第5話:噂の謎 第5話:噂の謎 「まじであいつ、また行く気かよ?」 ペイジさんの教官室前にあたしとビコが到着した後、ムヒョと共に先に待っていたヨイチがビコに話し掛ける。 「そのつもり。多分」 「え?何の話?」 首を傾げてあたしはビコに訊いた。 「エンチュー、また行くって。七不思議」 「えっ……」 「好きにさせとけ」 眠そうに欠伸をするムヒョは二、三度瞬きをした。 深夜無断外出及び立入禁止区域侵入。昨夜犯したあたし達の罪だ。本来なら保護者呼び出しの上謹慎は当たり前、見付かっていたのがもっと厳しい先生だったら(特に大佐とか!)、下手をすれば停学処分も有り得る──といった崖っぷちまっしぐらのフルコースだったのだが、ペイジさんは罰掃除一つで内々に済ましてくれるというのだ。うん、保護者呼び出しはきついな。ペイジさんにこんなに感謝した事、無いかも。 しかもペイジさんは、真っ二つに壊れたあたしのペンの修理を腕利きの魔具師に頼んでくれるそうだ。パパには内緒で。しかもあたしは修理費を払わなくて良いと言う。そこまでお世話になるなんて悪いから……と最初は断ったのだが、ペイジさんは「ユキちゃんのペンが壊れた責任は、ボクにも少しばかりあるから」とか何とかよくわからない言葉でほぼ強引に決定させられた。 でもどうして、あたしのペンが壊れた責任がペイジさんにあるんだろう……? もっと早く駆け付けていれば〜とかそんな感じかな、とか思ったけどたったそれだけの理由だとは思わない。 まあ、ペイジさんの心の奥は広いからあたしには読み切れないのだろう……。 あまり納得の行かない結論付けをし、あたしは窓の外を眺めた。 外はもうオレンジ色に染まっている。窓辺にもたれており、同じくオレンジ色に染まっているヨイチはぼやいた。 「七不思議って、基本的にどれも夜限定のイベントっぽいからなあ」 「『深夜無断外出』の罪は避けられないって事だねー」 「ヨイチ行かないの?」 ビコに訊ねられ、ヨイチは口ごもった。 「……ところでエンチュー、まだ帰って来ないな」 「(話逸らした)」 突っ込みも入れたかったが、確かに、エンチューはまだ実家から帰って来ない。今朝から彼は、急な都合で実家に一時帰宅しているのだ。大急ぎで外出手続きを取る彼をあたしは見た。事情は訊けなかったが、それでもだいたいの見当は付いている。それは、彼が校則違反を犯してまで七不思議解決に乗り出した理由にも関連している事──。 「遅くなって、夕飯に間に合わなくなっちまうと嫌だしな。とりあえずさ、罰当番の掃除、先にオレ達だけで始めちまおうぜ」 ヨイチの声で我に返る。うんと頷けば、ヨイチはペイジさんからにこやかに託された鍵を手に、教官室のドアを開けて中に入った。 深夜無断外出及び立入禁止区域侵入と引き換えの罰掃除。ペイジさんの言葉が思い出される。 「窓際に、詩作には持って来いの机がある。その上と脇の所にね、魔法律図書館から借り出した本がほんのちょっと積んであるから、君達悪いんだけどね、まとめて返却しておいてくれないか。手伝ってくれたら、深夜外出の一件は見なかった事にしといてあげるから、ね」 あたしは、以前ペイジさんの教官室に数回入った事がある。だから、彼の『魔法律図書館から借り出した本がほんのちょっと積んである』という言葉に疑いを持ったが、口には出さなかった。 ……やはり、思った通りの光景だった。 パイプ煙草の香りが漂うその部屋の壁一面の本棚はぎっしりと魔法律関連の書物で埋め尽くされており。背の高いコートハンガーには彼愛用のステッキとマントが下がっている。そして。 「ところで、窓際の机に借りてた図書館の本があるとか言ってたけど、そもそも机って何処だよ?」 うん、予想通りの質問をしてくれたねヨイチくん。 確かに彼の言う通り、“窓際の机”は何処にも見当たらない。窓際にあるのはといえば、どっさりと積まれた書物の塊だけだ。 「此処だよ」 あたしはその書物の塊をぽんぽんと叩く。 「……?それが机?」 どう見ても本じゃ……と言い掛けたヨイチにはい、と数冊の本を手渡すあたし。 「おいおいまさか……」 「うん」 あたしはそう頷き、尚も本を次々と、混乱しているヨイチに渡していく。しばらく経って彼は限界が来たのか、どさっと手渡された本全てを脇に置いた。そして書物の塊を覗き込む。本に囲まれた空間から机の表面が顔を覗かせていた。 「もしかして、これ全部?」 膨大な量の本をビコが指差す。 「全部……なんだろな」 ヨイチは肩で息をついた。 「しかも何だよこれ、全部詩集じゃねえか……」 げんなりしているヨイチを余所に、何を思ったのかムヒョはコートハンガーに掛かっていた黒マントに潜り込む。そして詩集をそれらしい角度で開き、ステッキを構えた。 「まほーりつ第999条、図書ヘンキャク義務違反により、ヒゲボーボーの刑に処すってナ。ヒッヒ」 「馬鹿やってないでとっととおまえも手伝え、アホ」 マントからムヒョを引っ張り出したヨイチは、先程あたしに手渡されて傍に置いた詩集を半分程彼に手渡した。 