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笑うかのこ様〜恋だの愛だの
愛に永遠を期待しないことだ あれは逃げるのを仕事にしている

最近苗床に避けられている気がする。
これはあくまで気がするだけであって、特に何か変わったことがあったわけではない。
話しかければ普通に返事が返ってくるし、手を伸ばせば跳ねのけられるようなあからさまな避けられ方をされているわけでもない。
けれど、確かにどこか違和感を感じるのだ。

「苗床」
「な、何かな?椿君や」

夕陽の差し込む部室で二人きり。
ひたすら資料をホチキスで綴じていく。
自分の作業分が終ってなんの気もなく話しかけると、苗床は微妙に芝居がかったような変な返事を返してきた。

「……俺の終わったから、余ったやつよこせ。さっさと終わらせて帰ろうぜ」
「……うん。ありがとう」

こんな短いやりとりですらどこかぎこちなく感じる。
付き合い始めて一ヶ月ほどになる。
やっとのことで手に入れた幸せの筈なのに、その距離は何だか果てしなく遠い。
普通、こういう時期って一番楽しいもんなんじゃねーの?
何かで読んだ世間の恋人達の一般論を思い出し、自分達とのあまりの落差に思わず小さく息を吐く。
そろりと隣で作業に没頭する苗床に目を向けると、向こうも俺を見ていたらしくパチリと目が合った。

「ん?どうした?」

苗床がこちらに意識を向けてくれたことが嬉しくて、問いかけた声は自分でも驚くほど甘い。
しかし彼女はそっけなく「別に」とだけ言ってまたすぐ作業に戻ってしまう。
……おい、もう少しデレてくれてもいいんじゃねーの?
苗床の髪が、夕陽のオレンジ色を反射してキラキラ輝いている。
眼鏡の奥の意外とぱっちりとした目はいつも面白いことを逃さないように色々なところに向けられていて、せめてもう少しくらいこっちを見てくれてもいいんじゃないかと思う時もある。
っていうか、今がまさにそうだ。
苗床が最後の資料をまとめたのを見計って、軽い気持ちで肩に手を伸ばした。

「っっ触るな!!」
「っ!?」

しかし、その手は苗床に届くことなく振り払われる。
そのあまりの剣幕に驚いて苗床を見ると、寧ろ自分の方が驚いたというように大きく目を見開いて俺を見ている。
それから自分が振り払った俺の手に視線を動かし、あーとかうーとかもごもご唸った挙句に「ごめん」と小さく呟いた。

「……苗床……」

俯く苗床の手をそっと握ると、今度は振り払われることは無かった。
少しだけ震えた肩を見ない振りして、無理やり明るい声を作りだす。

「なんか、お前最近少しおかしくね?なんか悩みとかあるんだったら――」
「椿君、私、もう無理」

俺の声を遮る様にして顔を上げた苗床の表情は、光を反射した眼鏡のせいで読みとることができなかった。
言い知れぬ嫌な予感に、思わず握った手に力を込める。

「……無理って、何が?」

嫌な感じに波打つ心臓の音を聞きながら、苗床が静かに口を開くのをただ黙って見ているしかできない。

「……友達に、戻ろう」
「っっ」

ふと室内が暗くなる。
影が差した瞬間にはっきりと見えた苗床の表情は今にも泣き出しそうなほどくしゃくしゃに歪んでいて、言いたいことは沢山ある筈なのに何故か一言も言葉が出て来ない。
言われた言葉の意味が、分からない。
いや、解りたくない。

「ごめん」

するりと手をすり抜けて教室を出て行く苗床を引きとめることもできない。
ただ呆然と見送ることしかできないまま――

雲をすり抜けて再びオレンジ色の陽が差し込む。
どれだけ時間が過ぎたのか、やがて空が群青色に染まる頃には、俺は一人静かに笑みを浮かべていた。
壊れた?
冗談じゃない。
怒ってるんだ。
理由も言わずに勝手なことを抜かして消えた苗床に。
直ぐに後を追えずに呆然しているしか出来ない自分自身に。

あいつが一筋縄ではいかないやつだってことは知ってた筈なのに、油断した。
付き合ってるっていう事実に安心してた。
だが、それじゃ駄目なのだ。

「上等じゃねーか」

今までに遭遇してきた数々の困難を思い出し、自分の諦めの悪さに思わず苦笑する。

「せいぜい俺に諦めさせるような文句でも考えておくんだな」

鋭い眼光に不敵な笑みを浮かべて二度目の宣戦布告。
一月前の嵐のような攻防戦が再び幕を開けた瞬間だった。


END

あとがき
絶っ対シリアスになるって思ってたよ!!
分かってた。
何だこのお題!!
でも、安易にギャグに逃げる気にはなれなかったんだ。
これ、「END」じゃなくて「続く」だから。
「To Be Continue」だから〜!!
決して椿君をストーカーにしたくて書いたんじゃないですから〜!!






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あきゅろす。
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