笑うかのこ様〜恋だの愛だの スターのお気に入り かのこが転校した後の3人+僕 ―スターのお気に入り― 午前中授業のHRが終わり、最後の号令も終えないうちに鞄を肩に掛け歩き出そうとする椿君の肩を夏草君が掴んだ。 あの椿君に、何の躊躇もせずそんなことが出来る夏草君のことを僕は心底尊敬する。 「ツーバちゃん♪そんなに慌ててどこ行くんだよ〜?これからサッカー部の連中と―」 「ウルサイウザイキモイ離せ」 夏草君が全てを言い終わらないうちに、椿君がナイフのような尖った言葉を夏草君に突き刺した。 言われて傷つく言葉のオンパレードに思わずこちらが蒼くなってしまう。 もしあれが僕に向けられた言葉だったら確実に立ち直れない。 椿君の言葉にはそれほどの威力があるのだ。 凍りつきそうなほど冷めた視線が、夏草君にビシビシ突き刺さっているのが、なんかもう見てるだけで痛い。 だから余計なことしなけりゃいいのに。 ほら、今日1日どこか機嫌良さげだった椿君の眉間が恐ろしいことになってしまっている。 僕は放課後の貴重な時間だというのにすっかりこのやり取りに呑まれていて、帰ろうにも帰れなくなってしまった。 周りの奴らも同じように彼らのやり取りを遠巻きに見守っていた。 「……うう、そこまで言う!?俺たち親友なのに!!」 それでもめげずに椿君に立ち向かう夏草君は、僕から言わせてみれば本気の勇者だ。 椿君の方はもう呆れて物も言えないと言った微妙な表情で夏草君を見て「ハイハイそうだったな」と適当にあしらいながらドアの方に向かっている。 「椿君、待って〜!!」 しかし、再びそれを止める声が教室に響いた。 透き通るように澄んだ愛らしい声が、今まさに教室を出て行こうとしていた椿の動きを止めた。 この学校中、いや、学区内で彼女にしたい女子NO.1の花井さんが、慌てて椿の元へ駆けてくる。 そのワンシーンはあまりにも絵になりすぎて、男子も女子も嫉妬する心すら奪われてしまう。 「なんか用?」 しかしながらここでもまた椿君の返事は冷たかった。 女の子が言われたら普通ならばビビッて泣いてしまうようなこの一言に、彼女は少し怯んだものの退くことはなかった。 「椿君かのちゃんの所に行くんでしょ?だから、これ、渡してもらおうと思って。私は、課題が……山盛りで―」 花井さんが差し出したのは、可愛くラッピングされた小さな包みだった。 あれ?渡す相手椿君じゃないのか?って言うか、「かのちゃん」て少し前に転校して行った苗床さんのことだよな? 僕は少しのあいだクラスメートだった地味な眼鏡の女子を思い出す。 いつだって一人でいて、しかも本人はそれを望んでいるような変わった奴だった。 一度隣の席になったことがあるからよく覚えているが、そんなに印象に残るような奴ではなかったはずだ。 それがいつの頃からか突然スター3人とまとめて仲良くなったものだから、一時期クラス中の注目を集めてもいた。 ただ、みんなの関心は常にあの3人に向けられていて、その傍らで大人しくしている苗床さんへの関心は次第に薄れていったけど…… 僕のような地味な奴から見れば、いきなりスターメンバーと仲良くなって普通にしていられる苗床さんは興味の対象だった。 だから、みんなの関心が薄れてからも何気に観察を続けていたんだ。 苗床さんがあの3人と一緒に居るようになってから、クラスの雰囲気が少し変わったのを僕は知っている。 夏草君は相変わらずだけど、花井さんに笑顔が増えて、椿君の雰囲気が少し柔らかくなったことも。 いや、そんなことより椿君が苗床さんの所へ行くって言った? なんで?なんでぇ?? そこまで仲良かったの!? 「てことは、やっぱり椿と苗床って付き合ってるの?」 「はぁ?100%ねえよ!」 「でも月1ペースで必ず行ってるよね」 「……いつも用事のついでで寄ってるだけだよ」 「へぇー」 夏草君が僕の疑問をそのまま椿君に投げた。 椿君が苗床さんを気に入ってたのは知ってるけど、転校先にまで会いに行ってたとは知らなかった。 彼女でもない遠い他校の女子についでとはいえ会いに行くって…… ふと視線を横に向けると、やはり同じクラスの女子が彼らの会話を聞いてダメージを受けていた。 そりゃあそうだろう。 押しても引いても靡かない完全無欠のクールビューティーが毎回特定の女の子に会いに行ってると言うのだから。 それから椿君は面倒くさそうに花井さんから可愛い包みを受け取って夏草君を一瞥すると、最後に一言爆弾発言。 「何でって、俺が会いたいからだけど?」 当然のことを聞くなとばかりにさらりと言い捨てて、「じゃーな」とそのまま足早に教室を後にしたのだった。 シーン 教室が一瞬無音となり、次いでどわっとざわめきが広がった。 女子の悲鳴にも似た叫びがこだまする中、僕は一人鞄を肩にかけて帰る準備を始める。 近くにいた夏草君たちの会話をそれとなく聞きながら席を立つ。 「椿って、すごいよな」 「うん。でも多分自覚ないんだろうなぁ」 「……花井」 「?なぁに?夏草君」 「いや、その、なんでもないよ」 「そう?……でも椿君がどんなにかのちゃんを好きでも、そう簡単にかのちゃんは渡さないんだから。うふふ」 ぞくり。 通り過ぎ際に聞いた花井さんの声は愛らしく可憐だ。 笑っている花井さんはそりゃあもう可愛いのだ。 しかし、そんな彼女から感じるどす黒い重圧感は何だろう。 夏草君が「俺、苗床になりたい」と小さく呟く声を背中に聞きながら、僕は静かに教室の扉を閉めた。 この学校のスターメンバーは、何故かみんな苗床さんが大好きらしい。 僕の中で密かに出来ていた苗床→夏草→花井→椿の図式は今日から夏草→花井⇔苗床←椿となって、今後の楽しみができたと内心わくわくしていることは、皆には内緒だ。 END あとがき 日常? 『僕』はかのこと同様に地味ーで目立たない傍観者キャラ。 かのこがクラスメートを観察して楽しんでいるように、『僕』もそれを楽しんでいるって設定。 サブタイトルは「富中観察日記続編」です。 かのこのいない彼らの日常はまったくもって普通です。 当たり障りのなさすぎる話に挑戦!! ←→ [戻る] |