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novel
鉛色の枷を嵌めろ


「う゛お゛ぉい!こいつにサインしろぉ!」
「却下だ」
 執務室の扉を意気揚々と開けつつ上げた咆哮は、ザンザスの素っ気ない一言で一蹴された。思わずぱちくりと瞬きしたスクアーロが、右手に握り締めた紙をひらひらと振って見せる。
「まだ何の書類か言ってねぇぞぉ」
「てめーがノックもなしにドアを開けるのは、例のくだらねえ百番勝負とやらでオレに休暇届を持ってくるときだけだ」
「うぐっ!」
 図星を指され言葉に詰まったスクアーロを、書類に向いたまま視線だけジロリと上げたザンザスの眼光が一瞥する。触れたら切れそうな鋭さにたじろぎつつ、スクアーロは負けじとずかずか歩み寄って休暇届をデスクの上に叩き付けた。
「いいから早くここにサインしろ!もう夕方のチケット取っちまったんだぁ!」
「ほう。今度は北極か?南極か?」
「赤道直下の灼熱地獄だぁ!」
「…馬鹿正直に答えてんじゃねえカスが。サインはしねえ。とっとと出て行け」
「前回の勝負からもう2ヶ月も経ってんだ!その間ずっと休みナシで仕事してただろうが!」
「当然だ。休ませたら窒息する」
「オレはマグロじゃねぇええ!」
 ギャアギャアと喚き散らすスクアーロの頭をとりあえず真鍮製のペーパーウェイトで殴ってから、ザンザスはふと思い出したように積み上げた書類を探った。
「お゛あっ!てめいい加減に…!」
「おいドカス。サインしてやる代わりにこいつを片付けて来い」
「あ?」
 ひらりと渡されたのは極秘の暗殺計画書だ。いつもの癖でさっと内容に目を通してから、スクアーロはきゅっと形の良い眉を顰めた。
「ザンザス。上に9代目の死炎印があるってことは、コイツはお前への勅命なんじゃねぇのか?」
「その程度のくだらねえ任務に、オレが出向く必要があんのか?」
「う゛お゛ぉい…」
 そういう問題じゃねぇだろ、と言いたいのをぐっと我慢してスクアーロが黙り込む。
「嫌ならこれは却下だ」
「了解、ボス」
 書類と交換に渡した休暇届けを再び握り潰されそうになり、スクアーロは慌てて首を縦に振った。これもボスの命令だ。どうにでもなれ。
「クソッ、せっかく取ったチケットがパァだ。キャンセル料は経費で落としてやるからなぁ!」
「勝手なこと抜かしてんじゃねえ。これ以上邪魔しやがったらかっ消す」
 言いつつ、ザンザスは既に次の書類に目を通し始めている。仕方なくさっと踵を返してスクアーロは足早に部屋を突っ切った。閉じかけた扉の隙間からひょいと顔を出して念押しするのを忘れない。
「いいか、帰ったら必ずそいつにサインさせてやるからなぁ!騙しやがったら承知しねぇぞぉ!」
 言うなり慣れた手つきでさっと閉めると、扉の向こうでゴンッと何かがぶつかる重い音がした。多分、さっきのペーパーウェイトだ。


 ごとりと虚しく床に落ちた塊をちらりと見やって、ザンザスはつまらなそうにふんと鼻を鳴らした。
 目の前に残された不愉快な白紙を引っ掴み、傍らの引き出しを開ける。その中には、これと同じ保留中の休暇届が溢れんばかりに詰め込まれていた。書いてあるのは全て同じ名前だ。既に期限の切れてしまったものもあるだろうが、こんなものの整理に時間を費やすのは無駄以外の何物でもない。
 そもそもカスの分際で休暇などおこがましい。馬車馬のように働き、仕事に忙殺されて死ね。
 そうすれば、二度と妙な気も起こさないだろう。
「…チッ」
 苛立たしげに舌打ちして、ザンザスは手にしていた紙を屑の上に積み重ね、無理矢理引き出しを閉めた。
 次の任務という見えない首輪はいくらでも湧いて出てくる。なるべく期間の長く掛かりそうなものを探して、ザンザスはもう一度机に向き直った。


Fine.


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