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海馬は怒っていた。これ以上に無いというくらい。
何に対してか、と聞かれれば原因は一人しかいないわけで。


「腰が痛い!」

3時間にも及ぶ会議終了後、社長室で海馬はわめき散らしていた。
以前はたかが3時間の会議で腰が痛くなることなど無かったというのに、ここ最近では1時間すら耐えれない時がある。

「おのれぇぇぇ!遊戯めぇ!」

低く震える声にはまるで呪いでも込められているよう。軽く大地を震わすその声は、決して本人には届かない。

海馬は決して遊戯にこの怒りをぶつける事はしなかった。いや、他の事では殴ったり蹴ったりは日常茶飯事なのだが、ことこの件に関してだけは口にするのだけは許せなかった。プライドに拘るのだ。

口に出せるはずが無い。


SEXのしすぎで、腰が痛いなどと。



海馬は、何もかもが遊戯よりも上でありたかった。
デュエルでも、その他においても。
だがしかし、SEXの主導権を遊戯に取られて以来、一度も自分が主導権を握ったことは無い。

もちろん、自分が受身である以上、それは難しい相談であった。
別に受身であったとしても主導権を握ることが出来ることに海馬は気付いていない。何しろ彼の中では、「相手に挿入する」イコール「主導権を握る」に相当するからだ。


だが、どうにもこの身体への負担は思っていたよりも大きい。
歩こうと思えば腰が立たず、座っていると叫びだしたくなるほど腰が痛いのだ。おかげで会議らしい会議はここ最近めっきり数が減ってしまった。
実態を知らぬ社員はラッキーと思っているものも少なからずいるようだが、仕事の鬼である海馬にとって、これは由々しき問題であった。

ここで遊戯に一言「手加減してくれ」と言えればいいのだが、そんなことができるはずもない。
この社長室で姿の見えない男に向かってのろいの言葉を吐き出し続けている男は、童美野町一のプライドの高さを誇っている。そのプライドの高さゆえ、SEXに対して実はいっぱいいっぱいであることを悟られないようにしてきたのだ。

つまり、遊戯が求めれば答えたし、回数も遊戯の求めるままに応じた。


海馬は世間一般の恋人同士が一夜に何度するか、など知らない。
だから遊戯の「もう降参か?」の一言についつい負けん気が顔を出してしまい、結局いいようにされている、というわけだ。


だが、やはり辛いものは辛い。なによりもその「抱かれている」「喘がされている」というどうしても翻弄されてしまっている気になるのが気に食わない。



何事も、優位に立ちたい海馬なのであった。



「かくなる上は……」

知能指数はかなりのレベルを誇る海馬が弾き出した答え。それは……



「遊戯にも同じ思いをさせること」であった。

それも、屈辱的な方法で。



「ククク、見ていろ…遊戯…!」

海馬はこの後訪れる報復の時間に思いを馳せ、仕事そっちのけで準備に取り掛かったのであった。





「海馬、邪魔するぜ」
「邪魔をするなら帰れ。目障りだ」
「思ってもいないこと口にするのはやめた方がいいぜ、海馬」

海馬邸、主人の部屋。いつものように遊戯がやってきた。

実は、会うのは久しぶりだったりする。
理由は一つ、遊戯への報復の準備に意外と手間取ってしまったからだ。もちろんその間は仕事が忙しいということを理由に遊戯への海馬邸、そして社への入室を拒否した。

実際、仕事は破壊的に忙しかった。なにせそれよりも報復の準備を優先したため、そのツケが回ってきたのだ。だが、海馬はそれすらやり過ごし、とうとう完成させたのだ。


遊戯が泣いて許しを請うような報復を。





それは、一つの小さな小瓶に入った薬。

無色透明。何に混ぜても味はせず、ばれる事はまず無い。実はこの無味無臭を実現させるのに時間を要したのだ。

遊戯はM&Wで既に実証されているが、思慮深く、警戒心もある。ゆえに「飲め」と言われて飲むような男でないことは分かっていた。
だから何かに混ぜ、ひっそりと飲ませる以外に方法は無い。
幸い、過去のデータを元にして、無味無臭のそれを作ることに成功したのだった。




「感謝しろ遊戯。今日のオレはすこぶる機嫌がいい。貴様のためにこのオレ自ら貴様のために紅茶をいれてやろう!」

つい先程帰れ、などと口にしたくせによく言う。さらに、勢いよくそんなことを言った海馬だが、これでは何かあるのではと相手に思わせるには十分な言動だ。
今まで付き合ってきて、海馬が遊戯のために自ら何かをするということなど皆無だったからだ。

「あ、ああ。…め、珍しいな海馬…」と、案の定遊戯も海馬の行動に疑問を持ったみたいだ。
だが、海馬はその事実に気付くことなく紅茶をカップに注いだ。




メイドに用意させた紅茶をカップに注ぐだけの行為なのに何故こうも海馬は清々しい顔をしているのだろうか。
遊戯は一つの疑問を持ちながらも、海馬の行動を見守った。

「さあ、飲め」と出された紅茶におかしなところは見受けられない。

「………あ、ああ。サンキュ…」

そういいつつも、カップに伸びた手が口元にすんなりとは行かない。


何かある。


遊戯は直感で何かを感じ取っていた。
この直感が幾多のデュエルの勝敗を決めてきた。今までこの直感が外れたことは無い。確かに、何か思惑がある。

だが、この紅茶に変なところはないし、海馬もメイドが用意した紅茶をただ注いだに過ぎない。


「む、むむむ……」



……やっぱり嫌だ。絶対に何かあるぜ!

紅茶の色も匂いも正常だ。正常なのだ。だが、何かが違うのだ。第六感がそう告げている。

悶々と色んな可能性を考えて中々飲もうとしない遊戯に、とうとう海馬がブチ切れた。

「ええい、往生際が悪いぞ遊戯!さっさと飲まんか!!」
「ぐ、ぐごごおっ!」

の、飲んでしまった。

痺れを切らした海馬は、何をするかと思いきや、なんと実力行使に出たのだ。
遊戯が持っていたカップではなく、まだ紅茶の入っているポットを遊戯の口に押し込むと、そりゃそりゃそりゃ!と言わんばかりに流し込んだのだ。

結果……












オレは引き下がらない!

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