モビー・ディックが泳ぐ海はいつも平和で、滅多なことがない限り慌てることはない。 なので今日も仕事を終わらせ、のんびり甲板の上で過ごしていた。 今日は何しようかなー…。昨日は皆で鬼ごっこしたっけ?じゃあ今日は隠れんぼをしだすかもしれない。 「あ、名前ちゃんいた」 「イゾウさんだ!」 マルコさんやエースさん達はまだ仕事をしている。 俺も手伝おうかと声をかけてみたけど、そこまで大変な仕事ではなかったため、先に甲板に来ていた。 そこへイゾウさんがやってきて、身体を起こした私の横に腰を下ろす。 「どうかしましたか?」 「部屋を片付けてたら耳かきが出てきてね。名前ちゃんにやってあげようと思って来たのさ」 「え、ほんとですか!?」 「うん。してもいい?」 「はいっ、是非お願いします!」 「じゃあどうぞ」 ポンポンと自分の膝を叩き、ニコリと笑う。 えーっと、膝枕をしてくれるってことかな? 言葉を出すことなく首を傾げてイゾウさんを見ると、無言で頷いた。 「じゃ、じゃあ…」 再び横になって、恐る恐るイゾウさんの膝の上に頭を置く。 ……そう言えば、お母さんに耳掃除してもらうときもこんな風にしてたっけ。 「名前ちゃん、気持ちいい?」 「んー…最高です…」 クリクリと優しい力で耳の中を綺麗にしてくれる。 お母さんにしてもらったときも気持ち良かったけど、イゾウさんも気持ちいい。すっごく気持ちいい…! あまりの気持ちよさに「ふっ…」と息をもらすと、イゾウさんも笑った気がした。 次第に眠くなる瞼。だけど寝たらいけないからイゾウさんの着物の裾をギュッと握り、意識を保とうとする。 「眠たかったら寝ていいよ?」 「ダメ、ですよォ…。せっかくしてもらってるのに…」 「でももう限界そうだけど?」 「だって気持ちいいんですもん…」 「それはよかった。反対もする?」 「うー……」 「名前ちゃん?」 その声を遠くに聞いて、意識を手放した。 「「名前ッー!」」 が、サッチさんとエースさんの大きな声に驚いて目が覚めてしまった! ビクリと身体が震え、そのせいで耳かきが奥に当たってしまい、少しだけ痛んだ。 「だ、大丈夫?ごめんね、名前ちゃん」 「大丈夫です。俺こそごめんなさい」 「おいお前ら何してんだ?」 「名前ー、一人だけ昼寝はずりィぞ!俺も一緒に寝てやる!」 「テメェら…!」 「え、イゾウさん…何で怒ってるんですか?」 「ちょ、イゾウ!銃口向けんな!」 耳かきを私に預け、胸に入れていた銃をゆっくり取り出して二人に向けた。 顔はよく見えなかったけど、声で怒っているのがよく解った。 サッチさんとエースさんはよくイゾウさんを怒らせるよね…。ちょっとは学習しないんだろうか。 「ったく、名前ちゃんとの時間を邪魔すんじゃねェよ。解ったかバカども!」 「イゾウさんマジ怖い。最近マジで怖い」 「でもよォ、イゾウばっか名前と一緒にいてずりィよ!名前と昼寝するのは俺の役目だぞ!」 「ガキかテメェは。あ、まだガキだったな」 「なんだと!?ガキじゃねェよ!」 「すぐ熱くなるとこがガキだって言ってんだよ。ガキはガキらしく隊員達と遊んでな」 落ちついたと思ったら、イゾウさんの言葉で声をあげて怒りだすエースさん。 ううっ、せっかく気持ちよかったのに怖いよー…。 イゾウさんもエースさんも大好きだけど、怒るとすっごく怖い…! それに何かビシビシとしたものが伝わってくる。 確か「覇気」とかなんとかって説明してもらったけど全く解らなかった。私には関係ないってサッチさん笑ってたっけ。 「おい名前」 「サッチさん?どうかしましたか?」 「ちょっとイゾウ止めてこいよ。このままだとエースがハチの巣になっちまう」 「俺がですか!?む、無理です、絶対に無理です!」 「これつけて行け。絶対大丈夫だ」 コソコソと話かけてきたサッチさんに、私も小声で返事をすると、猫の耳と尻尾を渡された。 何で持ってるのか不思議に思って聞いてみたら、これを使って私で遊ぼうと企んでたらしい…。 「こんなのつけれるわけないじゃないですかッ!しかもイゾウさんは黒猫苦手なんですよ!」 「それを慣らすために名前につけてほしいんだ。な?ほら、エースも危な……っておいイゾウ!