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09.


「あれ、理名ちゃん。携帯なってるよ」



梓さんの言葉で、私はふと手元にある携帯が揺れていることに気が付いた。
その画面を見て、心臓がドキッとする。
画面に映っていたのは、昴さんの名前だった。


そして、私はその時、自分が家から出てしばらく時間が経過していることに気付き、きっと昴さんが家にいない自分を知って電話をかけてきたんだと理解した。



怒られてしまうんではないかとひやひやしながら、そっと通話ボタンを押す。



「……もしもし」
"理名、今どこにいる?"
「す、昴お兄ちゃん……。勝手に家を空けてごめんなさい……」
"、君に害はないんだな?"
「だ、大丈夫だよ。近くでお姉さんを助けて、そのお礼にってお茶に誘われてたの。」
"、ならそこまで迎えにいく"



少しだけ声が低く感じたのは気のせいだろうか。きっと私が勝手に家を出てしまったことを怒っているんだろう。
そう思うと、さっきまで幸せな気分だったのが、嘘のように沈んだ気持ちになる。

昴さんには今いる場所を伝え、すぐに向かうと言って電話を切った。
電話の様子を見ていた梓さんや安室さんがそっと私に声をかける。



「、お兄さんから?」
「はい。ここまで迎えにきてくれるって」
「そう。ごめんね、お兄さんに心配させちゃったかしら」
「、いいえ。ついてきたのは私の責任なので。それに、おいしいケーキももらいましたし、梓さんのせいではないんです」



申し訳なさそうに私に謝る梓さんに、私は必死に反論する。
その時、お店に一本の電話が鳴り響き、梓さんはそのままお店の奥へと入っていった。



その場に私と安室さんが残される。




「(赤井さん……)」
「、相当落ち込んでるようだね」
「……昴お兄ちゃんに、呆れられたらと思ったら、怖くて」
「いや、それはないんじゃないかな」
「、え」
「むしろ、君のことが心配なんだろう。こんなに可愛い妹なんだから」



安室さんのその言葉に、私は一瞬唖然とした。しかし、だんだん言われた言葉の意味を理解し、顔が一気に熱くなるのを感じる。



「そ、そんなことは……!!」
「僕が君の兄だったら、身体のこともあるし、それに悪い虫がつかないように極力君を家の外に出ないように配慮するだろう。今の君のお兄さんのようにね」
「、」
「要するに、君は愛されてるんだよ」
「、安室さん」
「だから、そんなに落ち込むことはないんじゃないかな」



途中からかっているようにも見えたけど、その中にはどこか彼なりの優しさが感じられた。
一瞬の沈黙が流れ、また私の携帯が揺れる。
今度はメールだ。
今ついたと短く書かれている。
私はすぐに身支度を整え、席を立ちあがった。
それに気づき、安室さんが前を歩く。



「まあ、もし君が怒られたら、その時は僕も一緒に謝るよ。僕にも君を引き留めた責任があるからね」
「、すみません。迷惑かけて」
「迷惑だなんて思ってないさ。これからも君とは交友を深めていきたいからね」



さあ、と安室さんはお店のドアを開き、私の肩に手を置いて前へ誘導する。
目の前には、一台の車があり、その中から昴さんが運転席から降りてきた。私は昴さんの方へと駆け寄る。




「、昴お兄ちゃんっ」
「理名、心配したじゃないか」
「、ごめんなさい」
「身体は平気だったか?」



昴さんは私の肩を掴み、心配そうに私を見つめる。本当は変装した赤井さんだと私は知っているし、赤井さんがわざわざ身体が弱い妹という設定に合わせて言っているんだろう。
だから私も合わせて応える。



「うん、大丈夫だよ。ここの人が皆優しくしてくれたの」
「そうか……。ならいいんだ」
「すみません。大事な妹さんをお店に引き留めてしまって」


私と昴さんの会話を聞いていた安室さんが、少しだけ私達の方へと歩み寄り、昴さんへ声をかけた。
その時、少しだけ昴さんの表情が変わったように感じる。不思議に思って二人を見つめると、安室さんの表情もさっきと違って、冷たい空気を纏っていた。



「(、安室さん……?)」
「いえ。こちらこそ、妹がお邪魔してしまって。お店に迷惑をかけていませんか?」
「そんなことありません。むしろ、彼女の可愛い笑顔が見れて、すごく楽しかったですよ。」
「ほお。それは私も見てみたかったな。」
「身体が弱いと聞いていたので引き留めるのもどうかと思ってたんですけど……。うちのスタッフの買い物の途中で手伝ってくれたと聞いたので、何かお礼ができたらと思ってたんです。彼女、ここの上に住んでるコナン君の友達だって聞いてますし、」
「(、そうだ。前に安室さんに会った時、コナン君の家の下でお店やってるってきいたんだ。この上の探偵事務所にコナン君が住んでるんだ)」
「そうでしたか。本当に何から何までありがとうございました」
「今度はぜひ、お二人でいらしてくださいね。」
「ええ。妹の体調がいいときに」



