ?」
 置時計を見て馬鹿正直に答えた少年が、きょとんと無防備な顔でザンザスを見上げる。
「日付が変わったら先に寝ていろと、オレは言わなかったか?」
「言った。けど眠れねぇから起きてたんだぁ」
 と強気に言い返す少年の目元はぼんやり赤く腫れている。眠気と戦いつつ何度も目を擦っていた証拠だ。
「なぁ、今日も字の読み書き教えてくれんだろぉ?」
 声に喜色を滲ませて少年がこちらを見上げてくる。
「屋敷の奴等に頼めと言っただろう。オレはてめーに構ってるほど暇じゃねぇ」
「けどオレはお前がいいんだぁ!」
 今にも地団駄でも踏み出しそうな顔で、焦れたように少年が叫ぶ。
 これもまた問題の一つだ。屋敷に引き取って以来、この少年は自分以外の人間に全く懐こうとしない。世話役の女中頭によれば、他人から与えられる好意を、意識して頑ななまでに拒んでいるという。だがそれでいて自分にはこうしてうるさいまでに纏わりついてくる。まるで忠犬のようだと思うと、さっきの首輪のことまで思い出してザンザスはひそりと笑った。
「なぁザンザス!いいだろぉ!」
「…10分だけだ」
 やった!と手を叩いた少年が、ベッドの中から要らなくなった紙とペンを引っ張り出してザンザスに突きつける。書き取りの練習をしていろ、とこの命令だけはどうやら忠実に実行していたらしい。
「で、いい加減名前くらいはマトモに書けるようになったのか?」
「う゛お゛ぉい!もちろんだぜぇ!見ろ!」
 と突き出された紙には、一面に同じ名前が書いてある。すかさずザンザスは少年の後頭部に容赦ない一撃を振り下ろした。
「っでぇ!!」
「馬鹿かてめーは。誰がオレの名前を練習しろと言った」
「だってよぉ…!」
 両手で頭を押さえ、少年が涙目になって言う。
「お前の名前ってなんかカッコイイじゃねぇか」
「……」
 一瞬虚をつかれたような顔をし、ザンザスはたちまち顔を顰めて更なる一撃を振り下ろした。
「…ドカスが」
「っでぇえ!さっきより痛ぇええ!!」
「オレの名前に意味なんかねえ。さっさとてめーのを練習しろ」
 そうしないならオレは先に寝る、と脅すと、少年が慌てたように机に向かった。
 仕方なくその様子を後ろで眺めながら、ザンザスが独り言のように言う。
「名は体を表す、か」
「あ?なんか言ったか?」
「いや、てめーに似合いの名だと思っただけだ」
「そうかぁ?」
 自分で書いた名前を眺めて、少年がよく分かんねぇ、と呟く。少し考える素振りをしてから、少年は自分の名前の隣にザンザスの名前を書いた。
「やっぱお前の名前の方がいいと思うぞぉ!」
 その声があまりに幸福そうに聞こえて、ザンザスは苦笑することしか出来なかった。
「…そうだな。いつかそいつを意味のあるものにしてやる」
「??どういう意味だぁ?」
「てめーの無い頭で考えても仕方のねえ話だ。おら、さっさと書かねえならオレは寝る」
 ククッと喉奥で笑ってから、ザンザスはコツコツと自分の腕時計を指して見せた。10分と定められた時間は既に半分以上を経過している。
「う゛お゛ぉい!まだ終わってねぇぞぉ!」
 慌てて机に向き直った少年が、インクで手を汚しながらガリガリと同じスペルを綴っていく。
 その姿はまさに、傲慢に獲物を喰らい尽くす鮫のようで。
 スペルビ・スクアーロ。
 血と腐敗の大海に生まれた少年は、誰よりも飢えたケダモノの目をしていた。


 気紛れで手に入れた銀色の刃は、きっと研ぎ澄まされてこそ価値がある。


Fine.



仔鮫相手なのでボスが別人。


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