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まだ守られる君へ(前編)

「島が見えたぞー!」


マルコが近辺の偵察に向かった翌日、報告があった島へと到着した白ひげ海賊団。
前に何度か来たことがある島なのか、島民達はみな白ひげ海賊団を歓迎するかのように、笑顔で迎える。
港に船を堂々と停泊させ、いつものようにマルコが隊長達と隊員達に指示を出す。
今回の買い出し組は四番隊で船番は十六番隊。
その横を、名前がウキウキした様子で走り回り、何度も財布の中身を確認し、梯子がかかるのを大人しく待つ。


「名前、あんま邪魔すんなよー」
「してませんよー」


早く島に降りたいと身体でアピールをする名前に、エースは笑いながら見守っている。
今回はエースとマルコと買い物に行く約束をしていた。
買いたいものもあるし、何より何週間ぶりの新しい島だ。楽しみで仕方がないと言った様子で、やっぱり動き回る。


「いいかい名前。ここはまだ安全な島だが、何があるか解んねェ。だから勝手に「梯子下ろしたぞー!」
「やった!マルコさん、早く行きましょう!」


好奇心旺盛な名前にマルコの小言は全く届いていない。
「大丈夫かよい」と溜息をつくも、楽しそうな名前を見てしまったらそれ以上先が言えなくなってしまった。
しかし、マルコが言う小言はとても大切なことだ。
もう一度注意をしようと口を開いたマルコだったが、目の前にいた名前はいつの間にかおらず、当たりを探す。


「おい、大丈夫か?」
「大丈夫です!」


丁度名前が梯子に足をかけ、船から降りている途中だった。
早歩きで名前に近づくマルコだったが、途中で隊員に呼ばれ足を止め、その間にも名前は港へと降り立つ。
何度も言ってるし大丈夫だろう。でも…。
何度もチラチラと名前を見ては落ちつかないマルコ。


「エース、少しの間名前を頼んだよい」
「あいつもう降りたのかよ!しゃーねェなァ…」


しかしエースも隊員に呼ばれ、すぐに名前を追いかけることができなかった。
その一方で名前は、ちゃんと後ろからマルコやエースがついて来ていると思い込み、独り言(エースやマルコに話しかけているつもり)を呟きながら街へと向かっていた。


「エースさん、マルコさん。聞いてま………あれ?」


賑わう街の通り。
そこでようやく返事をしてこないマルコとエースを不思議に思い、振り返ると知らない男が立っていて、驚く。


「マ、マルコさんは…?」
「お前…、白ひげ海賊団のクルーか?」
「エースさんもいない…」
「エース…?やっぱりクルーだな」


目の前の男は少し怪しい雰囲気をまとっていた。
もしかしたら自分が知らない間に入った仲間かもしれない。
淡い期待を抱きながらマルコとエースのことを聞く名前だったが、何も喋らず、怪しい笑顔を浮かべるだけの男にに危機感を覚え、反射的に逃げ出した。
走る先は港とは逆方向。恐怖のせいで冷静な対処ができなかった。


「残念だったな、ガキ」
「ッ!」


子供の足で大人をまくことはできず、人通り少ない場所で名前は男に捕まってしまった。
暴れて抵抗しても無駄。それでも暴れ続ける名前。


「マルコさん!エースさん!」
「っち、うるせェガキだ。黙っとけ!」


助けを求める声も塞がれ、鳩尾に一発の重たい拳が入った。
痛みと苦しさで息が止まり、視界も暗転し、意識を飛ばしてしまった。





「……うっ…」
「起きたか」


次に名前が目覚めたのは、暗く古びた建物の中だった。
ズキンと腹部が痛み、手を当てようとしたがうまいように動かない。
まだうまく回らない思考をフル回転させ、自分の身体を見るとロープで固定されていた。


「まさかガキが乗ってるなんてな」
「でもそのおかげで人質ができたわけだし」
「そうだな!これであいつらをぶっ殺せるつーわけだ!」


名前の前で笑う男二人。
二人の会話を聞いてさらに思考がフル回転した。


「……み、皆を殺す…?」


震える声で聞いてみると、男二人は名前を見て笑い、首を縦に動かした。
名前を使って一人ずつ殺していく。いや、迎えに来た仲間をいっぺんに殺してやろう。などなど。二人は名前の前で色んな作戦を話続ける。
しかし名前の頭には入ってこない。
簡単に誘拐されてしまったこと。仲間達が自分のせいで殺されてしまうこと。それがただただ怖く、奥歯がカチカチと音を立てる。


