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novel
紺碧の雫を散らせ


 闇の底から噴き出した風が瓦礫に積もった埃を巻き上げる。砂粒ほどの小石が頬を掠めてザンザスは閉じた瞼をぴくりと震わせた。次いで目を開けたのはそんな瑣末に苛立ったからではない。こちらへと近付く見知った気配を感じたからだ。
「ボス、ちょっといいかしら」
 ちらりと視線を投げ付けると、おぞましく派手な孔雀を連れたルッスーリアが、椅子に凭れまま寝たふりを続けていたザンザスの様子を窺っている。
「他のみんなの治療も終わったし、次はボスの番よ」
 先刻、ベルの兄だとかいうクソガキにやられた傷のことをいっているのだろう。だがあの程度、ザンザスにとっては掠り傷の範疇にも入らない。
「…構うなと言ったはずだ」
 素っ気なく言い放って再び目を閉じようとすると、くすくすと笑う声が聞こえた。不愉快そうにジロリとねめつけると、その視線を受け止めたルッスーリアが全く悪いと思っていない口調で「あらごめんなさいね」と謝った。
「これが任務ならボスの命令に従うんだけど。でもこれは任務じゃなくて、ある人からの『お願い』なの」
 何が面白いのか口元に笑みを湛えたまま、ルッスーリアが傍らの孔雀に話しかけている。低く一声啼いた孔雀が、ごてごてしい羽をバサリと広げてルッスーリアの方へと差し出した。
「ええと、どれだったかしら…。あ、そうそう、これこれ」
 意味さえ持たない言葉を独りで呟きつつ、ルッスーリアがするりと何かを抜き取る。その手に握られていたのは眩い黄金色を纏った一枚の羽だった。
「クーちゃんの羽に晴の炎を宿してみたの。簡単な傷ならこれで十分治せるし、この程度の炎なら細胞が活性化して髪や爪が伸びることもないわ。それに…」
 一度言葉を切って小首を傾げたのは、あの分厚いサングラスの下でウインクでもしたのだろうか。
「これは、ある人の心が籠もった、ボスのための特別製よ」
 言うなり、ギラギラと派手な炎を放つ羽をさっさとザンザスの手に押し付け、ルッスーリアは今にもスキップしだしそうな勢いでくるりと背を向け去っていった。
「チッ」
 思い切り打った舌打ちに、傍らで休んでいたべスターがぴくりと耳を動かし顔を上げる。それを視線で制してから、ザンザスは邪魔だと言わんばかりに羽を握り潰し、地面へ放り捨てようとした。
 その刹那、不意にめらりと揺れた炎が掌を掠める。晴の炎にしては些かひやりとした感触に、ザンザスは訝しげに眉を寄せた。
 細胞を活性化させ傷を癒す晴の炎は、普通触れるとどこか暖かくさえ感じるものだ。だが、この羽に宿っているのは…どうやらそれだけではない。
 指先で羽を摘みくるりと一回転させて確かめてから、ザンザスは皮肉っぽく口元を歪めた。
「くだらねえことしやがって」
 舌打ちと共に仕方なく羽を閃かせ、すうっと傷が消えていく様をつまらなそうに眺める。数度それを繰り返すと、傷は跡形もなく消え去った。
 確かに、少量の炎だが十分な威力だ。死滅した細胞を活性化させ、新しい組織を形成する晴の炎。
 …そして、じわりと鼓膜を蝕んでいた痛覚を鈍らせ、麻薬にも似た鎮痛効果をもたらした、それはおそらく。

 黄金に紛れ込ませるには少々自己主張の激し過ぎる、透き通るような青色の炎。


Fine.


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あきゅろす。
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