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笑うかのこ様〜恋だの愛だの
恋をする人はみな幾許かの欺きにあう

つんと背中を突かれて振り返ると、珍しく神妙な顔をした苗床が上目使いに俺を見ていた。

「……椿君に、お願いがあるんだけど……」

俺の右手を両手に包み、ぎゅっと力を込めて見上げる苗床への答えはもちろん……。

「いいぜ?で、何だよ?」

まるで条件反射のように、即答でオーケー。
まさに惚れた弱みというやつだ。
苗床のこれが計算だったら、俺はマジでこの場でお前の口を塞いでやる。

しかしそれ以前に、お願いとやらの内容を聞いておけば良かったと心底後悔するまで後15秒―

*****

「夢みたいです。こうして椿君とデートできるなんて……」
「あぁ、そう」

そう言ってはにかんだ笑みを浮かべる彼女は残念ながら、苗床ではない。
ひらひらのワンピースを華奢な身に纏ったロングヘアーの女。
隣のクラスの百合川サン、だっけ?

強引に腕を組まれても、いったん引き受けたことなだけに邪険にも扱えず適当な返事を返す。
腕に絡みつく細くしなやかな腕は、無理に外そうとすれば簡単に痕がつきそうで怖い。
現実逃避にも似た気分で遠くをぼんやり見つめながら、昨日の苗床とのやり取りを反芻した。

*****

「あのね、隣のクラスの百合川さん、転校する前にどうしても椿君とデートしたいんだって。だから、明日の10時に駅前の時計の所に行って欲しいの」
「……はぁ?そんなん嫌に決って―」
「椿君、お願い聞いてくれるって、言った」
「そりゃ言ったけど……大体お前は俺の―」
「椿君じゃなきゃ意味ないんだもん。どうしても、ダメ?」
「〜〜っっ!!」

コイツ、ぜってー分かっててやってるだろ!?
そんなしょげた顔するなんて、なんて卑怯な奴なんだ!
くそ、可愛いんだよこんちきしょう!

「…………分かった。一日だけで、いいんだな?」
「うん、それは約束する」

俺はどこまでもバカな男だった。
しかし、それでもタダで言う事を聞いてやるような甘い真似はしない。

「じゃ、俺からも条件。その代わり俺の言う事を何でも一つ聞くと約束するなら快く引き受けてやるよ」

その言葉に一瞬怯んだ苗床に反論を許さず畳みかけ、俺への報酬も確実なものとする。
たった一日だけの我慢だ。

深くため息をついて再び前を向いた俺の背中に苗床が声をかけてきた。

「ねぇ、椿君。百合川さんがハッピーエンドを望むかどうかの見極めは、椿君にかかってるからね」

さも楽しそうに弾んだ声でそんなことを言ってくるのだから、その無神経さを逆に褒めてやりたい。
苗床かのこは丸二年間かけてやっとのことで手に入れた正真正銘俺の彼女なのだから―。

*****

女子高生に人気の占いハウス、プリクラ攻め、甘いスイーツの専門店、ファンシー雑貨店などありとあらゆる女の子ショップに引っ張り回されて、そろそろ気力と体力と根性の限界が近づいていた……。
キャピキャピと嬉しそうにはしゃぐ百合川を見ても、女ってスゲー、という疲れ交じりの感慨しか湧かない。

でもよくよく考えて見たらこれが普通なんだろう。
あらゆる場面で苗床の顔を思い浮かべて見ても、あまりの似合わなさにたちの悪い冗談としか思えなかった。
つくづく『普通』とは縁のない女だな、と思う。
それでも自分は好きな女イコール苗床、としか考えられないのだ。

世間一般の『普通』の女子である百合川を見る。
今日一日、どこに行っても嬉しそうにニコニコしている彼女のふとした瞬間に見せる寂しげな顔と、何かを探す様に彷徨う目線が気になっていた。
そして何処に行っても誰かに見られているような妙な感覚。
今回突然仕掛けられた苗床のお願いに思う所があった俺はある可能性についてを考える。


