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海馬君ラブ!
2




大きな屋敷に嫌が応にもDEATH-Tの時のことを思い出してしまうが、ごくりとかた唾を飲み込み海馬の元へと乗り込んだのだ。

大きな部屋に通され、出てきたのはオレンジジュースとクッキー。
だが、のんびりとそんな物を口にしているような余裕は無い。

「すご…い…」

圧倒されてしまうのだ。この部屋の豪華さに。
絨毯を見てみれば、足が埋もれてしまいそうなほど長い毛足。ふっかふかだ。さらにこのソファー。座り心地がいいのなんのって。
そして極めつけは、やはりこの部屋のでかさだ。当然だが、自分の部屋の比ではない。何倍だろうか、見当もつかない。

30分ほどして現れた海馬にそう告げると、「庶民の家と一緒にするな」と鼻を鳴らされてしまった。

「でもボクには広すぎるかも」
「貧乏性か」
「ボクの家も結構快適なんだよ?」

確かに、家は広くは無いが不自由を感じたことは無い。むしろこういう広すぎる屋敷よりも心が落ち着く。
そういう遊戯に海馬は納得できん、という顔をしたが「キミも体験してみれば分かるんじゃない?」と言うと、なぜか複雑そうな顔をした。

「…フン」
「あ、そうそうボクプリント預かってきてるんだよ………」





そして今に戻る。

「ホラ、言っているではないか」
「え、どこ?」
「やはり貴様の頭はボンクラだな」

まさか、「君も体験してみればわかるんじゃない?」のところだろうか。
だが、それこそまさかである。まさかそんな一言を「ボクの家においで」と解釈できるとは。
体験するだけならばどこでもいいではないか。それこそ申し訳ないが城之内くんの家のほうが新しい発見ができそうではないか。

………うそおおぉぉ〜

ありえない。ありえないが、海馬ならありえそうである。

「という訳だ。さっさと貴様の部屋に案内せんか」
「あ…はははは」

もう、どうにでもしてくれ……。

あまりにも突然で、あまりにもありえない珍客にどっと肩の力が抜けてしまった遊戯であった。






「と、とりあえずジュースでいいかな…?」

おそるおそる部屋に戻った遊戯は片手に持っていたジュースをテーブルに置くと、自分のベッドに悠然と腰掛けている海馬に微笑みかけた。
だが、帰ってくるのは無言のみ。正直、やりづらい。


未だ家族は留守。もう一人の自分に大声で話しかけても起きてきやしない。助けてくれるものはいない。

ど、どうしよう。

「これが、貴様のベッドか」
「え?」

あまりの緊張感に頭の中がパニクっている中、海馬が自分の座っているベッドを指差した。

「あ、うん。そうだよ」
「フン、小さいな」
「そ、そんなことないよ!海馬くんの家のほうが大きすぎるんだよ」

確かに、海馬邸のベッドと比べたらかなりの差があるが、このベッドだって標準サイズなのだ。……確かに、足は余るけれど。


それよりも、この状況は何故か緊張する。



心臓が早鐘を打ち、海馬くんに聞かれているのではなかろうかと思ってしまうくらい。
そういえば、こんな気持ちになったことがつい最近あったような気がする。そうだ、あの放課後の実験の時だ。

あの時も結局二人きりで長い間実験をしたのだった。
普段あまり会話を交わすことが無いだけに、何を話せばいいのかわからなかった。だが、海馬の顔を見れば、沈黙を別段気にしている風も無く、むしろどことなく機嫌がよさそうに見えた。

と、突然海馬が後ろへと倒れこんだ。
ぽふっという音が彼を受け止めたが、そこは遊戯のベッドなわけで…。

「か、海馬くん!!」

素っ頓狂な声を上げる遊戯は、おそらく本日一番びっくりしたのではないだろうか。
だって、あの海馬が、自分のベッドに横になっているのだから。

何故だろう。すごくドキドキする。
海馬は相変わらず何も言わなかったが、もぞもぞと動いてベストなポジションを探しているところがなぜか可愛いと思ってしまう。
さらに、ただ疲れているだけなのだろうが、時折吐き出される溜め息すら心のどこかがざわざわした。