ピリピリとした空気が広がっている中、言葉を発せずに私はその場に立ち尽くす。
二人の会話が途切れると、昴さんは私の手を引き、そのままお辞儀をして車へと向かっていった。
私はちらっと後ろに見える安室さんの表情を見る。


その表情は、お店の時の柔らかい表情ではなく、最初に会った時のように鋭い目をしていた。


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車で自宅へ帰る途中、昴さんは何も話すことはなく、ただずっと前を向いている。そのことがすごく不安で、私はいつ口を開こうか迷っていた。
昴さんの演技としてはああ言っていたけど、赤井さんとしてはどう思ったんだろう。安室さんは私を励ますためにあんな風に言ってくれたけど、本当のことが知りたい。


そんなことを考えていると、まだ自宅についていないのに、人気のないところで昴さんは車を停めた。
不思議に思って昴さんを見つめる。
すると、昴さんはいつもの穏やかな目ではなく、冷たい目で私の方を見ていた。
その姿に思わずさあっと血の気が引いていく。



「(嫌われてしまった)」



そう頭に浮かぶと、恐怖が心の中を支配し、身体が震えた。そして昴さんの手が私の方へ向かって伸びてきたのを見て、咄嗟に口を開こうとする。




「、あ」



"赤井さん"というはずだったその口は、昴さんの伸ばされた手により覆われて開くことができなかった。その行動に驚いて昴さんの方を見る。彼は少しだけ笑みを浮かべ、口に人差し指をあて、静かにするように私へ指示している。
そして、ゆっくりと私の肩の方へ手を伸ばし、そのまま背中の方へ、手を当てた。
思わずびくっと身体が揺れる。
気付けば、すぐそばに昴さんの顔があり、少しだけ恥ずかしくなる。


そのまま静かにしていると、私の服から何かが取られ、昴さんの目の前に現れる。小さな機械のようなものだ。私にはそれがなんなのかは分からないが、それが私の服についていたらしい。
昴さんはそれを手でつぶすようにして壊した。



「っ、」
「……やはりつけられていたか」



昴さんがそう呟くと、私の口を覆っていた手を離し、近づいていた私達の間隔も元の距離に戻っていった。
口を開いてもいいのか分からなく、じっと見つめる私。それに気づいた昴さんはふっと笑った。



「もう大丈夫だ」
「、話してもいい?」
「ああ」
「あ、あの……。今のは、」
「今のは君につけられた盗聴器だ」



盗聴器、という言葉に、何故か私は聞いたことのある言葉だと思った。たしか、相手の話を盗み聞くのに使うものだったと思う。
それが今、自分にとりつけられていた。
その事実に驚きを隠せない。



「、どうして……」
「おそらく、君か……。もしくはその周辺を洗いたかったんだろう。どちらにせよ、こちらに感づいていることに変わりはないがな」



昴さんは考察しながら私に話していく。
一体誰がこんなことをしたのか。あの黒い人達の影が頭をよぎり、ぶるっと身体が震える。
というか、昴さんは最初から私に盗聴器がつけられていることを知っているようだった。それはなぜなんだろう。



「……昴さんは、私に盗聴器をつけた人を知っているんですね」



その答えを察した私は、昴さんの顔を見てそう言った。
すると、少し間を開けてから、また昴さんは口を開く。




「安室透。奴には気をつけろ」
「っ、名前を知ってるんですか」
「ああ。これが奴の本名でないことも、奴の正体についても、おおよそ分かっている。俺の推測が正しければだがな。」
「……安室さんは、敵、なんですか?」
「そうとも言い切れない。本来の奴の目的は俺達と同じだからな。」
「、どういうことですか?」
「奴にも譲れないものがある。そのためなら手段を選ばない。だから、時と場合によっては、敵か味方か変わってくるということだ」



昴さんのその言葉の意味は、私にはあまり理解できなかった。だけど、それを話している昴さんの表情はいつも以上に重く、真剣なもので、きっと一言では言い切れない何かがあるんだと感じた。



「(安室さん……)」



さっきまで一緒にいた彼の優しい表情が頭に浮かぶ。
最初はあんなに怖かったのに、いつの間にか彼のことを優しい人だと思うようになっている。だからだろうか。昴さんの口から、気をつけろと言われたことが少しショックだった。
仮に安室さんが敵だとして、あの温かい紅茶やケーキの全てが私を騙すためのものだったんだろうか……。



「(あんなにおいしかったのに……)」
「それで、君は彼についていったわけではないんだな」
「、うん。同じお店の人で、梓さんって人が食べ物落としてたから拾って、そのままお店まで運ぶの手伝ったの。そしたらそのお礼にって言われてお店に入ったんだけど……。まさか安室さんがいるとは知らなかったから、」
「、彼と会ったことがあったのか?」
「一度だけ。コナン君達と一緒に博士の家に行こうとしたときにすれ違ったことはあったの。ただそれだけで、それ以上は何も知らなかったし、あんまり話してもいなかったよ」
「そうか。次からは他の奴等にも相談して、接触を控えられるように配慮しよう。君も彼を見かけたら注意して接してくれ」
「わかった」
「、と……。こんな話をしていたら暗くなってきたな。君の身体が元に戻る前に帰宅しよう」