「さあ、お前にも協力してもらおうか」
「いい子だから言うこと聞けよ」


震える名前に近づき、優しい口調で話しかけてきたが、名前は俯き、首を左右に振る。
その瞬間、頬に鋭い痛みが走り、その反動で座っていた名前は地面に伏せてしまった。
頬を殴られたと理解できたのは、しばらく経ってから。


「おいおい。いくらガキでも俺ァ殴るぞ?」
「殴ってから言うなよ。ほら、痛い目に合いたくねェだろ?だから協力しろ。な?」


名前の胸倉を掴んで無理やり起こす殴った男。
名前の頬は赤くなり、口の中は少し血の味がした。
しかしそれでも首を左右に振って喋ることを拒否し続ける。
そのたびに殴られ、蹴られ、地面に投げつけられるが、悲鳴もあげることなく黙り続けている。


「(痛い、怖い…!でも、言いたくない…)」


仲間を失う恐怖を知っている名前は絶対に喋らなかった。
そんな名前にいい加減痺れを切らした男がナイフを取り出し、名前に矛先を向ける。
そのときばかりはさすがに恐怖で身体が震えたが、喋るという答えは出なかった。


「ああ、じゃあもういい」
「おい、殺すなよ」
「殺しはしねェよ。手の一本でも切れば嫌でも解るだろ」


殴られ、蹴られ、もはや自力で立つ気力がない名前の腕を取り、ナイフを当てる。
それを狙っていたのか、力を振り絞って男にタックルをかました。
男の手からナイフが離れ、地面にカランと音を立てて落ちる。
相方の男より名前が先にナイフを拾い、手を縛っていたロープを切って自分を解放した。


「テメェ!」
「―――動かないで下さい」


自由を手に入れた瞬間、腰に忍ばせてあった銃を取り出し、二人に向ける。
殺す度胸も、ましてや発砲する度胸もないので銃口は震えていたが、二人を睨みつける目だけは本気で、そのせいで男二人は動けない。


「ガキが使っていいもんじゃねェぞ…」
「俺の仲間に手を出さないで下さい…!」
「いいからその銃下ろせ。な?」
「ち、近づかないで下さい!人を…殺したくはありません…」
「殺したくねェなら下ろせ!」
「っ…!う、…わあああああ!」


叫んで無理やり気持ちを誤魔化す。
二人の顔を見ないよう俯き加減で銃口を足元に向け、二発の銃声が建物に響いたあと、男二人の叫び声も負けじと響き渡った。
耳を抑えながら部屋を飛び出し、ひたすら船が停泊する港へと走り続ける名前。
発砲したくなかったし、悲鳴を聞きたくなかった。
だけど発砲してなかったら確実に自分が殺されていた。
悪くない。自分は悪くない。と何度も自分を正当化しながら、ようやく港に到着。


「マルコ!名前帰ってきたぞ!」


エースの焦った声に名前は足を止め、息を整える。走り過ぎて喉の奥も、胸も苦しい。
港にはまだたくさんの仲間達がおり、自分を見て安堵の息をもらしていた。
すぐに駆け寄ってきたのはエースとハルタ。
ボロボロになった名前を見た二人は目を見開き、一度間を開けたあと「大丈夫か!?」と声を揃えて聞いてきた。


「誘拐、されて…。それで…」
「誘拐!?おまっ、なん…!」
「そのケガ酷ェなァ…。歩けるかー?」
「……はい…」


握りしめていた銃はエースに取られ、ハルタに連れられモビー・ディックへと近づく。
すると今度はサッチ、イゾウが走り寄ってきた。
二人とも珍しく焦った顔をしていて、何でだろう?と一瞬疑問を抱いたが、すぐに自分のせいだと解った。