ぶらりと立ち寄った公園のベンチに腰掛け、ぼんやりと時間をつぶす。
夕方に近づくにつれ口数が少なくなる百合川に、初めて俺から声をかけた。

「なぁ、本当は俺じゃない方が良かったんじゃねーの?」
「……どうして、そう思うんですか?」
「ずっと探してただろ?」

百合川は俯いたまま、手の中の缶ジュースをぎゅっと握りしめていた。
問いかけに対して否定の言葉が出てこないところを見ると、多分俺の考えは当たっている。

だったら、あいつは絶対にこの辺りで俺たちを観察しているはずだ。
あいつが意味もなく誰かの為に動く筈がない。
もし苗床が何の裏もなく無償で助けたいと思う人間がいるとしたら、それは間違いなく花井桃香だけだろう。
苗床が行動を起こす時は、いつだって自分の好奇心を満たすことのみに情熱が注がれる。
結果的にいつも誰かを助けてしまう形で上手く事が運んでいるが、決して好意や正義を守るために行動している訳ではない。
数ある選択肢を当事者に委ね、生かすも殺すも本人次第。
一から十まで面倒を見てやるほどのお人好しでも甘い奴でもないのだ。


『百合川さんがハッピーエンドを望むかどうかの見極めは、椿君にかかってるからね』


……成程ね。
多分苗床は、俺が今回のデートの本当の意味に気付くかどうかを試している。
百合川が無意識に探している奴を連れてこの近くにいる筈だ。
だったら―

「あんたがこれからどうしたいのか聞かせてくれたら、お望みのものを用意できるかも知れないぜ」
「?」
「俺も、妬いて欲しいヤツがいるんだよ」

それから十五分程話し込んで、俺は徐に百合川の頬に手を添えた。
少しだけ乗り出せば、ぎしりと軋むベンチの音だけが辺りに響く。
その瞬間。

スコーンッ!!


「!?っっ――」


小気味良い音と同時に鋭い衝撃、弾ける視界。
後頭部に突き刺さった何かの衝撃に、思わず本当に百合川に口づけてしまうところだった。
ベンチに手をついていなければ間違いなく二次災害になっていたはずだ。

ぶつかった個所を擦りながら顔を上げると、へっぴり腰で手を振り上げた男が「ぼ、僕のユリリンに触るなぁぁ!!」と若干どもりながら俺と百合川の間に割って入って来た。

ちらりと百合川を見れば、驚きながらも頬を赤らめて嬉しそうな顔をしている。

…………まじでやってらんねー。


分かっていたことだけど、なんだか無性に腹立たしい。
今日一日この瞬間を迎えるためだけに引っ張り出された無駄な労力を思うと、ちょっとやそっとの報酬では納得がいかない。
ベンチをそのままお騒がせカップル二人に譲り、何も言わずにその場を離れた。
近くに落ちていた微妙なパッケージの炭酸飲料の空き缶を拾い上げ、自分を襲った凶器の正体を知る。



「お前、ふざけんなよ」

上手く隠れているつもりだろうが、俺の目からは逃れられない。
茂みの中に身を潜める苗床の頭をぐしゃぐしゃにかき混ぜてパーカーのフードを摘まみ上げると、苗床は猫のようにフーッと威嚇してきた。

「離せ〜!!」

その顔は真っ赤だ。
それを見て、怒るつもりだった気持ちがすっかり萎えた。
笑ってしまう。

「なぁ、お前、もしかして嫉妬した?」
「はぁ?そんなわけないじゃん。作戦通りですぅ!!椿君が私の意図に気付くことだって計算に折り込み済みですぅ!!」

ぷいっとそっぽを向いた苗床が本当に猫みたいで、ますますにやける。

「だったら別に缶投げつけて来なくたっていいだろうが!スゲー痛かったんだけどどう落とし前つけてくれるんですかぁ?」
「…………な、なんのことデスかぁ?っていうか椿君こそ、百合川さんとチューできなくて残念でしたー!!」
「はぁぁ?ああでもしなきゃ本命の奥手君が出てこないと思ったからだろうが!フリだフリ!!」
「……どうだか」
「……ほら、やっぱ妬いてんじゃん。つか、こんな微妙な飲みもの好んで買う奴お前の他にいねーから」
「〜〜〜」

言葉で苗床を黙らせるのは快感だ。
普段やり込められることが多いだけに、図星を突かれて悔しそうに黙り込む苗床の姿は新鮮だった。
服についた葉を落としてやり、手を引いて先を促せば赤い顔をうつ向けたまま素直にトコトコついて来る。

