「落ちてみますか」 吸い込まれるような彼の声に僕は知らずのうちに頷いていた。 土の中はひんやりと冷たい。冷えた空気が肺を満たした。そっと土の壁に触れてみれば、湿った感触がした。 「なにかわかりましたか」 「え?」 「何故私が穴を掘るのか知りたかったのでしょう?」 そう言った綾部くんがゆっくりと空を見上げた。狭い夜空にはいくつもの星が瞬いていて、それがいつもより少しだけ遠くに感じた。 「僕ってそんなにわかりやすい?」 「ええ、まあ」 参ったなあと頭を掻けば、綾部くんは夜空にあった視線を僕に戻してそう素っ気なく答えた。大きなぱっちりとした目が僕を見つめる。 「教えてあげますよ」 綾部くんは壁に手を当てて、静かに呟いた。 「ここは、還る場所なんです」 暗闇の中、じっと壁を見つめたまま綾部くんは続ける。 「人は死んだら土に還るんです。だから還ってしまう前に穴を掘るんです」 じゃあ、最期に見る景色はこんなふうに空なのかと上を見上げながらそう思った。こうやって、青空だか夜空だかを見つめて埋められていくのかと。もっとも死んでしまっているのだから景色なんて見れないだろうけれど。 「でも、それなら、最期は綾部くんを見ていたいなあ」 そう笑って綾部くんを見れば、相変わらずの無表情な顔が僕に向けられていた。 「僕が死んだら、綾部くんが土に還してね」 「…まあ、約束はできませんけど」 いいですよ、と呟いた彼の手が不意に伸びてきて僕の髪に触れた。するりとその指を髪に通す。 「しかし、この美しい髪に土を被せるのは少し躊躇われますね」 微かに顔を歪めて笑った綾部くんに僕も目を細めて笑った。 「さあ、そろそろ帰りましょうか」 差し出された手を握り返して、僕たちは土の中から出た。 20100804 結局穴を掘る理由はなんだ |