01.
ぼやけた視界がゆっくりと開かれる。
見慣れない光景。黒い視界。
顔を上げると、どこかの建物に隠れていたように、私は物陰に座り込んでいた。
座り込んで時間がたっていたのだろうか。今、外は雨が降っており、私の座っていたところには湿っている様子はない。
ここはどこなんだろうか。
そもそも自分は何でここにいるのか。
状況を理解しようと頭を動かすが、何一つ情報はでてこなく、そもそも自分の名前すらも思い出すことができなかった。
不安に駆られる中、自分の服のポケットを探る。すると、何かが手に当たるのを感じ、それをポケットから取り出した。
それは小さな箱。中身を空けると、一枚のメモのようなものと、丸い薬のようなものが入っていた。
メモの中をそっと覗く。
それは懐かしいと思うような字。
「……生きて」
その言葉と、下に理名と名前らしき文字が書かれている。
その短い言葉を見ただけで、心の奥から何かが溢れてくるような感覚に陥り、気付くと私は目から涙をこぼしていた。
「……、私は、生きないといけない」
自分に言い聞かせるようにその箱をポケットにしまい、ゆっくりとその場で立ち上がる。すると、足の力が入らず、ずるっと地面に膝をついた。
よく見たら、身体中傷だらけで、足や腕から赤い血がにじんでいる。いつ自分はこんな怪我をしたのだろう。
そんなことも覚えていないが、何故か自分はここにいてはいけない気がしていた。
そう、自分は何かから逃げているのだと。
「っ、」
力を振り絞って立ち上がり、壁をつたって歩き始める。どこへ向かえばいいかなんてわからない。
私はひたすら足を進めた。
この周りに見える建物は何なのか。
ここは自分にとって安全なのか。
そもそも自分はここの住人なのか。
進んでいくたびに、自分のことが分からなくなる不安に駆られる。
すると、だんだん身体に寒気が走ってくる。
もしかして、この雨のせいなんだろうか。足も重く感じ、進むことも辛くなっていく。
「っ、だれか……」
たすけてほしい。そう思った時、目の前に人の影があることに気がついた。はっと顔をあげ、その人影を見た途端、全身から湧き出る危険信号に顔が青ざめていくのが分かった。
黒い服。サングラス。
何故自分がこんなにも恐怖を感じるのかは分からない。
その人は、小さなもので誰かと話しているようだったが、私の存在に気付き、ふと目が合ってしまう。
「っ、!!」
その瞬間、動かなかった足が勝手に動き出し、今まで来た道を全力で駆け出している自分がいた。
全身の痛みも身体の重みも感じている暇はない。
死の恐怖が、そこにあった。
「はっ……!!!はっ……!!!」
頭が真っ白になる。
どのくらい走ったのか分からない。
息も苦しくなり、足にも力が入らなくなった私はその場に倒れこんだ。
痛み。苦しみ。寒気。全身の倦怠感。
襲ってくる身体への負担に、自分の視界も薄れていく。
ああ、もうだめなんだ。そう思った時、私の頭に浮かんだのは、やっぱり彼女の顔。
もう名前も分からない彼女。だけど彼女の優しさだけは、私の心にも残っている気がした。
「、……」
真っ暗になる視界。
その直前、何かが近くにいたような気がしたけど、もう私の意識はそこになく、そのまま私はまた深い眠りの中に入っていった。
温かい何かを感じながら。
(雨での出会い)
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