「言っとくけど、お前の方がよっぽど俺に酷いことしてるんだからな。そこんとこ分かってるか?」
「……え?」
「一つ、最愛の彼女に他の女とデートして来いって言われて俺の繊細な心はかなり深く傷ついた。二つ、一番良いエンディングを迎えるために打った芝居には空き缶投げつけられ、逆切れされる。三つ、彼女は彼女で見知らぬ男と丸一日一緒。四つ、そもそも理由さえちゃんと聞かされていない。……何か反論は?」

繋がれた手はそのままに、チラリと背の低い苗床を見降ろせば、彼女もはっとしたような顔で俺を見上げてくる。
暫く何か言いたげにもごもごした挙句、最終的には観念したようにぽつりぽつりと話し始めた。

「……ごめん。一つ目の可能性については全く考慮してなかった。二つ目は……ちょっと焦った。……実はちょっとだけ、嫉妬した。ほんの少し、だけど!三つ目も深く考えてなかった。四つ目は、今からちゃんと話す。あ……椿君、葉っぱ付いてる。ちょっと屈んでくれる?」

普段は無意識にだだ洩れ状態の苗床だが、本当の本音を聞ける機会は少ない。
俺が他の女に迫っていても本気で何とも思っていなかったらへこむ、とか思っていただけに、苗床の本音を聞けたことに安堵する。
言われた通りに少しかがんでやると、ぐいっと襟首を引っ張られた。

ちゅっ

「っっ!?」

一瞬だけ唇に触れた柔らかく温かな感触。
何が起きたのが分からない内に離れてしまったその温もりは、自分のよく知るもので……。

「……」

驚いて言葉も出ないまま呆然としていると、今度は頬を抓られて我に返る。
苗床は何故か怒ったような顔をしていて、プイッと顔を外に向けたまま小さく呟いた。

「奪っちゃった〜♪……なんつって、ね」

赤くなった顔を隠すためだろうが、耳まで真っ赤になっている以上全く隠せていない。


「……」
「……椿、君?」
「……」
「……あの、ツバちゃん?もしもーし!!」


戸惑ったような苗床の声をどこか遠くに聞きながら、今日改めて思い知ったことがある。
俺は多分一生この女には敵わない。



END

あとがき
とにかく長い。そして、お題無視。
補足はいずれ日記にてUPします。
かのこに「奪っちゃった〜♪」と言わせたかったがために書きました。
ヤキモチかのこも書きたかった。
このサイトの傾向が最近椿君に優しいのは、本誌の彼が可哀想すぎるからです(笑)







おまけ

【彼氏の算段】

戸惑ったような苗床の声が、どこか遠くに聞こえる。

……つーか、何コイツ。
超可愛いんですけどー!!
これ以上俺をどうしたい訳?
何処までが天然で何処からが計算?
何が『奪っちゃった〜♪』だよ。
古すぎだろ!いや、つっこまないけど。
いつもは奪われてもムスッとしてるだけのくせに。
いや、でもあれも照れ隠し、なのか?
照れ隠し、だよな?
だとしたら、もう少し先まで――


苗床の顔を見つめたままたっぷり10秒間。
多分俺は無表情だったと思う。

心配そうな顔をした彼女の手を取って、再び歩き出す。

「ちょっ、ねぇ!どうしたの?怒ったの?」
「別に怒ってねーよ。さっきので帳消しにしてやる」
「ほんと!?……で、これからどこ行くの?椿君家あっちじゃん」
「ちょっと買い物。なぁ、これに協力したら何でも言う事聞くって言ったよな?」
「へ?う、うん。そういえばそんなことも言ったね」
「俺、食いたいものがあるんだけど……」
「……あ、成程。ずばり椿君は彼女の手料理が食べたいわけだ。分かった分かった。いいよ。家おいでよ。料理は下手だけど、約束した以上はそれなりに頑張るからさ」
「……あー……まぁ、そんなとこ」
「なーんだ、もっと凄いこと要求されると思って焦って損した!」
「……まぁ、今焦らせて逃げられても困るからな」
「なんか言った?」
「いや、別に」


お・わ・り☆


椿君はこのまま薬局へGO☆です。
狼モードスタンバイ。ターゲットかのこロックオン!







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