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短編
ほっとけない



「出た出た出たっ!朔先輩助けてっ!」

全寮制男子校登洞学園3年小野寺朔(おのでらさく)の部屋に、そう叫びながら飛び込んできたのは、ゆるくパーマがかった明るい髪色と人懐っこそうなアーモンド色の瞳が人目をひく、たいそうな美少年だった。
伸び盛りの身長は175を超えたばかり、体つきはほっそりしている上、顔にはまだあどけなさが残るため、まだまだ青年とは呼べない外見のその生徒――今年2年に進級した菅谷右京(すがやうきょう)は涙目で、自身よりもわずかに身長のない朔に縋りつく。

「うるせぇなぁ…今度は何なの?ゴキブリ?クモ?それともムカデとか?」
「ご、ごきっ!!」
「ゴキブリ〜?全校生徒の憧れ、生徒会書記ともあろう奴が、ゴキブリごときで涙目なんかになってどうすんだっつーの」

朔はため息をつきながら、ぎゅっと抱きつくようにしがみついてくる右京を押しのけようとその胸を押した。が、体格差はほとんどないのに外れない。

「ごときって言うけどさ〜〜ゴキブリだよ!?黒く光ってるんだよ!?飛ぶんだよ!?カサカサ動くんだよ!?キモいっ!てか何でここ金持ち校なのにゴキ出んの!?」
「知るか」

右京は鳥肌を立てながら、ますます強く朔を抱きしめる。

「……暑苦しいっつの…――こんなんじゃいつか彼女出来ても愛想つかされるぞ」
「いいもん!オレ、朔先輩を彼女にするから!」
「オレ、男だし」
「男でもオレ気にしないし!」
「……右京みたいな甘ったれが彼氏なんてオレやだし」
「!!ゴキブリなんてこわくない、し!」
「じゃあ、今すぐお部屋に帰んなさい。」
「やだっ!!」

まるで子供のようにころころと表情を変えながら、右京は朔を離さない。

「あのなぁ……右京クン。君は人気ランキング3位の生徒会書記様、そんでオレは君の親衛隊の隊長さんなわけ。崇拝される側の人間が崇拝する側の人間のとこに押しかけてきてどうすんの。」
「だってゴキブリ怖いっ!」
「この前殺虫剤買ってやったじゃん」
「半径1m以内近付くの無理っ!」
「へたれ小僧……」

思えば、1年前に体育館倉庫で初めて会ったときから右京はどうしようもない奴だった。
朔は半笑いでその時のことを脳裏に浮かべる。

体育館倉庫の掃除当番だった当時、さて掃除を始めるかとその場所に行けば、やたらと見目のいい1年生が何かを指さしてひっくり返っていた。
それこそが右京だったわけで、指をさしていた方向には一匹のゴキブリがいた。
怯える右京を尻目に朔は近くにあった板の切れはしで躊躇いなくそれを退治した。

それ以来、右京は朔に懐き、そしてそれは彼が書記に任命されてからもかわらない。
しかも、右京は朔に自身の親衛隊の隊長になるよう嘆願してきた。当初しぶっていた朔だったが、あまりにしつこく言ってくるため、半ば押し切られる形で右京の親衛隊隊長に収まった次第である。
朔はランキングには入っていないものの、黒眼黒髪のなかなかの美貌と清廉な雰囲気の持ち主で、実は隠れファンも多い。
右京としては自身のファンと、そしてそういった朔のファンへの牽制という意味もあり朔を親衛隊に推したのだが、当然そういった右京の心中を朔は知らない。
右京としては何よりも書記とその親衛隊隊長という間柄なら人目も憚らず一緒にいられるのではないかという狙いが一番であったが。
つまるところ、右京は朔が好きなのだ。恋愛感情で。

「へたれでいいからさ、――ね!先輩」
「なに」
「今夜泊めて?」

じっと上目づかいをすれば、朔は呆れたような顔を見せる。

「駄目に決まってんだろ。ルームメイトに見つかったらうるさいし」
「松本先輩だっけ?大丈夫、あの人口かたいし!」
「……でも、駄目。隊長として“書記様”を泊めたなんて知られたら他の隊員にしめしつかねーもん」
「なんでっ!」

右京の誤算――それは朔が思いの外きっちりと親衛隊の役目を果たそうとしていること。
朔は隊長としてつかず離れず、ほどよい距離をたもって、右京をサポートしてくる。
右京としては四六時中一緒にいたいのに、朔はそれを拒むのだ。
だからこそ右京はこうして理由を作って強引に押し掛ける。
本当はゴキブリなど、確かに気持ちは悪いが、殺虫剤さえあればどうにかなるのだ。

「オレ、ゴキがいる部屋になんて戻りたくねーもん!ねぇ、先輩!お願いっ」
「戻りたくないんなら談話室ででも寝れば」
「!朔先輩はオレが風邪ひいてもいいっていうの!!」
「別にんなこと言ってないじゃん…」
「先輩はオレが風邪ひいてそれこじらせて肺炎になって入院しちゃってもいいっていうんだっ!!」

大げさに言って涙を浮かべれば、朔は苦い顔をして頭を掻いた。
一見クールな朔だが、しつこくお願いをすれば、ノーとは言わないことを右京はこの1年で学んでいる。

「先輩の人でなしー!鬼ー!悪魔ー!」
「あーもーうっせー…」

朔は大きな溜息をついて、ぎろりと右京を見やった。

「――わかったから、」
「!」

小さな声ではあったが、間違いなく耳に届いた溜息交じりのその一言に、右京の顔があからさまに輝く。

「言っとくけど、明日の朝、皆が起き出す前には帰れよ」
「先輩!大好きっ!!」

ぎゅうっとしがみついてくる右京に抱き締められるまま、朔はやれやれと肩をすくめた。

朔にとって右京は、まだまだ恋愛対象としては見れないのではあるが、何だかんだでほうっておけないかわいいやつであることに変わりはなく――

(ま、いずれ彼氏に昇進することあったら……、)

そう考えてしまう時点でだいぶほだされているな、と苦笑を浮かべる。

(そん時は……)

「先輩!じゃあいっしょのベッドで!」
「却下。」
「え〜〜!?」
「ま、機会があればそのうち……」
「それっていつになんの〜!?」
「さぁ?」

彼氏になったら、

(そうなったら、思いっきり高いプレゼントとか買わせよう…)

「ま、とりあえず、布団は用意してやるから、右京は下、な」
「うー…」

不満げな右京のそんな表情は、普段学校で見せるクールな印象とは程遠く――
ついつい甘やかしたくなる自分の気持ちに、朔は、それも遠い未来ではないことを悟るのであった。



end
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年下ヘタレワンコ攻め……といった感じで。このタイプの攻めっ子は恋人未満な設定が一番萌えます…
(100821〜100911拍手お礼文)


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