novel
錆色の錠を壊せ
眼前に迫る馴染みのドアをためらいなく蹴破る。
ガンッと鈍い音がして、知らぬ間に掛けられていた南京錠が乱雑な扱いを嘆くように廊下に落ちた。
こんなもの、主のいない部屋に誰が付けたのか。
正体さえ判らぬ相手の意図が、この部屋ごと主の存在を封印することだったとしたら、自分はそいつを容赦なく切り刻むだろう。
現にこの部屋の主は今、分厚く冷たい氷の牢獄に封じられているのだから。
「ちっ…」
誰にともなく舌打ちして、スクアーロはざっとザンザスの部屋に視線を巡らせた。
『揺りかご』と名付けられたあの日から2週間。
主犯者であるザンザスの私室からボンゴレ9代目への反逆に至った経緯でも探ろうとしたのだろうか、ここには一度組織によって捜査の手が入ったと聞く。
だがそれきり手入れすらされていなかった室内は、うっすらと埃を被って漂う空気も澱んでいた。まるで時間の流れに取り残されてしまったように。
「気にいらねぇ。何もかも気にいらねぇ!」
込み上げた罵倒を吐き出してずかずかと踏み入り、バルコニーへと続くガラス扉を両手で一気に押し開ける。
ざっと風が流れ込んで、留まっていた空気は瞬く間に天井へと押し上げられた。
くるりと振り返ると、窓辺に置かれた黒檀の執務机と革張りの重厚な椅子が目に入る。
不意にその椅子に背を預け、持て余した長い脚をふてぶてしく机に投げ出している男の幻影が浮かんで、スクアーロはすっと目を眇めた。
一瞬ためらった後、歩を進めて椅子の前に膝をつく。ぺたりと座面に額を押し付けると、覚えのある香りが鼻腔をくすぐって、ざわりと身体の奥が疼いた。
じわじわと体温が上がるにつれ、抑えていた血が騒ぎ出す。
感覚を失ったはずの左手さえ、何かを求めてうずうずと騒ぎ出した。
剣か、血か、苦痛か、快感か…それとも。
「ハッ、くだらねぇ!」
籠もった熱を自嘲に変え、スクアーロは額に張り付いた前髪を払ってさっと立ち上がった。
これではまるでパブロフの犬だ。椅子の残り香程度に身を震わせていたのでは、そこらの駄犬と変わりない。
「オレが欲しいのはただ一つだぁ」
剣が欲しければ手を伸ばせ。血が欲しければ剣を振るえ。
苦痛と快感はそれと同じ場所にある。
…ならば疼くこの身が求めているものは一つしかない。
カッと音を立てて踵を返し、入ってきたのと同じ速さで部屋を出て行く。後ろ手に扉を閉めると、さっき破壊して落ちた錠が目に入った。
無かったことにも、見て見ぬ振りもさせはしない。
靴底でギリギリと踏み潰すと、頑丈な南京錠が無惨に崩れ形を失っていく。それを満足げに見やって、スクアーロは主のいない部屋を後にした。
もう二度とここに用はないだろう。
いずれ来たるべき時が来たとき、彼に相応しい場所は別にある。
消え行くばかりの残香など捨ててしまえ。感覚を研ぎ澄ませて海洋の果てを探れ。
獰猛な鮫が喰らうのは、生きた血肉だけなのだから。
Fine.
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