スプライト(富次)






※現代


ふわりと柑橘系の匂いが鼻を掠めた。

不思議に思って横を一緒になって歩く三之助を見やれば、それに気付いたように三之助は首を傾げた。

「なに?」

「なんか匂う」

そう言えば、三之助はシャツの袖口に鼻をくっつけてくんくんと嗅いだ。

「そうか?」

「香水つけた?」

「いや」

甘くて少し酸っぱいような柑橘系の匂い。ほのかに三之助から香ったような気がしたのだが、気のせいだったのだろうか。

「作兵衛の気のせいじゃない?暑いし頭おかしくなったんだよ」

ジリジリと照り付ける太陽に非難の声を上げながら、三之助は投げやりにそう言った。そんなわけあるかと小突いて、青い空を見上げる。しかし確かに暑い。暑すぎる。連日猛暑という日が続き、溶けてしまいそうだ。熱を持ったコンクリートの上を歩きながら、三之助はおもむろに鞄からペットボトルを取り出した。

「暑くてさっき買ったんだ」

緑色のパッケージが傾けられる。透明な液体が小さな泡を立てて三之助の口の中に流れ込んだ。

三之助の言った通り、暑くて頭がおかしくなったんだ。

手を伸ばして、ワイシャツの襟元を掴む。いくらか俺より身長の高い三之助を屈ますように引っ張れば、ぐえっという可愛らしくもなんともない声が聞こえた。その声ごと飲み込むように、濡れた唇に口付ければ甘い液体が俺の喉を伝う。しゅわしゅわとした炭酸と、微かにするライムとレモンの味。ああこれだったのかとぼんやり思った。

そして離した唇から出た三之助の言葉に、俺は腹を抱えて笑った。


「ぬるい」


どうやら本当に暑さで頭がおかしくなってしまったようだ。



20100907


あきゅろす。
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