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記憶喪失になりました。
嘘つき3 
彼氏と言い張る間野君に保健室へ連れて来られました。
なんでか知らないけど、おんぶされて運ばれた。殴られるよりましだけど、これはこれで屈辱。

「あんれまぁ、でっかいたんこぶ作ってまぁ。どったの?」

保健室の小幡先生。推定35歳前後。男。髭。年中寝癖。ノッポ。

「………」
「………」

答えろよ間野君。そう思って椅子に座った状態のまま間野君を見上げると、またもや、じー…と観察するように見つめられていた。
記憶喪失なのにするっと事実を言うとでも思ったのかい?ふふふ、そんなへまはしないよ。
納得したのか間野君は小幡先生に向き直った。

「スッ転んで頭打って気絶」

やっぱそれかよ。
もっと他にましな嘘ないのかよ。

「うわぁ、間抜けだなぁ。頭痛や吐き気ある?」
「ないです」
「まぁでも一応検査受けた方が良いね。鞄取ってきてやるから、間野見ててやって」
「ちょっ、待って先生!検査って…?」
「あ?頭の検査、一応しといた方が良いでしょ」

それって病院行くってことだよな。
ちょっとそれ困るんですけど。

「だ、大丈夫です!全然なんともないですから!」
「なんともなくはねーだろ?」

し、しまった!
じー…とこっちを観察している間野君の視線が痛い。
顔に穴が開くレベルで見られている。
そうだよな、記憶喪失になったら普通自ら病院に行くよな。

「…やっぱり検査受けます。俺としては全然平気なんですけど、心配してくれてるみたいなので念の為に」
「そうしとけ。んじゃ間野、俺戻るまで頼むな」

小幡先生が出ていって間野君と二人きり。
さっきの「なんともない」発言を問い詰められたらどうしよう。
内心びくびく。

「真波。お前自分が記憶喪失だって自覚あんのか?」

いや、自覚もなにも嘘ですから。

「それにしても小幡の事はしっかり覚えてんだな」

そうだよ。間野君の事だけ忘れた設定にしたからな。
そういう記憶喪失もあるんだよたぶん。疑うな。

「覚えてるって言うか…まぁ、覚えてるよ。て言うか、ほとんど毎日見てる人の事忘れないだろ?間野君とは初対面だから覚えてないのが普通じゃないかな?」
「だから!俺とお前はクラスメイトだっつったろ!お前はたぶん俺の事だけ忘れちまったんだよ…」

うわっ、なんか間野君ちょっとしょんぼりしてない?
これ完全に俺の記憶喪失信じてるよ。しかも自分だけ忘れられた事にショック受けてるよ。プププッ笑える。

「…やっぱ…俺の浮気がショック過ぎたんだな、お前…」

ちげーよ!
可哀想な者を見る目で俺を見るんじゃねー!

「でもな、俺はマジで浮気してねーから」

だからどーでもいいんだよお前の浮気事情なんて!
て言うか浮気のしようがないからね!付き合ってないわけだから。
え、て言うか、何?なんで近寄ってくるの?何その顔。笑ってんのに目だけ笑ってないじゃん。
ちょっと、怖いって。
さっきまで二人分くらい離れてたのに。
こっち来んなよ!なんだよ!怖いから来んなよ!
正面に来た間野君を、体を硬直させながら見上げていると、「真波は忘れちまったみたいだけどな、俺らはこういう関係だったんだぜ」と強かに抱き締められた。
ぎぃゃぁああああああ!!
痛い痛い痛い痛い!むっちゃ痛い!体折れる!
どんだけ馬鹿力なんだよ!
「こういう関係だったんだぜ」ってお前、今回は嘘じゃねーじゃねーか!本当にこういう加害者と被害者の関係だったよ!
恋人設定だったら優しく抱擁しろよなコノヤロウ!

「…ぐるじい!じぬ!離じでっ!」

痛いのを堪えて言うと、間野君は「はっ」としたように力を抜いた。
白々しい芝居しやがって。今のは絶対わざと馬鹿力で抱いてただろ。

「痛かったか?」

間野君の胸板を押しやりながら力一杯頷いた。
痛いに決まってんだろ。死ぬかと思ったわ。

「俺も動揺してんだよ。真波が俺の事忘れちまうから」

本当かよ!?疑わしいなぁ。わざとだろ?

「普段は…こうやって抱いてやってたよ」

後頭部に手が添えられて、間野君の肩口にそっと顔を押し付けられる。腰に回っていた腕も、さっきみたいな馬鹿力じゃなくて、なんと言うかソフトだ。
全身に間野君の熱を感じる。特に素肌で触れ合ってる首とか頬とか。耳なんかもう間野君の息遣いまで聞こえてくる。と言うか生暖かい息が耳にかかってる。
俺の背中から全身へと、一瞬にしてゾゾゾゾゾゾ…と虫酸が走っていった。
間野君に恋人のように抱き締められる事がこれ程おぞましいとは思わなかった。
なんだこれ。なんか気持ち悪っ!なんか恥ずかしっ!
たぶん、間野君に抱き締められた事自体がおぞましいんじゃなくて、間野君に抱き締められちゃってる自分がおぞましくて気持ち悪くて恥ずかしいんだと思う。この微妙な違い分かるかなぁ。うわぁ…抱き締められちゃってるよ俺、気持ち悪っ俺。みたいな。
そんな訳で、俺は間野君の腰を掴み、力一杯互いの体を離しにかかった。

「やめろっ離せっ!男同士でこんな事、俺は絶対しなかったぁ!」
「俺の事覚えてもいないのに、本当にそう言い切れるか?」
「そっ、…そんな事、知らない!」
「俺とお前は間違いなく面識があった。それをお前は初対面だと言いやがったよな?だったら俺らの関係を今のお前が分かるはずがねー」

ぬぐぐぐ…その通りだちくしょう。

「何度も言わすなよ。俺はお前の彼氏なんだよ」

それまで離れようと揉み合っていたが、軽々と持ち上げられてしまった。
地に足がつかない高い高い状態だ。情けない。

「降ろせよぉ!」

なんつー情けない声だしてんだ俺!
嫌われて散々な目に会わされてきたからって、情けないぞ俺!間野君に対して弱すぎだ!
今は前までの関係を知らない設定だから強気じゃないと駄目なのに、俺はやっぱり間野君に勝てる気がしない。


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