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03.


ゆっくりと暗闇から目を開ける。
ついさっきもこんな風に目を覚ました気がする、そんな事をふと思っていると、一回目に目が覚めたときとは明らかに風景が違う事に気が付いた。
見えるのは、どこかの部屋の天井。誰かが生活している香りがする。
辺りを見渡してみるが、部屋には誰もいない。窓から見える外は少し明るかった。きっと、朝、になったんだと思う。
ということは、私は誰かにここに運ばれたんだろうか。



そう思ってふと頭に浮かんだのは、一番最後に見たあの黒い男の人。




「っ、」




身体の奥からぞわっと寒気がするのを感じる。もし本当なら、ここにいるのは危険。そう身体が信号を送ってくるのが分かる。私はすぐさまベッドから起き上がり、ここから立ち去ろうとする。
その時、ふと自分に何かの違和感を感じた。


いつもの見る風景と何かが違うのだ。
そう、まるでいつもより小さくなったような……。



「え……」



ちょうど部屋の中にあった鏡に目線が映り、私は言葉を失った。
そう、私の身体が幼くなっていたのだ。
声も、身体も、全てが。
その証拠に、今まで着ていたワンピースが身体のサイズに合わなくなっている。




「な、何でっ……」




さっきまでとはまた違う困惑と焦りが私を支配する。
そのまま動けずにいると、部屋のドアが急に開き、一人の男性が何かを手にもって入ってきた。




「っ、」
「おや、目を覚ましたんですか」




茶色の髪の毛に、眼鏡をかけた、優しい雰囲気の人は、私にそう声をかけたけど、私の姿を見た瞬間、険しい表情へと変わった。その表情に少しだけ恐怖を感じる。




「、その身体……」
「あ、あの……!!私っ……!!」




心臓がどくどくする。何を言ったらいいのかもわからない。自分自身もこの状況を理解できてないのだ。そして今この目の前にいる人も分からない。
じわっと目に涙が浮かぶ。すると、その男の人は私の頭にゆっくりと手を置き、優しく微笑みかけた。




「その服では風邪をひいてしまう。」
「、え……」
「今この家の人に頼んで用意してもらいましょう。君はもう少しゆっくり身体を休めていてください」
「っ、あの……」



彼はそう言って、手に持っていた水と軽い食べ物をテーブルに置いてまた部屋を去っていった。
静まり返る部屋の中、私は呆然と立ち続ける。
腕や足に巻かれた包帯や絆創膏。倒れる前すごく寒かったはずなのに、今はそれもなくなっている。これも全て彼がしてくれたことなのだろうか。
不思議に思いつつ、その場に残された水と小さなパンに視線がいく。
すると小さくお腹の音が鳴るのが分かり、少し恥ずかしくなった。




「お腹、すいてたんだ……」



そんなこともうずっと忘れていた気がする。
少し怖くもあったけど、私は置かれたパンに手をつけて一口食べてみた。
ほんのり温かくておいしい、人の手で作られたものだ。なぜかそう感じると、ボロボロと涙がこぼれてきた。



何故こんなにも温かく感じるのか。
何故こんなにも悲しいのか。



分からないけど、こんなにも食べ物がおいしいと感じたのは初めてな気がした。




「っ、」



必死に涙をぬぐい、私は食べ続ける。
その扉の後ろで、あの男の人がそっと見ていたなんて、気付きもせずに。







そして、しばらくしてから、綺麗な女の人が私のためにたくさんの服も持ってきてくれた。どれもすごく綺麗で、私には勿体ないようなものだったから、どうしたらいいのか分からなかったけど、そんなのお構いなしにその人は私に服を勧めてくれる。




「有希子さん。彼女も困ってますからその辺で、」
「だって、こんなに可愛いから、可愛い服着せたくなっちゃって!!ねえ?」
「おいおい、母さん。そんなことしてたらいつまでたっても話が進まないだろ」
「あら、ごめんなさいね。私にも娘がいたらこんな感じだったのかなって思ったら、わくわくしちゃった!!」




