第7話:扉 第7話:扉 あたし達は再び大急ぎで手分けして本を持ち、廊下を走った。まるで体力トレーニングをしているのような錯覚に陥る。長時間持ち続けていた為に腕がもう悲鳴を上げかけていたが、そんな事構ってられない。そして蔵書を図書館に寄って戻して来る暇も、一旦教官室に置いてくる余裕も無い。あの犬を見失ったら、複雑に入り組んでいる広大なMLS校舎内で首尾良くもう一度見付けられる確率は低い。もしかしたら、これが最後のチャンスかもしれない。 「あ、ああっ、あわわっ」 マイブックタワーのバランスが崩れてしまい、あたしは本を数冊地面に落としてしまった。急いで立ち止まり本を拾おうとしたが、ムヒョに「そんな暇ねェゾ」と小突かれ仕方無くそのまま再び走り出す。 ……て、いうか、ムヒョ、落としすぎだってば!ペイジさんに怒られるよ本気で!ブラックバージョンで! ムヒョはそんなあたしの心情を余所に「ヒッヒ。軽くなったナ」などと笑いながら走り続ける。もう知らない……。あたしも落としたけど。あ、そうか連帯責任取らせるつもりなのかこのちんまいのは。でも気付いたところでもう遅い。今となっては誰がどの本を落としたかなんてわかるはずがない。でも明らかにあたしの方が落とした冊数少ないんだからね! あたし達は校舎に足を踏み入れた。その途端、水を打ったような静けさに包まれる。壁が厚いのか、不思議な程外の声や気配が入って来ない。そして仄暗いこの校舎には窓が無かった。ほとんど無意識の内に、あたしは警戒心を強める。 「管理棟だね……許可無しで奥に入っちゃって大丈夫かな。大丈夫なわけないか」 エンチューは恐る恐る周囲を見渡した。あたしやムヒョとは違い、彼は一つも本を落としていないようだった。 「管理棟……って言ったら魔具庫の」 エンチューは頷く。 管理棟一階と地階のかなりのスペースは現在、魔具庫として使用されている。此処は生徒達、特に下級生の場合は無許可での立入は厳禁だった。迂闊に触れたらMLSの校舎全体を吹き飛ばせるような強力な魔具が多数保管されているからだ。 「て事はもしかしてオレら、二日連続で校則違反中?まじかよ」 肩を落とすヨイチを余所に、ビコが魔具庫の奥にすたすた入っていく。あたしは慌てて彼女の後を追い掛けた。ビコは足元に本の山を置き、躊躇うどころか興味深げに早速あれこれ触り始める。 「ちょ、ちょっとビコ?おまえ何気軽にいじってんの?やばいって、ちょっと」 「色々あるね。面白い」 「ふわー……」 それにしても、魔具庫には様々な魔具で溢れ返っていた。将来、ビコみたいに魔具師ではなく裁判官を目指しているあたしにとっても、かなり興味深いものだ。 「それより、あのアホ犬は何処だ?ヒッヒ」 あたしはムヒョの言葉にはっとする。 廊下の端に残った図書館蔵書の山を全て降ろし、あたし達は建物の奥を透かし見た。だが薄暗い魔具庫内部は静まり返っているだけで、耳を澄ましてみても何の気配も無かった。 「いねーな……って、おまえ何してんだ、ムヒョ」 見ると、何故かムヒョはこちらに背を向けてしゃがみ込んでいる。 「脚が多過ぎるのも大変だナ」 「?」 ムヒョが見ているものを確かめようと、あたしも床に顔を近付けてみた。暗かったが、うっすらと埃が浮いている廊下を横切っている犬の足跡が微かに見える。足跡は階段前で一度ぐるりと回り、それから階下へと向かっていた。 「わあお、ムヒョ凄い、刑事さんみたいだねっ」 「フン」 満更でも無いようだった。 階段を不安げに見下ろしているヨイチを余所にすたすた先を行くのはやはりビコ。あたし達は彼女の後を慌てて追い掛け、五人ほとんどぴったりくっついた状態で、奈落の底の如く暗い階下に向かって階段を探るようにそろそろと降りて行った。地階特有の湿っぽさと共に、様々な薬や金属臭が次第に強くなり始める。 とうとう段が無くなり、あたし達は魔具庫地下室に降り立った。そこは室内というよりもむしろ、幅の広い廊下のようにひたすら縦に長い空間だった。両脇を魔具で満載の高い棚に挟まれ、まっすぐ奥に延びている闇は、見透かしても全く先が見えない。 「……ちょっと行ったら、戻ろうぜ。