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海馬君ラブ!
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「バレンタイン?」
「そんなの決まってんじゃん!好きな人には手作りだよね〜!」

年に一度、女性が湧く一日。そして男共のプライドをかけた一日でもある。
義理、本命、なんでもいいから数量で勝負。それがステータス。貰えないヤツは負け組だ。
学校はもちろんのこと、会社でも男たちは揃って色めき立っていた。
さて、他の会社とは一風どころかかなり世間ずれしているかもしれない海馬コーポレーションはどうだろう。覗いてみようと思う。






「社長、本日の予定は…」

海馬CP社長室、磯野は今日も業務に勤しんでいた。
実はこのバレンタイン戦争、アミューズメントパークは結構忙しいのだ。
恋人たちは海馬ランドの観覧車で愛を囁きあい、浮かれるだろう。そこを狙うのだ。
よって、海馬ランドは年に一度バレンタイン企画と称し、大きなイベントを行っている。
だが、そこらへんのアミューズメント業界と一緒にしてはならない。それでは、戦争を勝ち抜けないのだ。
今回はモクバが発案し、企画遂行を担当している。そのためモクバは本日は朝早くから海馬ランドに閉じこもりだ。

その間社長は別の企画を遂行中。海馬CPから出れずにいた。それも三日も。

「……くっ、」
さすがに眩暈がしてきた。この三日間、殆ど寝ずにシステムの異常を修正していたためか。
そのせいか、先程からエラーが多い。もう一度システム起動、計算しなおしてみると簡単なエラー。それが何度も続くと、さすがに嫌気が差してくる。
だが、海馬は人にシステムを任せることを良しとしない。否、海馬でなければ修正はできないだろう。
初めは目頭を軽くマッサージをする程度だったのが、強く揉み解すような強さに変わっていく。だが、それでも疲れは取れなかった。




「失礼致します」
控えめなノックとともに姿を現したのは、海馬の忠実なる部下、磯野。
小脇に書類を抱え、片手になにやらお盆を持っている。
「……ほう、珍しいな磯野」
海馬CPの社長である海馬に出すお茶はすべて秘書が担当している。もちろん、磯野は出したことも入れたことも無い。
「お疲れでしょう?」
「……そうでもない」
あくまで部下としての控えめな笑みに、社長である海馬は虚勢を張る。
だが、社長とはいえたかだか17歳。3日ものほぼ貫徹、食事も軽食しか口にしなければばれるというもの。
だが磯野はあえて海馬の目の下のクマには触れないでおく。

そっと差し出されたカップ。その中から甘ったるい匂いが立ち上り、海馬は目を見張った。
「…何だこれは」
「ホットチョコレートです。身体が温まりますよ」
確かに、この甘い香りは今世間を騒がしているチョコレートの香り。だが、海馬は社内でこのように甘い物を口にすることはしない。いつもコーヒーか、極稀に紅茶。
「フン、貴様も踊らされた類か。恋人へのチョコの余りをオレに持ってくるとはいい度胸をしている」
最近の調べでわかったのだが、女性から男性にチョコレートを渡すという時代は徐々に終わりを告げ始めているらしい。今では男性が女性に贈り物をするという行為が始まったらしい。
もともと外国などでは男性から贈り物をするため、日本は少し特殊だ。

内心、コイツにも想い人がいたということに驚いている海馬に、磯野はほんの少し笑い、海馬の言葉を否定した。
「私に女性の想い人はいません」
「ならば貴様が貰ったものか。ならば余計に性質が悪いわ。オレとてそこまで不自由しておらん」
磯野のことを思うような女性がいるとは考えたこともなかった。それでも思い返してみれば、磯野のそのストイックなところが女性心を刺激するとメイドたちが噂しているのを耳にしたことがあった。
だが、磯野はそんな海馬の考えを否定する。
「いいえ、私は誰のチョコレートも受け取っておりません」
「……」
受け取っていないイコール、貰えなかった、とは違うだろう。
どちらかというと受け取らなかったというニュアンスが強い言い方に、海馬はサングラスの奥を見透かそうとするが、やはり、何故か読むことが出来なかった。

「…………どういう風の吹き回しだ」
貰ったものではなく、余り物でもないチョコレートに、その真意を探るが、磯野はただ笑う。
「冷めてしまわない内にお召し上がり下さい。少しお酒を足しておりますが業務に支障はありません。ほんのり身体が温かくなる程度でしょう」
海馬は甘いものが苦手ではない。むしろ好きなほうだ。だが、それを磯野に話したことはないし、食べているところを見せた記憶も無い。
ただの好意にしては、チョコレートは不自然すぎた。


「何を考えている、貴様」
「いえ、何も。ただ……」
一瞬で変わった雰囲気に、海馬は気付いただろうか。
「ただ、私も社長からチョコレートを頂戴しとうございます」
「……何を。持っているわけが無かろうが。それに男にそんなものを送る趣味は無い」
一蹴する海馬。だが、驚いて、そして一瞬だけでも困惑したことは、その瞳が物語っていた。
「いえ、持っておいでです。正確には、私からのそれを飲むことによって出現する、といったほうが正しいでしょうか」
「…意味がわからん。はっきり言え」
男云々よりも、磯野のその言葉に興味が湧いた。そんな海馬に、磯野は真剣な声をもって、真意を告げた。
「…私は、私からのそれによって甘くなった貴方の唇が欲しい。きっと、甘い」
「……っ、」
急転した色濃い雰囲気に、海馬の目が驚きの色に変わる。
「ずっと、お慕い申しておりました」
決定打。はっきりと告げられた言葉に、海馬は身動きが取れない。
「ずっと、ずっと。幼少の頃からと言えば、きっと貴方はひくかもしれませんが、事実その通りです」
「…っ、貴様…」
「貴方が、欲しい…」
「……、」


この時、相手が女ならば一蹴しただろう。「くだらん」と、追い返していただろう。だが、海馬はそうすることが、できなかった。



「……仕事を、しろ。下がれ」
「………」
震えた声だと、気づかれただろうか。握り締めたこぶしが、微かに震えるのを見えないように腕を組む。
「二度は言わん。早くしろ」
「かしこまりました」
低い声で、感情を抑えたような声で返事をした磯野は、そっと横に書類を置くと、くるりと向きを変えて部屋を出て行く。

「気持ちは、変わりません。この先、未来永劫」

一言だけ、社長室に言い残して。




部屋には甘い香りが定着し始める。早く飲んでしまうか下げるかしないと、しばらくこの香りに磯野の真剣さを思い出すだろう。

そして海馬はこのあとしばらく悩む。
プロジェクトの締め切りは徐々に迫ってきている。
きっとこのままでは磯野の力を借りる羽目になるだろう。

まさか、磯野がそこまで考えてこの日を、この時を選んだことを、海馬は知らない。









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