でんと構えている詩集の塊を見て、あたしは思わず溜息が出そうになった。 四人、途中でもしエンチューが帰って来てくれたとしても五人の手で、離れた魔法律図書館の書棚にこの全部を元通り戻してくるには、一体長い廊下を何度往復しなければならないのだろう……。しかも五人と言ったって、皆子供だし、ムヒョとビコと、……認めたくないけどあたしの三人は小柄な方だ。 まあパパに知られるのと比べたらこんなの軽いか、と思ってあたしは詩集を持てるだけ持つ。本のお城の向こう側で、ヨイチとビコが言い争っている声が聞こえてきた。 「ビコはまだ傷が痛むだろ。軽いのだけにしとけ」 「痛くない」 「嘘つけ。変な意地張るなよ」 「痛くない」 「あのな、痛いなら痛いって素直に言って良いんだぜ」 「痛くない」 「ったく、頑固だなほんとに!」 「別に普通。──……?」 急にビコはちょっと首を傾げて自分が持っていた本の山の一番上を見つめた。それから隣を通り掛かったあたしをじっと見る。 「ん?どしたの、ビコ?」 あたしはとぼけてみせた。 ビコの目は、先程まで自分のブックタワーの上部にあった数冊の本があたしのブックタワーの上部に移動しているのを映した。ビコは大きな目をぱちくりとさせ、少し笑った後「ありがと、ユキ」と呟いた。 「え?え?何?オレってばテレパシー目撃しちゃってるの?」 「ヨイチうるさい」 ビコの一喝にヨイチは泣いた。 とにもかくにも、あたし達は歩き出した。皆、ふらふら酔っ払いみたいに足元が覚束無い。ていうか、それ以前に前が見えない……。うん、頑張ってます。 「ところでさ。壁ぎっしりの関連書、あれ見たか?すげーよな、やっぱ」 「詩集よりは一応多かった……やっぱりユキのお父さんの書斎もあんな感じ?」 「うん。あ、実は入ったら怒られるんだよね……。知ってる事、内緒だよ」 「あれ全部読んで、中身も全部わかってないといけないんだよな、魔法律家になるにはさ。考えただけで頭痛ぇわ。ユキやエンチューはともかくオレやムヒョのオツムじゃ、やっぱ例の七不思議でも解決して近道コースでも辿るしか無いのかもな」 「出所が確かなら良いけどナ。ヒッヒ」 「でどころ?」 あたしの左隣を歩いていたヨイチは、大きくぐらついたブックタワーの頂上を慌てて顎で支えながら訊き返した。 「そりゃ七不思議なんてマユツバかもしれないけどさ、もう何十年と生徒の間で伝わって来たんじゃしょうがないんじゃないか?ペイジ先生もそう言ってたし」 「どうも臭ェんだヨ」 ムヒョは低く笑った。 「きな臭い……って事?」 「ああ。この噂をオレはまずヨイチから聞いた。ヨイチ、オメェは誰から聞いた?」 「オレ?オレはクラスの奴から、トイレで五年生が噂してた話だって聞いた。そういやユキは?」 「あたしはビコから聞いたんだけど……ビコは?」 「寮の夕食当番が話してた中身を、隣のクラスの子が掃除の時に班の皆に喋ってた──のを、通りすがりにボクが耳に挟んだ」 ビコは淡々と答える。 「でも、噂の広がり方ってのは元々そんなもんだろ。最初に言い出したのが誰だったか、探すなんてとても……あ、でも例の『爆走校長』の件なら、祓ったのって今井先輩だろ?」 「爆走と違う。『疾風』」 「シップーでも爆風でも良いけど、まあ、一応実例もあるって事で──」 ヨイチの言葉を、首を横に振ったムヒョが制した。 「オレが言ってるのは、七不思議なんてヨタ話の事じゃねェ。付いて来るっていうオマケ話の方だ」 オマケ──ああ、飛び級だとか成績加算だとか何とか。だけど、それが一体どうしたと言うのだろう。 ヨイチはそれ以前の疑問を口に出した。 「オマケ?七不思議にそんなもん付いてたっけか」 「オメェだって心当たりがあるだろ。それに、ビコもナ」 「え?」 そういえば、未だあたしはビコが七不思議解決に乗り出す“理由”を知らない。 あたしは右斜め後ろを歩くビコを振り返った。彼女は押し黙っており、表情もとんがり帽子とブックタワーによって見え難いが、本を抱えた手にぎゅっと力がこもるのは見えた。 長い沈黙の後、彼女はようやくぽつりと漏らす。 「怪我、させちゃったから」 彼女は努めていつものぶっきらぼうな口調にしようとしていたが、その声に涙が滲んでいる事はすぐにわかった。 「リオ先生の事言ってんのか」 ヨイチの言葉に、あ、とあたしは心の中で声を上げる。 リオ先生は魔具講習担当の先生だ。だが今日の魔具講習には代理の先生が出て来た。それもそのはず、先日煉顔料合成の授業中に起きた事故でリオ先生は怪我をし、この数週間は休養する事が決まっていたのだ。 ところでビコは、リオ先生が嫌いだった。以前、それを聞いたヨイチが「何でだよ、超売れっ子カリスマ魔具師だぜ!それにあの抜群のスタイル……!」と目をハートにさせて反論したが、「それだけで売れたんだよ」と彼女は呟いた。それ程までに、はっきりと嫌っていたのだ。 だが、それもあの事故までの事だった。 第5話:噂の謎(了) 七色の魔声/どり〜む/ふる〜つ村。 |