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海馬君ラブ!
3



「瀬人様…」
黙ったまま視線を合わせようとすらしない瀬人に、磯野はゆっくりと歩み寄った。
「耳かきをなさっておいでだったのですね。僭越ながら私が続きをさせていただきます」
モクバが放り投げたと思われる耳かきを拾い上げ、瀬人の前まで行くと、眉間の皺を一層深くさせた瀬人がフン、と鼻を鳴らした。
「好きにしろ」
全く関係の無い人間からしてみたら、耳かきをしてもらうのになんと言う不遜な態度かと思われるだろうが、磯野からしてみたらそれも慣れっこだ。
「では、失礼致します。どうぞ、頭を膝に乗せてください」
ゆっくりとソファーに腰を下ろし、膝の上を一応払ってから横になるように瀬人を促す。
いつもと変わりない、いや、いつもよりも若干優しげな磯野の声色に、瀬人は腕組をしたまま勢いをつけて膝に頭を乗せた。
ジン、と膝が痛かったが、優しく髪を梳き、耳を出す。耳に触った途端、ピクン、と反応するのが可愛らしい。
「では、失礼します」
いつもかけているサングラスを外し、耳の穴を覗き込むためグッと顔を近づける。仄かに甘い、主人の匂いが鼻先をかすめて、一瞬手元が狂いそうになる。
それは瀬人も同じで、磯野のつけた整髪料のかすかな匂いが、彼の堅い口を開かせた。


「…止めはせんぞ」

「……やはり知っておいでだったのですね」
向こうを向いているため瀬人がどのような顔をしてこのセリフを吐いたのかは磯野にはわからない。だが、この何日か、部下に当り散らすだけしかしなかった瀬人がようやく口を開いたことに何故か心が躍る。そして安心した。
「瀬人様…、私は」
「貴様の決意に至るまでの経緯などどうでもいいわ。だが、一つだけ言っておく」
磯野の言葉を遮り、口早に話を進める瀬人。これは、磯野の口から言葉が出てくるのを恐れている、と取れそうな…。
「ペガサスは一度しかチャンスを与えん。それを断れば二度は無い。絶対だ。……そしてそれはオレも同じであることを知れ」
「…瀬人様…」
これは、ペガサスの誘いを断れば、二度と放さないと、もうどこにも行かせないといっているのも同然──

コトリ、と耳かき棒を横に置くと、磯野は真剣な顔で瀬人を見つめた。
「瀬人様。…私は」
先ほどの続きを言おうとした磯野。だが、またしても瀬人が遮った。
身体を半回転させ、上を向く。ブルーの瞳が磯野の黒と合わさる。
「まだ一日ある。一生分かけて脳を回転させろ。……だが」
瀬人の手が伸びたかと思うと、磯野の後頭部を押さえてグッと自分へと引き寄せた。唇が、触れそうな距離。
「…だが……、もし俺の元を離れると言うのならば、…覚悟はできているだろうな」
瀬人の瞳が、全てを射抜く。



「もし…。もしあの方のチャンス、とやらが一度きりなのだとすれば。私はもうとっくにチャンスを棒に振っています」
磯野の告げた意味が分からない、といった様子の瀬人。それもそうだろう。磯野は上体を起こすと、遠慮がちに瀬人の髪を梳き始めた。
「ペガサス様の仰られた期限は、二日でした」
「…………な…に…?」
「もう既に四日目です」
どういうことだ、という顔をする瀬人に、磯野はやわらかく微笑みかけた。
「……ペガサスは五日与えたと……。…クッ、あんのペテン師がっ…」
言っている途中でペガサスの嫌がらせに気付いたのか、苦虫を噛み潰したような顔をする瀬人。次にペガサスとあったとき恐ろしいことになりそうだ。

「私は何処へも行きません。一生、お傍でお仕え致します」
仕えているのは誰の意志でもなく、自分自身の意志。剛三郎や過去など関係ない。私は、私自身のために、今ここにいる。
「………フン、当然だ」
ブスッと答えた瀬人に、耳かきが途中でしたね、と磯野は笑った。



コンコン

「兄サマ、話終わった…?」
約束の30分より20分ほど多めに時間をずらしたモクバがひょこっと顔を出したとき、すでに耳かきは終わっていたようだ。
だが、瀬人は磯野の膝枕から起き上がらず、微動だにしていない。
ひょっとして…寝てる?
「つい今しがた眠ってしまわれました」
「め、珍しいぜぃ」
瀬人が自分以外の人間の前で居眠りをするなんて、見たことが無い。
兄がこんなにも安心しきって眠っているということは、万事うまくいったのだろう。だが。
「次に兄サマを悩ませたらそのヒゲ剃ってやるからな。ついでに頭も」
「…き、肝に銘じておきます…!」



オマケ。


「…痛いわ!」
「す、すみません!」
「……痛い!」
「も、申し訳ございませ…!」

磯野の耳かきスキルは0だったようだ。



※それでも眠ってしまえるのは愛だろ、愛。(笑)





おのれぇぇ!

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あきゅろす。
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