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海馬君ラブ!
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始まりはいつも突然のようでいて、実はそうでもない。




「おっし、こんなもんか」

 街で人気の酒場「バーニーズ」にて大きな声と物音が上がったのはつい先ほど。
 何かを罵るような声から始まり、ビンが割れるような、机がひっくり返されたような大きな物音が静まったのはそれから30秒もかからなかったように思う。
「城之内、頼むからもうちょっと丁寧に暴れろっつの」
「あ?」
 床に転がる大男3人の傍らに立っている男が間抜けな顔をこちらに向け、にっかりと笑った。
「オレのせいじゃねーよ。こいつらがわりーんだろー?」
「オレが言いたいのはせめて店から出てからにしてくれってことだって。まぁ、助かったけどよ」
 ブツブツ文句を言うバーテンダーである本田に周りの客がまぁまぁと牽制をかけてくる。
「かっちゃんのおかげでいちゃもんつけてくる奴らを撃退できたんだからさ〜」
「かっちゃんにかかったらイチコロだな」
「いよっ、かっちゃん最強!」
 どうも城之内はその人懐っこさから街の皆から好かれているようで、店内をめちゃめちゃにされた身の上ってのを考慮してくれない。当の本人は「こんなのなんでもねーよ!」とケラケラ笑っている。まぁ、そうやって笑うのも照れ隠しだと知っているからあまり腹は立たないようなものの、溜め息を一つつくと本田は割れたビンを撤去すべくカウンターから出て、ほうきを手にしたのだった。


「そいやお前今何の仕事してんだ?」
「ん〜?」
 店内も綺麗に片付けて、城之内に礼のオムライスをご馳走してやる。数あるレパートリーの中から一番得意なオムライス。それを味わってんだか味わってないんだかよくわからないくらいのスピードで口に納めていく城之内を見ながらそれとなく近況を聞いてみる。
「昨日終わったトコ。ほら、街の外れに教会あんだろ?」
「ああ、あのボッロい」
「あそこに最近モンスターが襲ってきてたらしくてさ、それの撃退と教会の修復。割のいいバイトだったぜ」
 ホラ、とポケットから小さな袋を出し、中身を見せる。その中には金貨が3枚と銀貨がざっと10枚くらい。
「テメ、こんなに金持ってんだったらオムライス代くらい払えよ!」
「こ、これはテメーの感謝の気持ちじゃねぇのかよ!」
 くっそーと呟く本田だが、それ以上の追求はしない。城之内が、決してこの金を私利私欲のために使ったりしないと知っているからだ。
 彼には借金を抱えた父親がいて、その借金を肩代わりしながら生活している。そのせいか、妙に質素に生き、よろずやなんて物を経営している。
 先ほどのモンスターの話だって、きっと城之内だからこそ撃退できたのだろう。自分がそのモンスターに向かっていったとして、きっとものの数十秒で骨だけになってしまうに違いない。
 そういうところも実はちょっとすげぇなんて思っているが、決して口にしないのは腐れ縁ゆえのプライド。
「お前、もうちょっとましな職業に就けばいいじゃねぇか」と以前口にしたこともあったが、それは却下された。ガラじゃない、そうだ。

「丁度よかった。ねぇ私の依頼受け付けてよ」
 後ろから掛けられた声に城之内が振り向くと、そこにはこれまた常連の杏子という少女が今しがた仕事を終えましたといういでたちで現れた。
「おっ疲さん。くたびれた顔してんなー、杏子」
「うっさいわね城之内!」
 隣に腰を下ろした少女は長い足を惜しげもなく晒す衣装を疎ましそうに摘み上げた。
「っもう、店長ももうちょっといい仕事回してくれたらいいのに。こんな衣装着てたら野郎共の視線が痛いのなんのって」
 また杏子のことだから無遠慮に足を舐めるように見詰めてくる視線に負けず、素敵なダンスを披露してきたに違いない。
「ま、何とか契約結んだけどね」
「おお、おめっとーさん」
「ありがと。でもまだまだ道は遠いなぁ」
 杏子の夢であるダンスの本場であるハーリーロードに行くまでにはまだまだ金が足りないらしい。こちらも城之内と同じように毎日あちらこちらへと奔走している。ただ違う部分といえば、異性に人気があるか、無いかの違いか。

