絵本談義(タチコマ)
『こんにちは、ユズリハくん』
「こんにちは、タチコマちゃん」
タチコマ達の並ぶラボのブースの1つに、ユズリハがやってきた。傍らに本を山と積み上げたタチコマは、2本のアームで器用にページを繰る動作を止め、駆動音を立ててユズリハの方を向いた。
「また読書してたんだね」
『ボクは待機中だからね。他の連中は紙媒体の情報は致命的に読み込み速度が遅いって忌避してるけど、ボクはこれが好きなんだ』
「今は何を読んでいるの?」
ユズリハはひょいと屈んでタチコマの広げた本の表紙を見ようとした。それに合わせ、タチコマは本を垂直に立てて表紙を示しながら言う。
『中島敦の三月記だよ。丁度読み終わったんだ』
「人間が虎になっちゃう話だっけ?」
『その通り。以前カフカの変身も読んから、西洋人と東洋人の感覚の違いがわかるかと思って』
「うーん。私なら、虫になるよりかは虎の方がいいわ」
虫を思い浮かべて鳥肌が立ったのか、ユズリハは苦笑いしながら自分の肩を抱いた。
『その辺りの動機を詳しく聞いてみたいところだけど……それ、新しい本?』
ユズリハが小脇に挟んでいる薄い冊子へ光学探査機を向けつつ、タチコマが問いかけると、ユズリハはそこでやっと思い出したかのようにそれを差し出した。
「あぁ、うん、そうよ。プレゼントしようと思って持ってきたんだけど……天然オイルとどっちがいい?」
『ひどいこと聞くなぁ』
呆れたような、人間で言えば肩を竦めるような仕草をしたのだろう。タチコマは持っていた本を積み上げた山の一番上に置き、ユズリハに向き直った。
『ユズリハくんはタチコマにとっての天然オイルの価値をわかっていない! さらに言うなら、ボクに限って言えば未知の書籍の価値も甲乙付けがたいんだよ』
「ごめん、ごめん。冗談だよ」
ユズリハは眉尻を下げて笑い、「天然オイルは最初から用意してないけど」と付け足した。
「今日は絵本にしてみたの。たまにはこういうのもいいかと思って」
『変わった装丁だね?』
「児童向けだからね。絵本は結構哲学的な話が多いし、さらっと読めるから…試しにと思って1冊持ってきてみたの」
『ありがとう、ユズリハくん』
「どうかな?」と首を傾げるユズリハから絵本を受け取り、タチコマはそれを裏返したりしながら表紙や裏表紙を詳細に観察している。
『読んでみることにするよ。ユズリハくんも勉強中で忙しいのに、わざわざありがとう』
「いいのよ。休憩しようと思ってたところだったし、折角ならタチコマちゃんとお話してたほうがいいもん」
『ペット療法のようなもの?』
「まぁ、そうかな。タチコマちゃんはペットじゃなくて仲間だけどね」
ユズリハは技術畑の人間で、9課に仮配属されている、通称赤服の候補生だ。
だから未だ白衣姿で、研究や勉強に励んでいる。
『ユズリハくんはAI療法について論文を書くべきだね。そうしたらあっと言う間に認められて、晴れて赤服になれるよ』
「ふふ、そうかも」
もったいぶった口振りで提案するタチコマの頭部を、ユズリハとよしよしと撫で、タチコマも嬉しそうにくるくるとマニピュレータを回した。
後日。
『あのー、少左〜』
「何だ、タチコマ」
『イイコにしてた者には、12月24日の深夜にサンタさんなる人物からプレゼントを貰う権利が発生するそうなんですけど』
「……ユズリハか? またユズリハだな? 全く、あのこはいつも余計な知識を……」
並列化により全機に共有された『アカハナのトナカイ』の物語の影響で、素子やバトーが頭を痛めることになるのだった。
(責任取ってもらうわよ。ユズリハがサンタクロース役をやること!)
(え、じゃあ私ついに赤服になれるんですね!)
(おう、ミニスカートで裾に白いファーのついた赤服を着るといいぜ)
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