指先で溶ける海(鉢次)




「海を見たことありますか?」

部屋の真ん中で本を読んでいたら、縁側に腰掛ける次屋が声を上げる。次屋はその金髪の前髪を風に揺らしながら、青く広がる空を見上げていた。まるで独り言のように呟くものだから、私は一瞬誰にたいしての問い掛けなのか考え込んでしまった。しかしその言葉は確かに疑問系であるし、この場には次屋以外に私しかいない。私にたいしての問い掛けなのは明らかだった。

「あるよ」

幼い頃、あちこちを転々としていた私はいつだったか海を見た。今となってしまえば遠い過去の記憶の中だが。

「どんな感じでした?」

「別に湖と変わらない」

古い記憶を呼び起こす。繋がれた大きな手。優しく微笑む母親らしき女の姿。そして青くて広大な水の塊。そこまで思い出して、何故か頭が痛くなり私は思考を中断した。

「先輩?」

不思議そうに私を見る次屋。私はのそのそと身体を動かし、次屋の隣に横たわった。肘を付き頭を支えながら同じように空を見上げる。

「なんでいきなり?」

「今日授業で聞いたんです。海は青くて大きくて、すごく綺麗なんだって」

「へえ」

そう素っ気なく言葉を返す。あれが綺麗なものなのかと、また古い記憶を思い起こそうとしてやめた。再び頭痛に襲われるのは御免だ。その代わりに、私は次屋に向かって小指を差し出した。首を傾げる次屋を見て、私は軽く微笑みを溢す。

「いつか連れて行ってやるよ、海に」

一瞬だけきょとんとした表情を浮かべた後、次屋は嬉しそうに私の小指に同じそれを絡ませた。







20110505


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