唯一つの願望(ソカロ)
「ソカロ様、ソカロ様」
「喧しい。黙ってろ」
地の底から響く、ドスの利いた声。直接言葉を向けられたわけじゃないのに、通りがかっただけの白衣の人が首を竦めたのが見える。当事者の私はといえば、この人のこんな物言いにはとっくに慣れているからへっちゃらだ。
私の前を、私の歩幅を全く考慮してくれずにずかずかと進んでいく大きな背中。
その背の主はソカロ元帥。黒の教団のエクソシストの中でも強くて偉い人の一人で、私のお師匠様。
言葉も態度も冷たいし仮面なんて被っていて見た目も怖いから、弟子になる奴は可哀想だなんて言う人もいるけど、私にとっては素敵なお師匠様だ。
千尋の谷に突き落とされて、上がってくる度に足蹴にされてまた落とされるなんてたまらない。しかもすごく冷たい目で見つめられるなんて、ぞくぞくしちゃう。
(時々『ドエム』って言われるけど、それってどういう意味なのかな?)
(響きからするとロシア語みたいだよね)
おっと、いけないいけない。余計なこと考えてる場合じゃなかった。お師匠様の背中が遠くなっちゃった。
「ソカロ様ってば!」
「……よし、聞いてやろうじゃないか。ただし下らねえ話なら許さん」
お師匠様がやっと振り向いてくれた。ちょっと頭にきてるみたいだけど。だって私が小走りになってもなかなか追いつけないから、大声になっちゃうのは仕方ないと思うのです。
お師匠様は廊下の窓枠に腰を掛けて腕を組み、仮面の下からぎろりと私を睨む。
私は息せききって近づいて、じーっとその不機嫌そうな──うん、仮面で表情はちっともわからないけど、気配からしてそうで間違いない──顔を見上げて、口を開く。
「あのね、ソカロ様」
「だから何だ。とっとと言え」
あ、ドキドキしてきた。私は怒られてる時より、こういう時のほうが緊張する。
何言うつもりだったか忘れちゃったよ。うーうー、どうしよう。
「えっと、あのー……」
「……」
「何て言うか、というか、何を言うかというとー……」
「…………よし、解った」
痺れを切らしたお師匠様が、凶暴に笑う気配がする。
「もういい。どういう目に合わされたいか言ってみろ」
そう問われると、あれだけ詰まっていた言葉は不思議とアッサリ飛び出すの。まるで最初から用意されてたみたいに、
「いじめてください!」
「…………………何で俺は、貴様みたいなのを弟子に取ったんだろうな?」
(愛してくださいと同義語ですよ!)
(何処のマゾヒストの言語体系だそれは)
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