その腕は何も抱かない(草冠)
虚圏で、私は消えかけの死神を拾った。名前は、草冠宗次郎というそうだ。
死神といえば、我らの敵。
だけれど私は、その男の憎悪と狂気となにものかへの執着と、そして少しの悲嘆を映す瞳が気に入った。
だから私は死神を助けた。目覚めた草冠は疑わしげな目で私を見たけれど、すぐに興味を失ったらしい、瞑目してただ回復に専念した。そのしたたかなところも私の気に入るものだった。
草冠宗次郎は直に回復し、とり憑かれたように王印なるもののことについて調べ始めた。
私はただ黙ってそれを見ていた。
そのうち、奴に心酔した虚が二人、寄り添い手足となって働くようになった。ある種の求心力を持っているらしい、この草冠宗次郎という死神は。
私はやはり、黙ってそれを見ていた。
そして長い年月が過ぎ、ある日草冠が歓喜にまみれた顔で叫んだ。
「ついに好機がやってきた。王印がその安置場所を遷移させられるんだ」
そう、と私は素っ気なく答えた。よくも何十年も一つのことに熱狂していられるものだと思いながら。
(諦めてしまえばいいのに)
そんなに大事なものなら厳重な警備がつくでしょうと忠告してやると、草冠はなおも笑った。とてもうれしそうに。
「警備の責任者は十番隊隊長……日番谷冬獅朗さ」
その名前は知っている。
草冠が憎悪とも愛着ともつかぬ様子で何度も口にしていたから。
「行ってくるよ。君には世話になった。この仮面は君への敬意さ」
私の破れた仮面を模したものを被り、虚の娘二人を供にして、草冠は旅立っていった。
草冠の復讐とやらが成就するか、否かに関わらず、奴はもうここへは帰ってはこないだろうと、私には感じられた。
それでも私はただ黙って、その遠ざかる背中を見つめていた。
(手を貸してやれば良かったのか)
(引き留めれば良かったのか)
(助けなければ良かったのか)
静寂が耳に痛い。ここは随分と静かな場所なのだということを、今更ながら思いだした。
(───……ただ、奴を拾う前に戻っただけのこと)
それだけなのに、無くしたはずの中心が疼く。
私は目を閉じて、奴の居ない世界を拒絶する。
すると不意にえもいわれぬ笑いがこみ上げてきて、私は高らかに哄笑した。
「何も求めなかった私が、何かをこの腕に抱けるはずがないのよ、愚かなギイェルミーナ」
(解っていても、あなたが愛おしいわ、宗次郎)
(欠片だけでも帰ってきてくれたその時には、その命の残滓を食べてあげる)
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