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海馬君ラブ!
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海馬CPの副社長という大変なポジションを維持しつつ、兄のたった一人の心の支えとなっているモクバ。その思考回路は兄である瀬人が思うよりもずっと大人びているのかもしれない。

「はい、兄サマ。早くオレの膝の上においでよ」
「あ、ああ」

月に一度のリラクゼーション。耳かき。
耳かきとは、つまり耳の内部の掃除。
これを定期的にしておかないと耳の聞こえが悪くなるばかりか、衛生的にも非常によろしくない。
モクバは、忙しい兄のために自らこの役目を買って出た。無論、兄は耳かきくらいできるだろうが、少しでも兄といられる時間を取りたくて、兄サマにちょっとでも楽を、という口実で、耳かき権をゲットしたのだ。

初めのうちこそ、どちらともが緊張してしまい、全くリラックス状態にはならなかったものの、はや1年が経とうとしている今、モクバは異常なほどの耳かきスキルを会得していた。

「ここはね、目に効くツボ」
「…っ、ほう」

ピリッとした痛みを伴うツボ押しも、習得済み。
いつもは冷静に仕事を進める兄の、ちょっと息を詰めるところだとか、安心しきって最後には寝てしまうところだとかが、モクバにとっての安息。
始めはモクバの好きにさせてやろうという思いが兄にはあったかもしれないが、今ではこのマッサージ無しには生きていけないのだろう。モクバが言い出さないときは向こうから頼んでくることもあった。


耳かき中は、無言でするときもあるし、何かを話しているときもある。
大体は兄が書類を読んでいるのを邪魔しないように黙々と作業をこなしている方が多い。

だが、今日は違う。
先ほどから兄が読んでいる書類は、彼の心を落ち着かせるための道具に過ぎないということをモクバは知っていた。

全く、どうして兄サマは自分のこととなるとこうも頑固でそのくせ鈍くて明後日の方向を向いているんだろう。

「…兄サマ?」
「何だ」
「磯野のこと、聞いたんでしょ?」

サラッと核心をついてみせると、眉根がグッと寄せられたのがすぐに分かる。
何とも思ってない奴のことなんて顔に出たりすること絶対無いのに、それが気になる人であればあるほど兄は顔に出やすいタイプといえよう。
そしてそれは磯野も同じだったのだ。


それはつい最近、とあることを耳にしたときのことだった。

モクバは大体午後から出社することが多く、逆に兄である社長は開発時以外は午後は社にいないことが多い。そのためか、いつもはピリッとしている社内の雰囲気が多少和らぎ、休憩室には笑いが零れることもあった。

「あー、肩凝ったぜィ…」
およそ子供の吐く言葉ではないだろうそれをサラッと、そして重みをのせて呟いたモクバは気分転換に休憩室へと赴いた。
ここはよく他の社員と話をするのに活用している。そうすることによって社内の動向が分かるからだ。
「ですから…」
今の時刻は2時半。3時には少し早いが誰かいるだろうと思っていたモクバは、予想していなかった声に少しびっくりした。磯野だ。
てっきり兄と一緒に行動しているだろうと思っていたのだが、どうやら本日は違うようだ。

頭の上に両手を組んで乗せ、のほほんと軽い気持ちで休憩室へと入ろうとしたモクバに、思いも寄らぬ単語が聞こえてきた。
「インダストリアルイリュージョン社にお誘いいただけるのは嬉しいのですが、やはりお断りを…」
思わず廊下の壁にびたっと張り付き、耳をダンボ。
ま、まさか、磯野と電話で話しているのは…。咄嗟に思い出した人物と違わぬ声が電話から漏れ聞こえる。思ったとおり、随分と声のでかい男だった。
「ユーの実力は私が太鼓判を押して差し上げマース!枯れ木も山の賑わい、五十歩百歩、安心して私の元へ来るのデース」
「…使用方法が違います」
「諺に気持ちをのせるのは難しいものデース。ユーの心配はわかっていマース」
「いえ、ですから…」
困惑しきった顔で何とか断ろうとしている磯野。だが、相手はあのペガサスだ。確信を持った声で、磯野の心を突いて見せた。
「海馬ボーイのことですね?」
「あ、いえ…その…」

瀬人、という名前が出た瞬間、モクバは心臓が飛び出るかと思った。
まさか、ペガサスは磯野を自社へとヘッドハンティングしようと言うのか。磯野が今や兄にとって無くてはならぬ存在であると知っていながら!

「ユーが海馬ボーイに執着する理由は何デスか?」
「執着…と、いいますと?」
「ユーのその異常なまでの服従精神はどこから来ているのデスか?」
いきなり切り込まれた磯野は、息を詰まらせ言葉を考えあぐねているようだ。
「海馬ボーイ…いえ、『瀬人』ではありませんね。まだまだ幼さの残る彼にそんな力があるとは思えまセーン。ユーの心に根付いているその『服従』は、もっと強大な力デース」
恐ろしいくらいの低い声、威厳のある声に黙ることしか出来ない磯野。一体誰を思い出したのか。それは、モクバには手に取るようにわかった。

「…で…たら…日、差し上…げマース。それまでに…答え…を決めておいてくだサーイ」
「……………」

大変なことを聞いてしまった。
電波が悪くなったのか、電話を切った磯野が溜め息をつき、何かを呟いたところでモクバは我に返った。慌てて足音を立てずにその場から立ち去る。
副社長室へと戻った時には、心臓がバクバク音を立てて混乱していた。
「…兄サマ…」
どうしよう。

ペガサスはあえて『瀬人』と表現した。『海馬』ボーイではなく、『瀬人』と。
それは暗に、あの男の事を指しているのだろう。
あの男が死んだ今、磯野には何も縛るものがないと、情けで留まっているのだとでも言いたいのか。冗談じゃない。

兄サマが磯野に対して他の部下とは違う何か特別な何かを抱いているのは知っている。そしてそれは自分には理解できず、代わることすらできないのだということも。磯野も、それは分かっている…はずだ。

兄サマに伝えるべきなのだろうか。それとも磯野になにか言葉を掛けるべきなのだろうか。
このときのモクバには、どちらも嫌な方向へ行きそうな気がして。不安な気持ちを抱いたまま悩むことしか出来なかった。


タイムリミットは、あと何日…?






驀進!

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