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08.


その日は赤井さんは、朝から家にいなかった。
携帯を確認すると、仕事で一日空けてしまうため、なるべく一人で外出は避けるように書かれている。



仕方なく私は家の掃除をしたり、ご飯を作ったりして、その日は家の中で過ごすことにしていた。
ここで暮らすようになりしばらくたつ。赤井さんが仕事で出る日も多くなり、一人でできることは率先してやっていくように心がけるようになった。
掃除や料理は、自分で調べたり、赤井さんに聞いたりして自分なりに覚え、普通の人並みにできるようになったと思っている。




「えと、洗濯物も干したし、掃除機かけたし、」




リビングに張り付けた自分でできる家事類をチェックする。
そして一通り終えたことを確認し、少し遅めのお昼ご飯を食べることにした。
テレビをつけながら、もぐもぐとご飯を食べる。
こうやってなるべくテレビで知識をつけるのも日課だ。
外のことがわからない私にとって、テレビは最高の知識だ。



「赤井さん、今日は遅くなるかな……」



時刻はまだ15時。
少し寂しい気持ちを抑えながら、ソファに座る。
すると、玄関からインターホンが聞こえ、私はそっと玄関のモニターを確認した。
そこにいたのはコナン君。そして、コナン君のお友達の元太君、光彦君、歩美ちゃん、灰原さん。
私は玄関の扉をゆっくり開ける。



「よお」
「コナン君。もう学校終わったの?」
「ああ。こいつらがどうしてもお前と遊びたいって聞かなくてさ」
「だって姉ちゃん、一人でいるの寂しいだろ?」
「僕達が遊び相手になりますよ!!」
「お姉ちゃん!!博士の家で新しいマシンができたんだって!!一緒に遊ぼう!!」



コナン君に続いて、後ろにいた元太君、光彦君、歩美ちゃんが私の手を引いて遊びに誘おうとしてくれる。
この子たちには、私は昴さんの妹と説明されている。そのため、苗字も沖矢と名乗るように言われた。
これは外の世界で名乗るときに使うように、コナン君と赤井さんに言われたことだ。
それと、幼いときから心臓に病を持っていて、あまり外に出ないことや、学校に通っていないことなど、いくつか設定をつけてもらっている。
灰原さんやコナン君は私のことを口外せずにいた方がいいと指摘をうけ、こうやって生活しているのだが。



「(嘘つくの、苦手なんだよなあ……。ばれないといいけど)」
「お前等、あんまり激しく動かすなよ。発作が起きたら大変だろ」
「あ、そっか。姉ちゃん、あんまり走っちゃいけないもんな」
「お外でれないのかわいそう」
「でも、一緒に遊びたいです……」
「別に外で遊ばなくても、中でもたくさん遊べるでしょ?」



コナン君に言われてしゅんとする三人に、後ろから灰原さんが声をかける。すると、それを聞いて嬉しそうに皆が私の手を引っ張り、隣の博士の家へ連れて行こうとした。



「たしかにそうですね!!」
「歩美、お姉ちゃんとトランプしたいな!!」
「向こうにお菓子もあるんだぜ!!」
「わわっ、皆力強いね」
「昴さんにはちゃんと許可とってあるから大丈夫。俺も一緒にいるしな」
「ま、ここで急に襲ってきたりはしないでしょ」
「、ありがとう。コナン君、灰原さん」




私が家から離れるのを不安そうにしていたからか、二人はそう言って私を外へ行くことを進めてくれた。その気づかいに嬉しくなる。
そんな私に灰原さんは近くに寄って声をかけた。




「名前でいいわよ」
「、え」
「その方が不自然じゃないから。まあ、貴方がいくつくらいなのかは分からないけど、今は貴方の方が上でしょ」
「……じゃあ、哀ちゃんでいい?」
「ええ」



哀ちゃん、そう呼ぶと、彼女はそのまま皆のもとへとゆっくり歩いていく。なんだか彼女と距離が縮まったように感じ、私は嬉しくなり、そのままコナン君と一緒に博士の家に向かった。
すると、前から金髪で褐色の肌色をした、綺麗な男の人が歩いてくるのが見え、私はその綺麗な髪の毛に思わず見とれてしまった。


