焦げ臭い。見ればそこらじゅうから黒い煙が立ち込めていた。 「…げほ」 苦しい。息がうまく出来なくて、腹の傷がじくじくと痛む。そっと傷口に手を当ててみればぬめりとした感触に俺は顔をしかめた。 (…まじーな) 止まりそうにない血に加え、ぐらぐらと目眩もする。森が揺れる。どこから敵が出てきてもおかしくない状況だ。しかし足はおろか身体の部位ほとんどが動かない。学園に戻ることも出来なそうだと霞む思考の隅で思った。 ぼんやりと手首に巻かれている紐を見て、数時間前に別れた彼のことを思い出す。果たしてうまく逃げ切れただろうか。お互いの手首に巻かれた紐を切った時の彼の顔が忘れられない。絶望したような、悲しそうな瞳だった。 「どういうつもりだ」 「俺が敵を引き付けますんで先輩は先に逃げて下さい」 「お前一人で何が出来る!どうせ迷子に…」 「流石にこの状況で迷子になる程馬鹿じゃないですよ」 「だが…!」 「さあ、早く」 なかなか動こうとしない先輩の背中を無理矢理押して、俺はその場を後にした。後ろから先輩が何か叫ぶ。 あんな悲しそうな顔はさせたくなかった。でもその顔すら愛おしい。 手首に繋がる紐の先を見た。ぷっつりと切れたその先はきっと彼と繋がっている。馬鹿みたいにそう思った。 「…はは。繋がってると、いいなあ」 「三之助!!」 びっくりして見上げると滝夜叉丸先輩が息を切らして走って来た。 「どうして…」 「お前を一人にすると帰って来ないのは目に見えてるからな」 そう言って先輩は俺の目の前にしゃがみこんだ。そして俺の手首に結んである紐に気付いて泣きそうに笑った。先輩の細くて綺麗な指がその紐と彼の持つ紐をきつく結ぶ。 「ほら、これで迷子にならないだろ」 先輩はぼろぼろの俺の身体を強く強く抱き締めた。少し早い心音を聴きながら俺はゆっくりと重たい瞼を閉じた。 やっと呼吸ができた気がする。 20100710 |