まるで深海のように(綾部+斎藤)


そっと、壁に触れてみる。夜の冷気にあてられて土はひんやりと冷たかった。夏の生温い空気から逃げるように私はざくざくと穴を掘り続けた。


もうどのくらいの時間が経っただろうか。見上げた先の月は先程とはだいぶ違う位置にいた。私は地面に腰を降ろし、静かに目を閉じた。訪れる暗闇。微かに冷えた空気がまるで水中にでもいるみたいだった。否、羊水と言った方が正しいか。真っ暗な世界にひとりぼっち。いつかいた母親の子宮にいるかのようだ。不思議と落ち着く、ゆらゆらと、まるで深海のような世界。

このまま眠れそうだと思ったその時、聞き慣れた声が穴の中に落ちてきた。

「綾部くん」

ぱちりと目を開けて穴の上を見上げれば、薄暗くて顔はよくわからないが、月光に煌めく金色の髪が見えた。あれほどに美しい髪を持つ人間を私は一人しか知らない。

「タカ丸さん」

その髪の持ち主の名前を呼べば、当の本人は嬉しそうに笑った。

「お風呂行こうよ。もうすぐ閉めちゃうって」

ああ、もうそんな時間か。見れば服は泥だらけで汗もかいていた。急に風呂に入りたくなった私は穴から出るべく壁の窪みに手を掛ける。そうしたらタカ丸さんは自分の服が汚れるのも気にせず、片手を私に差し伸べてきた。少しだけ躊躇ってからその手を取ると、私の手が土で冷えてたせいもあるが、やたらと温かく感じた。

海から出た、あの時の感覚に似ている。そして知る筈のない、この世に生まれ落ちた時の感覚に。







貴方が手を引いてくれるなら、もう一度産声を上げるのも悪くない。


深海の底から見た月の、キラキラとしたその金色がどうしようもなく美しかった。



20100708
不思議っこ綾部


あきゅろす。
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