声(浦風→次屋)


※現パロ



『綺麗な字だな』

ノートに走らせた自分の字を見ていたら、ふと昔の記憶が思い出された。よく耳に馴染む低い声。俺は思わず手を止めた。長ったらしく続いていた和訳が途中で切れる。自分しかいない放課後の教室は静寂に包まれていた。シャープペンシルを走らせる音がなくなって少しだけ寂しいような気すらした。

「藤内」

たった今脳裏に浮かんでいたものと同じ音色が俺の名前を呼ぶ。はっとして窓の外を見遣ると、中庭の真ん中から俺を見上げる姿があった。金色の前髪を風に揺らしながら、緩い笑顔を浮かべている。

「まだ帰らねえの?」

「…明日の予習があるから」

「はー、相変わらず真面目だねえ」

そう感心したような、または呆れたようにも見える表情をしながら三之助は言った。

「三之助は彼女待ち?」

「あー、まあ」

三之助は短く切り揃えられた髪を弄りながら、だるそうに目線をずらした。その姿を見て俺は内心ため息をつく。

次屋三之助。ツーブロックに染められた髪と高い身長。体育委員会で鍛えられて付いた程よい筋肉に、女子からの人気は意外と高いらしい。ただし悪い噂もひとつ。それは絶対に彼女とは長続きしないということだ。三之助は女子からの告白は断らない。軽薄で軟派。いつも違う女の子を連れて歩いている三之助を、良い目で見ない人間も少なくはない。

「二組の子?」

「いや、先週別れた」

三之助こそ相変わらずのようだ。全く馬鹿な男だと思う。黙っていればそれなりに男前だろうし、友人として付き合う分には性格も悪くない。勿体無いと思わずにはいられなかった。

「お、来た」

そう考えていたら、どうやら彼女が来たようだった。

「じゃあな、藤内。今度ノート見せて。お前の字、綺麗で見やすいから」

なんとも勝手なことだけ言い残し、ひらひらと手を振りながら三之助は彼女と肩を並べながら帰っていった。ロングヘアーの可愛らしい女の子。一体いつまで続くのだろうかと二人の後ろ姿を見つめながらぼんやり思った。

「…本当に、馬鹿な男」

俺は静かに呟いた。そして三之助の言った言葉を思い出し、自分の書き綴られたノートに目線を落とす。特に癖もない模範的な字。三之助が綺麗だと言った字だ。その字を指先で軽くなぞった。すると脳内に響くのは、凛とした心地好い声。


わかっている。お前は確かに馬鹿だけど、本当に馬鹿なのはお前じゃない。本当に、本当に馬鹿なのは、



「……お前なんかを好きになった俺だよ」




遠くで君のが聴こえた



20111106


あきゅろす。
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