海馬君ラブ!
1
今日の海馬くんは、様子が変だ。
いや、思えば数日前からおかしかったような気もする。
遊戯は今、海馬CPに来ていた。
案の定海馬は仕事をしていたが、別に怒られたりもしないのでこのままソファーで仕事が終わるのを待っていようと思っていた。
宿題をしようかとも思ったが、海馬の仕事っぷりは見ていて憧れるものがあるので、宿題は家に帰ってからすることにする。
電話を取る仕草、タイピングするその指、仕事をするときにだけかけるその眼鏡姿なんかを、存分に堪能する。
普段、何もしていない時に彼を凝視すると、必ずゲンコツが飛んでくる。その端整な顔を真っ赤にして。
だが、仕事中はそれに集中するのか、意外と遊戯が自分を見つめていることに気付くことは少ない。それだけ集中しているのだろう。
「ああ。早くしろ」
にこにこと海馬のことを見つめていると、意識を逸らすかのように内線がかかってきた。
すぐに受話器を取り、受け答えする海馬を見て遊戯は初めて気がついた。
海馬の様子がおかしいことに。
なんと言えばいいのだろうか。
いつもなら仕事中の彼はとても生き生きしており、どちらかというと怒鳴っていることの方が多い。
だが、今日はやけに静かだ。いや、思ってみれば今日だけではない。ここ数日、彼はこんな調子であった。
何かあったのだろうか。
聞いてみたい気もするが、きっと彼は答えないだろう。特に、「疲れた」という言葉は簡単に吐いたりはしない。
普通の人ならば軽く口にする「あー、疲れた」も、彼は言ったことがない。
その言葉にたいした意味はないのだが、単に口にすることによってストレスを発散できるというかなんというか。
だが、彼はその発散さえしないのだ。
そこが彼のいいところでもあり、不器用なところでもある。
遊戯は未だ黙々とディスプレイを眺めている海馬を見やった。
…顔色は悪くない。だからきっと働きすぎの体調不良、ではない。
そんな時、ふと遊戯の目にあるものが映った。
それはこの部屋にはあるのが当たり前で、むしろ無いほうがおかしいくらいのもの。
沢山の書類。
パソコンの横に、未処理と思われる書類が山のように積まれている。
所々ポストイットとかが貼ってあったり、色んな円グラフなんかがプリントされているものもある。
ああ、あまりにも自然で忘れていた。
海馬は、これだけの仕事を抱えているのだ。
きっと遊戯がこの仕事をこなそうとしたら、挑戦する前にギブアップだ。
海馬のデスクに書類があるのは当然で、それを捌く海馬も当然なのだ。
だが、忘れていた。
彼も、自分と変わらぬ高校生だということを。
他にいるだろうか。
高校生で、大企業を背負って毎日を過ごし、人々の上に立つ。
そして大事な大事な弟を守りながら、兄としての仕事も忘れない。
処理する書類は、娯楽人生を送っている他企業の社長とは比にならぬほどの量。
それら全てを絶妙に捌きながら、己の学業も怠らない。
いいのだろうか、こんなにも完璧で。
遊戯はあまりにも自分の人生とかけ離れている海馬を思い、忙しい彼を当たり前のように受け止めていた己を叱咤した。
と、同時に沸いてくるのは彼への愛。愛おしさ。
気がついたら自然と足が動いていた。
「なんだ、遊戯」
いきなりものも言わずに、デスクを通り越し己の真横にまでやってきた遊戯に海馬が驚いた表情を浮かべた。
その瞳を抱き締めるように、遊戯は海馬の頭を己の胸へと包み込んだ。
「貴様、何のつもりだ…」
元々背丈が異常に離れているため、普通に立っている自分と海馬の身長が彼が座っていることによってやっと釣り合う。
その頭をサラサラの髪と一緒に抱き締める。優しく、優しく。
「すごいね、海馬くん」
「…何を言っている」
「うん、すごい。格好いいよ」
「………」
いつもならこんな風に抱き締めるだけで顔を赤くして喚き散らすのに、今日は大人しく腕の中だ。
やっぱり、気を詰めていたんだなと即座に理解する。
「すごい。うん、海馬くん格好いい」
そう言いながら頭をギュッと抱き締め、空いた手で背中を擦ってやると海馬の身体から力が抜けた。
「………もっと褒めろ」
ゆっくりと遊戯の背中に回された腕。ボソリと呟くその言葉。
そうだ。人はずっと走り続けていられるわけじゃない。
立ち止まりたい時もあるし、意味もなくだれたりしたいものだ。
海馬はその行動を取ることができない。
取れない立場、というのもあるし、性格上難しくもあるのだろう。
だが、やはり人は走り続けていられないのだ。どこかで、休息が必要なのだ。
誰かに、頑張っている自分を褒めてもらいたいのだ。
「………もういい。離せ」
「うん。ごめんね、仕事中に」
「……いや。別に構わん…」
「そうだ、ボクお茶もらってくるね」
「いらん。…………ここにいろ」
「……うん」
きっとこれからも海馬は変わらないだろう。
「疲れた」と言えない、言わない彼を、たまには思い切り甘やかしてやろう。
思い切り、褒めてやろう。
きっと、それはボクにしかできないことだろうから。
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