お前マジで止めろって!エース君死んじゃう!」 エースさんとイゾウさんを見ると、イゾウさんがエースさんの額に銃口を突き付けていた。 エースさんは涙目で、いやいやと首を横に振っていて、サッチさんがそれを止めに入ってあげる。 サッチさんの後ろに隠れ、イゾウさんを説得しようとするサッチさんを見て、手渡された猫耳と尻尾を握りしめる。 ………なかなか手触りいい、な。これつけたらイゾウさんの猫嫌いも少しはよくなるかな…。機嫌も直るかな…。 「す、少しだけ…」 カチューシャタイプの猫耳をつけ、ベルトタイプの尻尾もつける。 …すっごい違和感…。恥ずかしい! 「あ、おいイゾウ!見ろよあれ!」 「あァ?そんなんで俺を誤魔化す気か?」 「いやいや、名前を見ろって!」 「名前ちゃん?」 サッチさんの言葉にイゾウさんは私を振り返る。 そこで私もイゾウさんを見ると、バッチリ視線が合い、しばらくの間時間が止まったように静かになった。 「……にゃ、にゃー」 その止まった時間に耐えれなくなり、とりあえず鳴いてみた。思いっきり棒読みで。 エースさんとサッチさんは声に出さないよう笑っていたが、イゾウさんは眉をしかめる。 ま、間違った…? 「い、い、イゾウさん…!」 「バカなの?」って言われそう。「何してんの?」とも言われそう…! とにかく怖くなって名前を呼んでみると、ゆっくりと私に近づいてきた。 近づくにつれ顔を俯くイゾウさんに、思わず「ごめんなさい!」と謝る。無言のイゾウさんが怖い! 「うッ…!」 だけどそのままのスピードで私を抱きしめた。 結構なスピードを出していたため、衝撃がそれなりに強く、声をもらす。 「い、イゾウさん…?」 「…」 相変わらず無口のまま、抱きしめる力を強める。 怒っているのかどうかも解らない。 ただ黙って私を抱きしめる。……怒ってないと解釈していいのだろうか。 「あの、俺変です「可愛い」……ありがとうございます」 変ではないらしい。よかった…。 「あの黒猫苦手だから、サッチさんが慣れるようにって…」 「黒猫苦手じゃねェけど?」 「え?でも前に「好きだ」 好きらしいです。 間髪答えてくれるイゾウさんに少し圧倒されながら、私もイゾウさんの背中(とは言っても全部届かない)に手を回して抱きしめると、またさらに力を強められた。 「あの、イゾウさん…!苦しいです…」 「名前ちゃん可愛い」 「それは聞きました。えっと、少し力を弱めてくれると嬉しいです」 「猫は逃げるからダメだ。このままずっとここにいて」 「俺は猫じゃないから逃げませんよ?」 「名前ちゃんは黒猫だろ?」 「……そう、ですね」 「そうだ。俺の部屋で飼おうと思うんだけど、どう?」 「どう?って…言われても…」 どうしよう…。会話が噛み合わない気がする…! イゾウさんの後ろにいたサッチさんを見ると、何故か怒っているエースさんを必死に止めていた。 「名前ちゃん」 「あ、はい?」 「俺の伴侶になる?」 「はんりょ?」 「なんてね、冗談だよ」 そこでようやく解放してくれた。 いつもと変わらない柔らかい笑みを浮かべ、頭をよしよしと撫でてくれる。 そのまま猫耳を取って、尻尾も取るよう言われたので素直に従う。 「サッチ、なかなかいい仕事したな」 「まさかここまでいくとは思わなったぜ…」 「名前ちゃんのこと好きだからな」 「お前って本心見せねェよな…」 二人がそんな会話をしている横で、エースさんが私を抱き上げ、その場から離れる。 今からいつもの場所で昼寝するから付き合ってほしいそうです。 「名前はイゾウのこと好きなのか?」 「イゾウさん?好きですよ?」 「……じゃあ俺のことは?」 「エースさんも好きですよ」 「よし、それでいい」 「うわああ!」 イゾウさんのときとは違い、頭をガシガシと乱暴に撫でるエースさん。 だけどこれも好きだから少し笑って文句を言うとエースさんも笑ってまたガシガシと撫でる。 「晩飯まで爆睡だー!」 「また夜寝れなくなりますよ?」 「そうなったら付き合え」 「……」 「返事は!?」 「は、はい!」 イゾウさんに抱きしめられた感触を残しつつ、エースさんとお昼寝をした。 [*前へ][次へ#] |