「で、なんだよ依頼って」
 無事オムライスを完食した城之内が訊ねると、杏子が嫌そうな顔をしながらも内容を話し出した。
「最近、天井裏がうるさいの」
「天井裏ぁ?」
「またストーカーとか言うなよ、怖ぇ」
 杏子は最近人気が出てきたらしく、以前ストーカー退治を依頼されたことがあった。そのときはマニアとか、ストーカーとかいう言葉がどれ程空恐ろしいものか身を持って体験したものだ。
 その時も、ストーカーさんは天井裏に忍び込んでいた形跡があったのだ。
「オレはもう嫌だからな、刺されそうになんの」
 杏子の作戦に乗ったのが悪かった。ストーカーをあぶりだすために己自ら恋人の役をこなしたのだが、あぶりだすどころか逆上したストーカーさんにナイフで刺されそうになったのだ。その凄まじさたるや、思わず騙してゴメンなさいと叫びそうになるほど。
「いいじゃない、無事だったんだから。ていうかアンタから頑丈さをとったら何も残んないわよ?」
「よけーなお世話だ!」
 ハハハ、と隣で笑う本田を睨みつける城之内に杏子はクスクスと笑いを漏らした。
「大丈夫よ。今回はストーカーじゃないわ」
「?」
「ネズミ。もお、隣が引っ越した時に移ってきたのよ、絶対!」
「ね、ネズミ〜?」
 ストーカーではなく、それよりも遥かに危害が少ないネズミを退治してくれと依頼され、ほっとしたようながっかりしたような。
 アハハと笑う杏子にこのヤローなんて返して笑い合う。一般人の、一般の幸せ。
 だが、この三人には一般ではない、共通の知り合いがいた。

「杏子、その依頼、オレが請け負うぜ」
 くるりと声がしたほうを向く城之内と杏子の目に映ったのは、奇抜な頭に精悍な顔立ちをした男。
「お、遊戯!」
「遊戯!久しぶり!」
 途端に背筋を伸ばした杏子を可愛いなぁなんて思いながら城之内は遊戯のために隣を片付ける。本田も遊戯のために飲み物を作っているようだ。
「んっとに久しぶりだなぁ、お前がココに来んの。公務そんなに忙しいのかー?」
 さりげなく本田に自分もおかわりと差し出したグラスに水を注がれ、膨れながらもそれを飲み干すと、いつもとは違ってこの時間だけ一般人になる彼に目を向ける。
「ああ、そんなところだ。城之内君こそ聞いたぜ、活躍してるんだって?」
 ニヤリと笑われ、頭をガシガシと掻きながら照れる城之内に遊戯は笑みを漏らした。
 城之内は座ったまま遊戯のいでたちをマジマジと見詰める。どうやらまた抜け出してきたようだ、服が一般市民になっている。
「ん?ああ、内緒だぜ☆」
 チロチロと見ていた視線に気付いた遊戯はバチーンとウインクをひとつ、こちらの言いたいことを顔だけで当ててしまった。

 何を隠そう、この男。このデュエリストキングダムの唯一の王位継承者、つまり王子だ。
 何故王子がこんなところにひょっこり現れ、尚且つ煌びやかな服装からは程遠い一般市民の服などを着ているのかと言うと、そこはどうやら趣味、らしく。というのは冗談で、どうやら退屈なのだそうな。
 王宮の息が詰まるような雰囲気の中では何も楽しいことは無いのだそうだ。
 城之内からしてみれば、食っちゃ寝なんて夢の生活ぅ〜なんて考えていたのが嘘のような生活だった。朝から晩まで謁見謁見、優雅なティータイムどころか政治やら隣国とのやりとりやらで、それこそだらだらと酒場で夜を明かすのが夢だった、と遊戯が語るのを聞いたとき、王様になんてなんなくてもいっかも…と、心の底から思ったものだ。そしてそれは城之内だけでなく、本田や杏子もそう思ったそうだ。
 城之内は遊戯の話を聞きながら、昔のことを思い出す。初めて遊戯に会ったのがもう随分と前、皆が子供の頃だったような。子供の時なんて妹と一緒に仲良く遊んでいた記憶が大部分だった自分にとって、遊戯の話はびっくり仰天だった。

「で、どうしたんだ?いきなり杏子のくだんねー依頼を受けるなんて」
「くだんなくて悪かったわね!」と顔を真っ赤にする杏子はさておいて、遊戯の目を覗き込む。いつ見ても心の底がよく分からない瞳は、いつもと違って少しだけ何かを思いつめているような気がした。
「杏子の依頼はオレが手配する。そのかわりと言ってはなんなんだが…」
 自信ありげに上げられた口角にやっぱコイツカッコイイなぁなんて思っていると、遊戯は真剣な面持ちで口を開いた。
「城之内君に、依頼したいことがあるんだ」
「………オレに依頼?」
 何だよ、と促し、帰ってきた言葉に、城之内は開いた口が塞がらなかった。





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あきゅろす。
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