風が凪ぐ(鉢次)


※未来捏造



びゅうびゅう、と音を立てる夜風に対して俺の心臓はまるで止まってしまったかのように静かだった。







柔らかな月光が俺たちの足元に影を落とした。薄く伸びる忍の影だ。

「久しぶりだな」

屋根の上で対峙する黒で身を包んだ男(という俺も黒ずくめなんだが)が厭らしく笑ったのがわかった。口元には布を当て、ほんの少し目元が見えるだけなのに、微かに揺れる空気ですぐにわかる。昔からその笑い方は変わらない。

「変わりませんね、鉢屋先輩」

鉢屋、と俺が呼んだ男はなおも笑いながら軽く肩を竦めた。

「私も歳を取った筈なんだがね」

そう言って男は口布を外した。姿を現したのは知らない男の顔だった。見たこともない顔だ。

「それにしてもよく私だと解ったな。もう雷蔵の顔はやめたのに」

解りますよ、そっと心の中で呟いた。口にしてしまったら何かが溢れてしまいそうだったから。

「次屋は変わったな」

そして男はぽつりと言った。風が凪ぐ。男の長い髪が夜の闇に揺れた。

「背も伸びたし、顔付きも大人びた。あの頃とは見違える」

確かに身長もずいぶん伸びて、昔のあなたに近付いた。しかし近付いたのは身長だけで、あなた自身にはこれっぽっちも近付けなかった。いつまで経っても遠い存在。変わらないなあと俺は内心嘲笑気味に笑った。

「あともう一つ」

ふと男の表情が和らいだ。

「忍らしくなった」

そう言って男は柔らかく微笑んだ。あの頃、たまにだけ見せてくれた笑顔だ。どんなに違う人間に化けていてもこの顔を見たら鉢屋先輩なんだと思えた。大好きな顔だった。

男は一度目を伏せてから、再び口布を当てた。そしてぱちりと俺を捕らえたその目は、忍のものだった。

静かに深呼吸をして、目を閉じた。次に目を開いたら全ては悪い夢だったのだと、そう思いたい。


ゆっくりと瞼を持ち上げた。

先程と変わらず、風が凪いだだけだった。


20100714


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