「名前ちゃん…!」
「お前…。何があったんだよ…」
「誘拐されたんだと」
「「誘拐!?」」
「でも名前がやっつけたんだろー?すっげェなァ!」


ハルタとエースは「すげェな」「やるんじゃーん!」と笑い、名前もつられて笑顔を浮かべるも、イゾウとサッチはあまりいい顔をせず、寧ろ怒った様子だった。


「名前」
「マルコ、さん…」


イゾウとサッチの怒った顔を見たあと、遅れてやってきたマルコに名前を呼ばれた。
きっと心配をかけたからちゃんと謝らないと!と空気を吸ったあと、マルコの覇気に当てられ呼吸が止まる。
今までも怒られたことあったが、それとは違う。本気で怒っているというのがビシビシと肌で感じる。


「おいマルコ」
「エース、ちょっと黙ってな」
「まー…。いくらマルコでも今回は、な」


黙って近づいてくるマルコに、エースとハルタは名前を庇うように立ち塞ぐが、サッチとイゾウが二人を名前から引き離した。
名前の目の前に立ったマルコ。
何も喋らないマルコに、名前がまた口を開けた瞬間、パシンと乾いた音が鳴った。しかし、すぐに波の音によってかき消される。


「テメェマルコ!何で叩くんだよ!」
「そうだぞー!それじゃなくても名前は「いいから黙ってろって」


騒ぐ二人を大人二人組が止め、少しマルコと名前から距離を取る。
マルコに頬を叩かれた名前は放心状態でどこか一点を見つめ、ゆっくり手でその場所をおさえながらマルコを見上げる。
その目は「痛い」と訴え、涙がポロリとこぼれ落ちた。


「お前の軽率な行動で、どれだけの仲間が心配し、探し、迷惑をかけたと思ってんだい?」
「……」
「買い出し組の予定が狂った。仕事も進んでねェ」
「…だ…って…」
「遊びに行くなとは言わねェよい。だが、まだ自分を守れるほど強くねェんだから勝手に動き回るな。何度も言ってるはずだよい」
「…………」
「もしこれが原因でオヤジに迷惑をかけることがあったらどうすんだい?」
「…はい…」
「お前は白ひげ海賊団の仲間なんだ。子供なんて関係ねェ…。もっと自分の行動に責任持て」


あのマルコが名前を本気で怒るなんて…。
ハルタとエースは顔を見合わせ、また二人を見る。
名前はマルコに叩かれた頬を抑えたまま俯き、肩を小さく震わせていた。
誘拐した男二人に殴られた場所より、痛い。


「さすが一番隊長。叩くとは思わなかったけどな」
「いくら名前ちゃんでも、今回はマルコに賛成だよ。いくらまだ子供であろうが、背中にはオヤジ背負ってんだ。いつ殺されてもおかしくない…。気を引き締めてもらわないとね…」
「だな。おいテメェら、名前は見つかったから仕事戻れ。あと街に出た仲間も呼んでこい」


そう、いくら名前が子供で女であろうが、「白ひげ海賊団のクルー」であることは間違いない。
白ひげ海賊団を潰そうとしている人間はどこにでもおり、そいつらが一番弱い名前を狙ってくるのは解りきっている。
だから、名前には自分達の傍にいてほしい。
もし今回みたいに誘拐され、名前を助けたければ白ひげを殺せ。なんて言われたら……。
そう考えると身体の芯から震えあがった。


「ご、…ごめんなさい…」
「今回は大人しくしとくんだな」
「はい…」


名前に背中を向け、船へと戻って行くマルコを、名前は見ることができなかった。
イゾウも珍しく名前に近づくことなく、マルコのあとを追って船へと戻る。
駆け寄ってきたのはエースとハルタ。


「……名前、大丈夫か?」
「エース、さん…。……あの、俺…」
「とりあえず今はナースんとこ行こうぜー。消毒しとかねェとなー!」
「だな!おんぶしてやろうか?」
「……」
「…。しょうがねェな、おら掴まれ!」


しゃがんで名前に背中を向けるエース。
一度間を置き、恐々とエースの背中に抱きつき、身体を預けた。


「でもすっげェな名前!一人で悪い奴ら倒したんだろ?」
「……」
「お前もいつの間にか強くなったんだなァ。鍛えた甲斐があったぜー!」
「今度俺も手伝ってやるからな!」
「……」
「名前ー、あんま気にすんなよー?マルコはいっつもあんな感じなんだしよォ。な、エース?」
「おう!マルコは名前に激甘だからな!」
「ごめんなさい…」


聞こえるか聞こえないかの声で一度謝罪したあと、その日はそれっきり喋ることはなかった。

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あきゅろす。
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