欠落ヒューマノイド(劉)
「やぁ、フィーネ。ご機嫌は如何かね?」
「……また来たの、劉の旦那」
華美でセクシャルなランジェリーを身につけたフィーネは、扉を押し開き入ってきた"上客"の姿を見て眉を顰めた。
フィーネはここ、ロンドンでも指折りの高級娼婦である。一晩の値段は、貴婦人を飾るきらびやかな宝石にも引けを取らない。主な客は貴族階級やブルジョワの紳士たちである。
貿易会社を営む劉も、フィーネの常連である。というより、フィーネは彼が自分以外の娼婦を買ったという話を聞いたことがない。この業界の話なら全てフィーネの耳に入るから、少なくともロンドンではフィーネ以外の娼婦の元へは通っていないのだろう。
フィーネはすっかり見慣れてしまった劉の能面のような笑顔を、ソファに寝そべったままどこかうんざりとした表情で見上げた。くわえていたキセルを指で挟み、フゥーッと紫煙をくゆらせる。
劉はそんな彼女の前にひざまづいて、まるで騎士が姫にかしづく様にフィーネの白い手を取りその手の甲に唇を落とした。
「我の元に来てくれる気にはまだ、ならないかい?」
「何度も言わせないで。誰かに身請けされるつもりは毛頭無いのよ」
劉は初めてフィーネを買った夜から同じ言葉を繰り返し囁き、その問いへのフィーネの返事もずっと変わらない。
「ここで私を抱くつもりがないなら、帰って頂戴」
「それは困ったな。我は君を自分だけのものにするまで君に触れないつもりなんだ」
「触ってるでしょう、もう」
フィーネは鬱陶しげに握られた手を振り、劉は「これは失敬」とやはり微笑んだまま手を引っ込める。
「我のことは嫌いかい?」
「嫌いじゃないわ。貴方の顔って割と好みよ」
「顔だけ?」
「一から十まで言わせたいのね。そのねちっこい陰険さも好きよ、劉の旦那」
「では何故、我の元に来てくれない?」
その問いを受けて、フィーネは初めて紅を引いた唇を笑みの形に歪めた。
「私はあくまで、娼婦だから」
(身内は私を怠惰だって言うけれど、男の方からお金まで払って寄ってくるこの仕事って天職だと思うの)
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