同時に、記憶の中にある、黒くて金髪の人達が頭をよぎる。



「っ、」



"早くやれ"
"どうしたの、子猫ちゃん"




黒い帽子に長い金髪。
同じく長い金髪に、赤く塗られた口紅。
どちらも特徴的で、それでいて恐怖を感じる。
そのまま動けずにいると、隣にいるコナン君が私の様子を見て声をかけてくれた。



「、どうした」
「、ううん……なんでもない」
「あれ、安室の兄ちゃんじゃねーか」
「買い物か何かですか?」
「ああ、君達か。ちょうど今新作のケーキについて検討していて、その材料を買ってきたとこなんだよ」



私とコナン君が話していると、前にいた皆はその金髪の人と仲良く話しており、その横で哀ちゃんがその様子を見ていた。どうやら知り合いのようだ。
その人はこちらに気付くと、ゆっくりと近づいてくる。



「(なんでだろ……。少しだけ怖く感じる……)」
「やあ、コナン君。今日も博士の家かい?」
「うん、学校終わったら皆で遊ぶんだ」
「へえ」



その金髪の人はコナン君と挨拶を交わし、次の瞬間、私の方へ視線が移った。
表情はどう見ても穏やかだ。だけど、視線が冷たい。そう、まるで私を品定めしているような。



「彼女は見かけない顔だね。友達なのかい?」
「うん。ここに住んでる昴さんの妹さんなんだ。身体が弱いから、たまにしか外に出れないし、あんまり見かけないのはそのせいだと思うよ」
「そうなのかい?それは大変なんだね」
「理名お姉ちゃん。安室さんは僕の家の下のカフェの店員さんなんだ。」
「安室透です。お名前を伺っても?」
「……」



差し出された手を私は警戒したようにじっと見つめる。なぜこんなにこの人を拒絶してしまうのか分からない。だけど、その手を握りたくない。


私はそのまま動けず固まっている。するとその様子を見かねて、元太君、光彦君、歩美ちゃんが間に入ってくれた。



「、大丈夫か?姉ちゃん」
「きっと、あんまり人と接してないから、緊張してるんですね」
「お姉ちゃん、小さいときから部屋で一人だったんだもんね。大人の人と接し方が分からないんだよ」
「ごめんね、安室さん。理名お姉ちゃん、すごい人見知りで」
「……いや、気にしてないよ。たしかに初めて人と話すときは緊張するからね」
「でも、安室の兄ちゃん誰と話してても緊張してなさそうだよな」
「お店で見ると、いつも楽しそうにお客さんと話してるもんね」
「今の仕事にも慣れてきたからね。でも、僕でも怖い人と話すときは緊張するし、年の離れた人と接するときは何を話したらいいか迷うときだってあるよ」
「えー!!本当ですかあ?」



安室さん、と呼ばれるその人と皆は楽しく笑っている。話相手が自分から皆の方へ移ったことに少しだけ安心感を覚えた。
コナン君や哀ちゃんは、私の様子が変であることに気付いてるからか、なんとなく私の近くに寄ってきてくれている。



「そうだ。今度この試作品のケーキができたら皆で食べにおいで。お客さんからの意見も聞きたいからさ」
「え、本当に!?」
「やったー!!絶対行く!!」
「なっ、姉ちゃんも一緒に行こうぜ!!安室の兄ちゃんが作るの全部うめえんだ!!」
「、え……。でも」
「それはいい。体調がよかったらぜひ君も食べにおいで。ここからそう遠くないしね」



そう言ってにこっと笑いかける安室さん。そのキラキラしたオーラに、皆の嬉しそうな顔を見ると、断るにも断りずらい雰囲気が漂っている。




「ほら、皆。早くしないと博士が待ちくたびれてるんじゃない?」



私が戸惑っていると、横にいた哀ちゃんが皆に向かって意識が違う方へ向くように声がかかる。その言葉で思い出したかのように、皆は急いで博士の家へ向かい始めた。



「、そうだった。博士を待たせてたんだった」
「じゃあ安室の兄ちゃん!!またな!!」
「お姉ちゃん、早くいこっ!!」
「う、うん」
「おい、お前等。走って転ぶなよ」