綺麗な服をもって喜んでいる、この家の有希子さんって人と、たぶん同じこの家の人っぽい小さな男の子、そしてさっき最初に会った眼鏡の男の人が楽しそうに話している中、私は困惑しながら座っている。
いまいち状況が掴みきれていない中、ここにいるのが少し辛い。そう思って俯いていると、有希子さんがそれに気づいたのか、私の顔をそっと覗き込んできた。




「大丈夫?まだ傷が痛みのかしら?」
「っ、だ、いじょうぶです」
「そんなに怯えなくていいのよ。私達は貴方の敵じゃないんだから」
「は、はい……」
「そういえば、貴方の名前をまだ聞いてなかったわね。なんて言うの?」
「……」



名前。そう聞かれて、私はあの手紙に書かれていた"理名"という名前を思い出す。
あれが私の名前なんだろうか。
少し不安でもあるが、私は恐る恐るその名前を口にした。




「、理名」
「理名ちゃんね。よし、覚えたわ。」



有希子さんはにこっと微笑みかけてくれる中、眼鏡の男の人はただじっと私の方を見つめている。その表情は読めないが、次の瞬間柔らかい表情へと変わっていた。




「有希子さん。私達は部屋の外にいますので、着替え終わったら声をかけてください。行こう、コナン君」
「うん」



二人はそう言って、部屋を出ていく。そして残された部屋の中で、有希子さんが一枚の服を私に差し出した。
とてもシンプルだけど、少しだけ可愛く花があしらわれている。




「うん。やっぱり、貴方には白が一番似合うわ」
「……白」
「気に入ってくれるかしら」
「……はい」
「よかったわ。ここに来たときも、白いワンピースだったから、白が好きなんじゃないかなって思ったの。」



"きっと理名の心が白くて綺麗だから似合うのね"



有希子さんの声と重なる誰かの声。それは私の記憶にある、大切な彼女の声だった。私は、前にも同じようなことを彼女に言われて、それから白い服を着ていた。そんな気がする。
ぼうっとしながら、有希子さんが私に服を着せてくれる。その時、鏡越しに映る、私の傷だらけの姿に少しだけ顔をゆがめているのが分かった。




「……きっと辛い人生を歩んできたのね、貴方は」
「、え……」
「気付いてないかしら。貴方、さっきから全く笑ってないのよ。ずっと眉間に皺を寄せてるか、困惑した表情をしてるの。」




そう言って、私に服を着させ終えた有希子さんは、後ろから私を優しく抱きしめる。その行為が私にはよくわからなくて、思わず目を見開いた。



「あの人がね、貴方を運んできたとき、私に傷の手当てをしてほしいって頼んだのよ。冷たくなった貴方を見て、すぐに病院に連れてった方がいいんじゃないかって私は言ったんだけど、それだと余計に貴方が怖がってしまうし、それに身元を聞かれるのは困るんじゃないかって」
「……あの人って」
「さっきのあの眼鏡かけてた人よ。沖矢昴さんって言うの。今訳あって私達の家に住んでるの」



それに貴方は女の子だから、女同士の方がいいだろうってね、と有希子さんは可愛く私にそう言う。
だけど、私を抱きしめる腕の力は緩まなかった。
私自身、振りほどこうという気もない。彼女の腕の中は、すごく温かかった。
この温かさ、私が眠っている時も感じたものと一緒だ。




「貴方に何があったかなんて聞かないわ。だけど、ここでは怖がらなくていいの。何も怖いことなんてないの。



貴方は、生きていいのよ」


「っ、」



"生きて"




彼女と同じように私にそう告げる有希子さん。
その瞬間、今までの緊張が解けたように、さっきまで止まっていた涙がまたあふれ出した。
今日は本当によく涙が出る日だ。
きっとこんなに泣いたことはない。なんとなくそう思う。




「っ、あり……がと……」




有希子さんの胸の中でたくさん涙を流す私。それを優しく抱きしめてくれる。
私はこの時、母親のような温かさを初めて実感した日だった。




(お母さん)

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あきゅろす。
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