これでは彼女が家に来てあたふたしているへたれな男の子みたいではないか。

「見ろ。足が伸ばしきれん」
「そ、それは海馬くんが規格外だからだよ!」
「貴様もな」

クックック、と笑う海馬はどこかいつもと違う気がした。デュエル中の彼しか殆ど知らないからだろうか。
いつもの奇抜な笑いは影を潜め、こうしてベッドに横たわっている姿はまるで高校生。いや、高校生に違いは無いのだが。
なんというか、手の届かないところにいた海馬が、急に身近に感じられた瞬間であった。




「……………」
「……………」

だが、それとこれは別。
今はこの沈黙状態を何とかして欲しい。
先程まで人のベッドに寝転がっていた海馬は起き上がり、回りを見渡し、色々と物色しているようだ。
ジロリと部屋を見回したかと思うと、おもむろにテーブルの上においたジュースへと手を伸ばした。

うわー、次の話題どうしよう!なんて、内心あたふたしている遊戯に比べ、海馬は落ち着いている。
出されたジュースを一口飲むとコトリとテーブルに戻した。



「…………オイ」
「……………え、ええ、な、何!?」

お願いだからいきなり話しかけないで…!

バクバクいう心臓を右手で掴むようにして押さえつけながら何とか海馬のほうを向くが、中々首が回らない。

「食べかすをつけたままにするな」
「…え、ど、ドコ?」
「…ここだ」

ジュースを飲む傍ら、会話に困っていた遊戯は持ってきたクッキーを貪っていたため、どうやら食べかすをつけていたらしい。いや、この際そんなことはどうでもいい。そんなことよりも、このときの海馬の行動は目を見張るものであった。

「………ッ!!?」

なんと、口元についていた食べかすを海馬が取ったと思ったら、それを何の躊躇いも無く自分の口へと放り込んだのだ。

「か、かかっか、海馬くん!」
「…………?」

えー!?えー!?

あまりの衝撃に遊戯は目を見張ることしかできなかった。ついでに顔も赤い。

だって、信じられる!?あの海馬くんが、あの海馬くんが…っ!

一体今、何が起こったというのだろうか。理解できたのは、あの海馬が自分の食べかすを恋人よろしくパクリと食べたことだけ。そしてそれは、普通の友達ではありえないことだということも理解できた。だから赤くなったのだ。

さらに言うなら、相手はあの海馬だ。あの海馬がこんなことをすると、一体誰が予測できたであろうか。
確かに、モクバという弟がいるため、このようなことは経験済みなのだろうが、海馬がモクバを特別に思っていることは知っていた。むしろ、それ以外はすべて排除しながら生きている人だと認識していたため、あまりにもギャップが大きい。


「あ、ああああ、あの、…………海馬くん?」

遊戯は何を慌てているのかわかりません、という風にきょとんとしてしまっている海馬の顔を覗き込む。すると、遊戯の顔が赤いことに気づいた海馬は、今しがた自分がしたことに気付いたのか一気に赤くなった。

「……ッ!!あ、ああああこここここ、これはだな、遊戯っ!」
「う、うううううん、海馬くん」
「ち、ちちちちちち、違うぞ、勘違いするな!」
「し、ししししてないよ、そんなこと!」
「な、ならば何故顔が赤い!!」
「え!?…そ、そそそそ、そういう海馬くんだって顔が真っ赤じゃないか!」
「そ、そんなことは…っ!」


互いが互いの顔を見て真っ赤なのに気付き、さらに赤くなる二人。さらにそれの繰り返し。実にエンドレス。
しまいには二人とも向き合いながら正座し、一言も発さなくなってしまった。口を開くことすら出来ぬのだ。
遊戯はぎゅっと目を閉じ、真っ赤っか。海馬は下を向きながら「おのれおのれおのれ…」となにやら呪詛を呟きつつ、真っ赤っか。

傍から見たら、何だこいつらと思われていただろう。



おのれぇぇ!驀進!

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