皆安室さんに声をかけて一目散に走り、歩美ちゃんが私の手を握った。
それについていくように私も歩こうとして、安室さんとすれ違った時。




「君のお兄さんによろしくね」



そう、私に聞こえるように、ぼそっと告げ、振り向いた時には彼はもう歩き始めていた。
心のざわめきを抑えながら、私はそのまま皆に引かれていく。
これが彼との出会いだった。



-------











「いつも悪いのお。」
「いえ。私も昴お兄ちゃんもお世話になってるので」
「いやいや、理名ちゃんは将来きっといいお嫁さんになるぞ。儂が保証するわい」
「ふふ、ありがとうございます」



その日は昼過ぎだった。
一緒にご飯を食べていた昴さんが、少し出てくると家を出た後、残ってしまったご飯を隣の博士の家に少しだけ分けに行っていた。
楽しそうに話す博士と別れ、家に戻ろうとしたとき、家の傍で大きな袋からたくさんの荷物が落ちてしまい、拾い上げている女の人を見かけた。
私はなんとなく、その女の人をそのままにしておけず、傍に駆け寄って果物などを拾い上げる。



「大丈夫ですか?」
「あー、ごめんねえ。うっかり落としちゃったら大惨事になっちゃって。」
「いえ、果物つぶれなくてよかったですね」



そんな風に答えながら落ちた食べ物を全て拾い上げると、最後女の人の手にはたくさんの食べ物が詰め込まれていた。
それは本当に重そうな量だ。
私も、昴さんや、ジョディさんなどが一緒の時はスーパーへ行くこともあった。だけど、その時は必ず車で運んでいたし、車まで運ぶのも大変だった。
それをこの女の人一人で持つのも大変だと思う。そう思ったら、いつの間にか女の人の袋を一つ自分の手に抱えていた。



「、近くまでお手伝いします」
「、え?でも、家に帰らなくて大丈夫なの?」
「今兄は外出してるので。あんまり遠くまで行かなければ大丈夫です」
「、そう。ごめんなさいね、拾ってもらった後に運ばせちゃって」



思わずたくさん買い込んじゃって大変だったの、とその人は嬉しそうに笑っている。
その姿に嬉しくなり、私はその人の努めているところまで運ぶのを手伝うことにした。幸いなことにここからそんな距離はなく、目的のところにはすぐにつくことができた。


それは小さな喫茶店。二階には、探偵事務所と書かれており、その一階でカフェをやっているようだ。
女の人、梓さんはその中に入り、荷物を置くと、私から袋を再度手に持つ。




「ありがとう。すごく助かったわ」
「、いいえ」
「小さいのにしっかりしてるのね。あ、よかったらお茶でも飲んでいかない?温かいの入れるわよ」
「、でも……。私、お金持ってないし」
「やーねえ。そこは私のおごりよ。気にしないで入って」
「、え、あの」



梓さんはそう言って、私の手を引いて、半ば強引に中へと招いた。その悪意のない雰囲気に、私も断り切れず、そのままお店の中へと入る。
中にお客さんはいないらしい。落ち着いた雰囲気のあるお店だ。こういったお店には入ったことがないため、少しドキドキする。
すると、梓さんが来たことに気付いたように、カウンターのとこから一人姿を現した。
その姿を見て、さあっと血の気が引いていく。
そこにいたのは、あの日会った金髪の人。



「梓さん。そんな大荷物どうしたんですか」
「ごめんね、安室さん。色々考えてたら荷物多くなっちゃって」
「無駄使いはだめですよ。それに、こんな大荷物持つの大変だったんじゃないですか」
「それが、途中で親切な女の子が助けてくれたの。ねっ、理名ちゃん」
「、女の子?」
「っ、」



