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大人への階段を…

「名前」
「なんですか、マルコさん」


こいこい。と手で末っ子を招くのは、この船で一番隊長を務める男だった。
名前は素直にマルコに近づき、再度「なんでしょう」とほんのり笑みを浮かべながら聞き返すと、マルコも笑みを浮かべて抱きあげた。


「わあ」
「名前、本でも読んでやろうかい?」
「ほんとですか?でも仕事があるって…」
「終わらせた」
「じゃあお願いしますっ」


マルコに腕抱っこされ、モビー・ディック号の船尾へと歩き出す。
船首付近ではエースやハルタが演習を行っているため、静かに本を読んであげることができない。
そして何より、うるさい兄達がいない間、名前を一人占めすることができる。
それが嬉しいマルコは、既に持っていた本を取り出し、自分の胸の前に名前を座らせる。
ラッコ抱きが本を読んであげるいつものスタイル。
名前も慣れたようにマルコの胸に背中を預け、見上げながら「今日はなんですか?」と質問した。


「今日はとある冒険家の話だい」
「面白そうですね!俺、冒険するの好きです」


太陽のように輝く名前の顔を見て、マルコは頭を撫でてあげながら本を開いた。
最初に比べて文字を読めるようになった名前だが、マルコに読んでもらうのが嬉しいことを知っている。
そしてそれは自分もだ。一人で読むのも好きだが、可愛い妹に読み聞かせてあげるのが最近の楽しみになっている。
前まではこういった冒険の本なんて読もうと思わなかった。
こんなもの読まなくても今、冒険をしている。それに、頭の片隅で「そんな都合よくいくかよい」と冷めた感想しか出てこないから。


「マルコさん、俺もこの人みたいに強くなりたいです!」
「名前は十分強いよい」
「でもバーンと現れて、ドーンと倒して、ババーンって決めたいです!」
「擬音ばっかだな」


苦笑いを浮かべるマルコだったが、名前は物語り興奮しているせいで気づいていない。
名前と一緒にこういった本を読みだして、少しずつ楽しく感じ始めた。
一つの章が終わるたび盛りあがり、落ちついてから次の章を読む。


「…」


読むときにサラリと名前の髪が揺れ、細い首筋が覗いた。


「マルコさん、続き続き!」
「あ、ああ…」


なかなか読もうとしないマルコに、名前が「早く!」と急かしながら振り返る。
抱っこをしているだけに、吐息がかかるほど距離が近い。
うなじを見ていたのも、距離が近いのも無性に恥ずかしくなり、それを忘れるよう本を握りしめ続きを読み始める。
集中して読んでいたマルコだったが、風が名前の髪の毛を揺らすたび、集中力を削がれてしまう。
そのたびに「マルコさん?」と顔を覗き見てくるものだから、余計に集中できない。


「悪い名前。今日はこれで終わりにしよう」
「え?それは構いませんけど…。どうかしましたか?」
「いや…」
「あ、解った!」

一オクターブ高くなった声とともに振り返り、顔を近づけてにっと笑う。
距離が近いのと、何が解ったか気になるのとで、マルコの心拍数があがった。


「マルコさん仕事あがりで眠たいんでしょう?」
「……なんでそう思う?」
「だって途中で読むの止まるし。集中してないもん」


いつもマルコさんに読んでもらってるから、マルコさんが集中してるかしてないかって解るんですよ!
得意気に笑う名前。
名前の答えは正解だが、その理由まではバレていなかったので胸をなで下ろした。


「じゃあお昼寝しましょう!」
「そうだな…」
「んしょ…」


名前の提案にマルコはゆっくり頷き、名前は再びマルコの胸へと収まる。
少し横を向き、頭をマルコの胸に預けて寝る態勢を整えた。
ラッコ抱きでは名前の顔を見ることはできなかったが、この態勢は名前の顔がよく見える。


「よりによってかい…」
「マルコさん、苦しくないですか?」
「苦しくはねェが、…何で今日に限ってこの態勢なんだい?」
「えー、だって温かいですもん」


信頼してくれてるのも、一番に頼ってくれるのも、甘えてくれるのも…。
すっごく嬉しいことなのに、どうしてか最近モヤモヤしてしまう。
風で名前の目にかかった髪の毛を分けてあげると、嬉しそうに笑ってさらに抱きついた。
一度息をつき、名前が持っていた本を取って、少し離れた場所に置く。


「名前、少し無防備すぎやしないかい?」
「無防備?」
「…あー…、前に痛い目みただろい」
「痛い、め…?」


んー…。と眉間にしわを寄せて思い出す名前に、マルコは黙って見守る。
ナース達にも、仲間達にも「そろそろ教えてあげたほうがいい」と言われ、自分もそろそろ…と思っていた。
しかし、どう言えばいいか解らない。こういったことは自然と解るものなのだから一から十まで教えるなんておかしい話だ。
それなのに名前がここまで無知なのは、そういったものを過保護達がシャットダウンしてきたから。(きっと名前の両親もそうだ)
傷つけないよう、嫌われないよう、どう教えようかと少し前に名前を押し倒したことを思い出すよう言ってみた。
あれぐらいならまだいいだろう。その次の日は避けられたが、傷つくことはない。と思うマルコだったが、


「……あ、あれは俺がいけないから…」


俯き、縮こまるだけでマルコから離れようとしなかった。
マルコ自身も名前に離れてほしいが、離れてほしくないのも本音なので少し安心したが、「いや、ダメだろい」とホッとしている自分にツッコミをいれた。
しかし、自分からは拒絶しない。


「俺、もう慢心してません!ちゃんと言いつけ守ってます!」
「…そうだな…」
「はい!」


どうやら名前に遠まわしの言い方はダメらしい。
なんとなく解っていたが、ここまで鈍いと溜息しか出てこない。
だから今度はちゃんと教えてやろう。


「名前、男っつー生き物はバカなんだよい。好きな女が抱きついてきたら抱きしめ、押し倒したいと思う。だから名前をこのまま抱きしめて、首にキスして、きっと真っ赤になる名前の顔を見たい。ところでこの間エースに「本当の子供の作り方」を聞いてたよな?俺が実践で教えてやるが、どうだい?」


口を開き声にする前に心の中で喋れば、最後のほうになるにつれ、自分がおかしな発言をしていることに気がついた。
ストレートすぎるだろい。と。


「マルコさん、寝ないんですか?」
「…ああ、もう寝るよい…」


どうやらまだ自分には名前に大人の世界を教えてあげるのには無理みたいだ。
まずは自分がしっかり理性を保ち、それからちゃんとした知識を持って喋ろう。話はそれからだ。
そんな悩みを持つ保護者とは対照に、名前はマルコの胸に頭を預け無防備に眠っていた。


「親の心、子知らずとはまさにこのことだな」


いや、名前が親になってもらっては困る。名前は嫁にやらねェからな。
一人呟き、名前を抱きしめてマルコも目を閉じた。





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あきゅろす。
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