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短編
お豆ちゃん【2】



それからどれくらい山道を歩いただろうか――突然、遠藤の足が止まった。
もはや自然鑑賞どころでもない生徒会面々と、一人元気な木内と距離を置いたところで、正確には動けなくなった。
それにまず気付いたのは江崎だった。

「あ゛?豆、何してんだ」

10メートル程後方で足を止めてしまった遠藤を、江崎が振り返って目線で「早く来い」と促す、が――…

「先、行っててください」

遠藤はそう言って無表情のまま眉を寄せた。

「あっれ、豆ちゃん、どーったの?」
「お豆ちゃん、はやくおいでよー」

他の生徒会メンバーも遠藤の異変に気付き、足を止めはじめる。
その事態に、遠藤は気付かれないように舌打ちした。
今は学外とはいっても生徒会補佐として役員の足手まといになることは、遠藤自身が許せない。
色々と噂を立てられることも多い生徒会であるが、実際触れ合ってみれば人気があるのも納得の人間ばかりだ。
遠藤は心から、そんな彼らの補佐をしていたいと思っているし、自分は常に影の身でなければならない、と言うのが遠藤の持論である。
こんなふうに、自分のせいで皆が足を止めることがあってはならない。絶対に。
心配そうに、足を止めた遠藤を見つめる生徒会メンバー、その足が遠藤の方へと向かってこようとしたところで――

「おい、てめーら先行ってろ」

江崎の凛とした声が、彼らにそう命じた。

「は?」
「えーなんでー?」
「――うっせぇ。さっさと行けよ。木内どんどん進んでっし、はぐれたらめんどーだろーが」
「でも、江崎とお豆ちゃんは…」
「オレを誰だと思ってんだ。すぐ追いつくから行けよ。何かあったら携帯で連絡入れる」

(((や、ここ圏外だから)))

内心思った他メンバーだったが、ごねて江崎の機嫌を損ねるのも面倒だったので、

「おっけー」
「じゃーまた後でな」

そんな言葉を残して、結局先に行くことにした。

(((ま、何だかんだで頼りになる男、江崎、だ……たぶん)))

心配そうに遠藤に視線をちらちらとやりながら、江崎をのぞく生徒会メンバーが先に行ったところで、

「……はぁ…」

遠藤は深く息を吐きだして、その場にしゃがみこんだ。

「――……会長も行っててくださいよ」

ぽつりとそんな言葉が落とされる。

「はぁ?豆の分際でオレに指図すんじゃねーよ」
「それはどうもすみませんね」
「豆のくせに生意気……そんでもって」
「え、」

じゃり、と草と土を踏む音が案外と間近から聴こえ、遠藤は顔をあげた。

「足、見せてみろ」
「は、何で…」

目の前に立った江崎の、突然の命令に、遠藤はぎくりと顔を強張らせる。
美形が凄むとさすがに迫力があり、目を合わせていられず、遠藤は地面の石ころをただひたすら眺めた。

「豆、オレの言うこときけねーのか」
「…………特に問題なしなので。」
「はぁ?さっきからてめぇずっと足気にしてただろーが」
「え…」

思いがけぬ江崎の言葉に、遠藤は目を丸くする。その隙に、江崎は強引に遠藤の靴を脱がせた。

「……あ…」

江崎の力の強さに、抗う暇もなく、遠藤は靴と靴下の下からその足を晒す。
現れた足には、親指と小指に大きな豆が出来ており、しかも潰れていた。さらに――

「裏もかよ」

足の裏にもできたらしい大きな豆も見事に潰れていた。
これでは歩くのも痛いはずである。豆が出来るということに慣れていなければなおさらだ。

「……よくわかりましたね」
「気付くだろ、普通」

あっけらかんと江崎は言うが、遠藤は気付かれないようにずっと痛みを堪えていたのだ。表情にすら出さないように。
実際、他のメンバーに気づかれることはなかった。

「ったく、豆に豆が出来たなんてくそ笑えねーぞ、おい」
「たいしたこと、ないんで、薬塗ったらまた行きますから、先行っててくださいよ。」
「薬持ってねーだろーが」
「……」

ぎろりと睨まれ、遠藤は肩を竦めた。
どうしてこんなことばかり勘が働くのか。

(――放っておいてくれればいいのに、)

気遣われる立場では、自分はない。
そんな思いから、自然と遠藤の表情は憮然としたものになっていく。

「った!」

突如、足先に痛みが走り、遠藤は顔を歪めた。

「ちょ、何すんですかっ!」
「あ?どんくらいいてーのか実験」

江崎の指が、豆の潰れたあたりを撫でたりさすったり、しまいには抓ったりしはじめていた。

「……!」

痛みをこらえて目を固く瞑る遠藤を見て、江崎はにっと笑う。

「そーとーいてーみてぇだな。――もう歩くの無理だろ」
「あんた鬼ですか」
「あ゛?何言ってやがる。こんなに優しー会長様に向かって」
「どこが……っつ!」
「痛くてもう歩けません、って言ってみな」

ぐに、と足先を握られ、遠藤は唇を噛みしめる。

「ほら、言えよ」
「……痛くて、歩けない、です……この鬼会長」

遠藤はしかめっ面で言ってから、江崎を睨みつけた。その視線の先で、江崎はどこか愉しそうに笑っている。

「ちっ、しょうがねーなー……」

江崎はそう言ってやおら立ち上がると、「ほら、」と背中を向けて中腰になった。

「え、なに…」

目の前に、江崎の広い背中――

すぐには意味がわからず、遠藤は目を瞬かせた。

「おぶってやるよ」
「え……」

嘘だろ、と遠藤は固まる。

「何してんだ、さっさとしろよ。まさかオレの背中を断ろうなんて思ってねぇよなぁ」
「いや、ていうか……」

表情には出ないものの、内心遠藤は大パニックだった。
江崎の言動の真意がつかめない。
失礼ではあるが、ただの善意とも思えなかった。

(だって、何様俺様生徒会長様じゃん)

「おら、さっさとしろ」

遠藤がうだうだと考えているうちに痺れを切らしたらしい江崎がイライラとした様子を隠さずに命じてくる。

「…………」

結局、散々しぶった後、遠藤は江崎の善意――と受け取っておくことにする――に甘えることにした。というよりも甘えざるを得なかった――



続く

次がラスト…
(101001~101007拍手お礼文)



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