梓さんの言葉に、安室さんの視線が私とぶつかり、彼の表情が少しだけ変わった。
それに気づき、私の心臓はさらに高鳴る。
安室さんはにこやかに笑って、私と梓さんの方へ近寄った。



「おや、君はこの前会ったコナン君のお友達だね」
「あら、安室さんも知り合いなの?」
「ええ。といっても、挨拶程度しかしてないですけどね。コナン君達と遊んでいるところに遭遇したんですよ」
「そうだったのね。ならちょうどいいわ。理名ちゃんに手伝ってもらっちゃったから、何かおいしいものでも入れてあげようと思って」
「なら、僕が入れてきますよ。ついでに、約束の新作のケーキも食べてもらいたいですし」
「あら、あのケーキ?まだ試作しているやつでしょ?」
「コナン君達に味見してもらうようにお願いしてたんですよ。でも、彼女は身体が弱いみたいで、体調がいいときしか外にでれないらしいんです。今日ここにこれたのなら、ちょうどいいかと」



安室さんはそう言って、私のことをスラスラ話し、カウンターの中で何かの準備をし始めている。
その横でこの場からどうにかして去ろうと声をかけようとする私に、梓さんはすぐさま近くの席に私を案内して座らせた。



「ごめんなさいね、身体が弱いなんて知らずに荷物持たせちゃって。辛くなかった?」
「い、いえっ。私は大丈夫なんで……!!」
「そうっ!!安室さんのケーキ、本当においしいから期待して!!あ、まだ試作だけど、味の方はたぶん大丈夫だから!!」
「(ど、どうしよう……!!梓さん、私の腕を離してくれない……!!)」



ニコニコしながら私を見る梓さん。
もう後戻りできないこの雰囲気に、半ば諦めかけた時、安室さんが私の前に温かい紅茶と、赤と白に染まった綺麗なケーキを目の前に運んでくれた。
それを見た瞬間、すごく心の中ではじけるような、わくわく感を覚える。


甘い香りはテレビで見た苺というものだろうか。その周りを包む白いものは、きっと生クリーム。どれもテレビで見たものだ。
見た目も可愛らしく、そして何よりおいしそう。



言葉を失ってじっと見つめていると、安室さんが私にそっと声をかけてくれた。



「口にあうか分からないけど、どうぞ」
「さっ。食べてみて」
「……いただきます」



私は小さなフォークで、そのケーキを少しだけすくう。
凄く軽く、ふわふわしている。
そのまま口に入れて、その衝撃的なおいしさに驚いた。


今まで食べたことのない、おいしさだ。




「どう?」
「…………」
「僕に構わず、感想を言ってくれていいよ」
「…………」
「、理名ちゃん?」
「………おい、しいです」
「、え」
「………とっても、おいしいです」




思わず笑みがこぼれてしまうくらい、おいしくて。
私はさっきまでの恐怖が嘘のようになくなり、そのケーキを頬張っていた。
その様子を安室さんは最初驚いてみてたものの、優しく笑っている。




「………君がそんなに喜んでくれるなんて、思ってなかったな」
「ふふっ。よかったね、理名ちゃん」
「はいっ」
「これから体調がいいときはいつでも来てくれていいのよ。私がおごってあげるから」
「っ、それは……さすがに、」
「なーんてねっ。今日は特別!!次はお兄さんやコナン君達と一緒に食べに来てね!!」
「……はいっ」



温かい紅茶とケーキに囲まれて、私は幸せな時間を少しだけ過ごした。
この時、何で私は安室さんに対して恐怖心を思っていたのか、そんなことは忘れて、またこのケーキを食べにきたいと心から思ったのはここだけの話。




(甘い時間)


(すごくおいしかったです。本当にありがとうございました)
(それだけ喜んでもらえると、僕も作った甲斐があるよ)
(ふわふわして、中が甘酸っぱくて、あんなにおいしいもの初めて食べました)
(君の体調がよかったらいつでもおいで)
(はいっ)


(………あんなに警戒してたのに、まさかこんな笑顔をみせられるなんて。ある意味完敗だな)


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