何かまじで暗いし」 「大丈夫」 傍らでごそごそと道具袋を探っていたビコはそう言って小さなライトを取り出した。 「今日はちゃんと持ってる」 「流石ビコ、準備が良いね」 そうは言ったものの、あたしは心の中では珍しくヨイチに賛同していた。早く戻った方が良いのではと思っていた。別に怖いからじゃなくて、何と言うか、嫌な予感がする。とてつもなく、嫌な予感が……。 きっと、ペンが無いから心細くなっているだけだろう。あたしはそう思う事にした。 「がらくたの山っぽいけどな」 ビコが照らす珍品の数々を眺めていたヨイチが呟く。 「魔具、凄くいっぱいあるね」 心なしか、ビコの声は嬉しさに少し弾んでいるようにも聞こえた。 「ビコ待って、先に一人で行っちゃだめだよ!」 吸い寄せられるように棚の様々な魔具を片端からあれこれいじり始めたビコに、エンチューが慌てて付いて行く。 「……やっぱ、ペンは置いてないか……」 適当にその辺の魔具を手に取ったあたしは呟いた。 「何か、使えるものないかな……」 そう思い、ビコ同様あれこれ手に取ってみるが、どれも使い方のわからない魔具だったり使い方はわかってもまだ使う事の出来ない魔具だったりだった。暗くて見にくいという事も手伝ってか、なかなか使えそうな魔具が見付からない。これだけの種類の魔具があるというのにも関わらず、だ。 奥に進みながら適当に取っていくが、逆に段々と、使い方のわからない、または見た事の無い魔具が増えてきた。そして、蜘蛛の巣が掛かっていたり古びたものばかりになってきた。最終的には動物の骨みたいなのを掴んでしまい、うっかり落としそうになってしまったという有様だ。そこであたしは魔具を漁るのを止めた。 「うわっ!」 ヨイチの叫び声。あたしは心臓を少しばかりどきっとさせて、ばっとそちらを振り向く。 彼は尻餅をついていた。闇に紛れてひっそりと佇んでいる、錆の浮いた古風な鎧の前で。 「びびびびっくりした〜。鎧まであるぜ……って、ちょっと待てよ、なあ、……喋る鎧って無かったっけ、例の七不思議に」 「『モグリのボビー』だよね」 エンチューは無言の鎧に近付き、隙間から中の空洞を恐る恐る窺い見る。 「これがそうかは知らないけど。鎧の中に閉じ込められちゃって、前を通るとあれこれ話し掛けて来るんだとか。出会ってうっかり返事をすると、鎧の中に引きずり込まれちゃうとか言うけど」 「喋るかな」 手近な杖を拝借したビコが、いきなり鎧の脇腹を思い切り良く叩いた。思わず後退るヨイチとエンチューを尻目に彼女は、ぐわんぐわんぐわん……と間抜けた金属音を響かせ、鎧の無反応ぶりを確かめる。 「喋らないね」 「ビビビビビビビコ、その位にしといた方が良いんじゃないか……?万が一それが本物で、うっかり起きたりしたら困るぜ」 「だって、七不思議かも、これ」 「そりゃまあそうだけどさあ、ほら、心の準備ってものが要るじゃん。とりあえず今は犬を探しに来てるわけだしさ、はは」 ヨイチは渇いた笑い声を上げながら、さりげなく鎧から距離を取って後退る。 「うん……?」 その時、あたしは魔具庫の奥に両開きの扉を発見した。近付いてよくよく見る。確かにそれは扉だった。巨大で、いかにも重そうで、閂が掛かっている。その表面は鉄板と鋲で頑強に補強されていた。少し、胸の鼓動が早くなる。 「なあ、そろそろ……帰ろうぜ?」 あたしと同じものを発見したヨイチは半笑いであたし達を見回した。ビコは何処吹く風といった様子で扉の表面をなぞる。 「出口?物置?」 そして彼女は埃で真っ黒くなった指先を見つめた。 「レア物の物置かな」 「やめとけよビコ、何かこう、見るからにやば気だろ、これ。開けるな危険、て香りがぷんぷんするぜ」 「ビコ、こればかりはあたしもヨイチと同意見だよ。何か、嫌だよ……この扉」 『開けて』 ぴしり、とあたしは固まった。ヨイチは「何か言ったか、ムヒョ?」なんて言っている。 ムヒョのわけがない。此処にいる誰の声でもない。聞いた事のない、紛れも無く、女の人の、声。 それは確かに、扉の中から聞こえて来た。 第7話:扉(了) 七色の魔声/どり〜む/ふる〜つ村。 |