侵食(鉢屋+斎藤)


じわり、じわり。



「こんにちは、鉢屋くん」

可愛らしく首を傾げて挨拶をしてきた男を見て、俺は眉をしかめた。

「…どうも」

「ふふ、素っ気ないなあ」

金色の髪を靡かせながら柔らかく笑った斎藤が一歩、私に近付く。端から見れば、可愛らしい愛嬌のある人間だろう。現に兵助などはよく一緒に笑っているのを見掛ける。しかし私はどうもこの男が嫌いだった。その笑っていない目が、嫌悪感をもたらす。

「…いつも思ってたんだが、何故私だとわかるんだ?」

きょとん、と斎藤の目が開かれる。だがそれはすぐに私の嫌いな目となり、私を真っ直ぐに射抜いた。口元が妖しく弧を描く。

「僕に似てるから。全く笑ってないよ、その目」

斎藤は目を三日月に細め、ゆっくりと私の瞼に触れた。拒むことの出来ない、絶対的ななにかがじわじわと私に襲いかかる。

「同族嫌悪っていうのかなあ、凄く嫌いなんだ、この目」

そうだ、と思い出したように斎藤はぱっと手を離した。

「僕も前から気になっていたことがあって。ねえ、他人に化けるってどんな気持ち?」

その澄んだ声が耳から入り、脳をぐるぐると走った。なおも口元を歪めたまま斎藤は続ける。

「君が他人に化ける度に、その人は危険に晒される。君が任務で少しでもヘマをしたら、どうなるかわからない訳じゃないよね?」

じわり、じわり。

「あ、もしかして逆だった?守る為に、なんて君らしくないけど」

ねえ、どんな気持ち?と斎藤は繰り返した。動けない。いつの間にか喉がからからに乾いていて、言葉を発することも出来なかった。

ふと遠くで兵助が斎藤を呼ぶ声がした。斎藤はその声に応えて、ゆっくりと私に向き直る。またねとその口元が笑った。


斎藤がいなくなった後もその場から動けない私は、ようやく気付いたのだ。

じわじわと、蝕まれるその感覚。手遅れだ、と咄嗟に思った。

私は、もう。







浸水していくかのような、侵食。



20100719
嫌悪というより憎悪


あきゅろす。
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