昴さんは話をひと段落させると、すぐさま車のエンジンをかけなおす。そしてそのまま運転を再開しようとしていたため、私は咄嗟に昴さんの袖を掴んだ。



「、待って」
「、どうした。他に何か気になることがあったか」




その行動が予想外だったのか、昴さんは不思議そうな目で私の方を振り向く。
私は思い切り袖を掴んでしまったことが、少し引け目に感じつつ、口を開いた。



「、赤井さんは……怒ってないの?」
「、怒る?」
「勝手に家を出て、敵かどうかわからない人に会って、盗聴器までつけられて……。赤井さんが仕事で出るから家で大人しくしているように言われたのに、守ることもできなくて……。だから、私のこと守るって言ってたけど……嫌になっちゃったかなって……」



私がそう言うと、昴さんは表情を変えずにこちらをじっと見つめている。
これは、私の心情について考えているときの表情だ。
しばらくの間の末、ゆっくりと昴さんは口を開く。




「たしかに、俺の言いつけを守らず、警戒せずに他人についていってしまったことはよくない。君の身の安全について考えたらな」
「……」
「だが、それは君を一人にした俺の責任でもある。なかなか傍にいてやることもできてなかったからな。」
「、でも」
「理名。君はさっき、まさか安室君がいるとは思わなかった、と言ったな。それは安室君がいたら一緒に行かなかった、と言いたかったんじゃないか?」
「っ」
「君はどこか安室君の存在に危険信号を感じていた。だが、ついていった先に彼がいて、その場の雰囲気で出ていくこともできなかったんだろう?」



昴さんの口から出てくるその言葉全てが、まるで私の心の声や行動が見えているんではないかと思うくらい的確だった。本当に、この人には全てお見通しなんだ。
私は昴さんのその問いに小さく頷いた。



「自分でも分からないけど……、最初安室さんが少し怖く感じてた。でも、ある意味ここにきて、話してみて、その怖さは少し和らいだの。本当になんでだか分からない……。でも、さっき昴さんと話している時の安室さんは、お店の中の人とは別人だった。きっと、私には分からない安室さんの一面なんだと思う」
「……ふっ。どうやら君は、意外と鋭い勘をしているようだ」
「もしかしたら、私が組織にいたことが関係しているのかもしれない。だけど、それでも私が赤井さんの言う事を守らなかったのも、ちゃんと期待に沿えなかったのも事実だし……」
「そのことについてなんだが……。俺は別に君に対して少しも怒りを感じてはいない。むしろすまなかったと思っている」
「……え?」



その言葉に驚き、私は昴さんの方を見て唖然とした。
優しく閉じられた目が開かれ、その瞳からどこか赤井さんの面影を感じる。




「言っただろう。君を一人にしてしまったのは俺の責任だと。今回の件に限らず、俺が傍にいない時、君には不自由な生活を強いてきた。そのことについて、ジョディ達にも色々言われていたからな。もし本当に組織の連中が狙ってきたとき、対応ができなくなると」
「、そうなの……?」
「ああ。できる限り俺は外での勤務を控えるようにしていくつもりで話は通してきた。後は、俺じゃなく他の奴等が一人近くで監視するなど、交代で見張るのも手を講じてある。ずっと家にいるのもストレスだろう?」
「で、でも……!!それじゃあ、組織と会う可能性だって」
「そのために、俺達がいる」



ポン、と優しく私の肩に手を置く昴さん。



「君の力を借りたいと言ったのは俺だ。何もかも君がそう気負う必要はない。今は記憶はないが、君も一人の人間なんだ。君は君らしく生きていい」
「っ、」


"生きて"



その言葉が、記憶のあの人の言葉と重なり、心の奥こらえていたものがこみ上げてくるのを感じた。
ああ、何故皆こんなに優しい人達なんだろう。
何故、こんなに自分に生きろというのだろう。

何故、こんな自分のために、命を張ってくれるのだろう。



気付いたときには、私の顔は涙でぬれていて、その涙を優しく昴さんがぬぐってくれていた。
その手はまぎれもなく、赤井さんの手だ。



「、あ、かい、さん」
「ん?」
「……赤井さんに、助けてもらえて、よかったです」



自分で涙をぬぐい、私の涙をぬぐってくれた昴さんの手を両手で包む。その時少しだけ昴さんの目が開いた気がした。




「、赤井さんで、本当によかった」




(貴方と出会えて)



(、君は本当に大げさだな)
(そのくらい言わせてください)
(それはいいが、いい加減に家に帰らないと、その恰好のまま元の姿に戻ることになるぞ?)
(っ!?そ、それはまずいです!!は、早く帰りましょう!!)
(さて、どうするか)
(な、何でじっと私を見てるんですか?)
(この姿の時でしか、君から近づいてきてくれることが少ないからな。離すのも、勿体ないだろう?)
(っ、そんなことないですから!!赤井さんのこと、もう怖くないですし!!)
(だが、俺の姿を見たとき、一瞬身体を揺らすのは気のせいだろうか)
(っ〜!!ひ、ひどい!!赤井さんの意地悪!!)


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