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第3話:七番通路の影歩き



以前より強くなった風に、中庭の木は一層激しく揺れる。
それは、中庭にいる者達の心を不安でいっぱいにするには十分だった──。





第3話:七番通路の影歩き





七番通路は、通路と呼ぶには少々狭い、校舎の建物と建物のわずかな空間で、子供二人がぎりぎり並んで歩ける程の幅しかなかった。
先を行くビコは、七番通路の入口に着いた途端立ち止まった。後から付いて来たあたしは一瞬ビコが何故止まったのか不思議に思ったが、すぐにわかった。
七番通路の入口は、数歩先のところで板切れと土嚢が積まれ、大雑把に塞がれてしまっていたのだ。

「……あちゃー、行き止まりか」

まるで急場凌ぎで封鎖されたみたい……。

後から来たヨイチとムヒョも、塞がれている通路を見た。

「さっきの奴、間違いなく此処に入ってった……よな?」

ヨイチの呟きを聞き、あたしはある事に気付いた。
先程見た白い影は、霊のように宙を歩いたわけじゃない──この土嚢の山を、自分の足で普通に踏み越えて行ったんだきっと。

「行くか、戻るか。どうする?」

ヨイチの問いにビコは無表情にとんがり帽子を直し、おもむろに土嚢へとよじ登り始めた。

「あ、ビコ!」
「待てよおい、危ねえって!」

ビコがいつも背負っている大きな袋が後ろに傾き、そのせいでビコはひっくり返りそうになった。反射神経の良いヨイチがギリギリセーフでその袋を支え、ビコが転倒するのを防ぐ。
その時、バランスを取ろうと手を振り回したビコの袖口から、白いものがちらりとのぞいた。

──つい先週の魔具講習で起こった、爆発事故の時の包帯、だ。


「ビコ、おまえまだ傷治ってないだろ。大丈夫なのか?」

あたしと同じものを見たヨイチはそう訊ねた。訊ねられた本人は素早く袖を引っ張り腕を隠す。

「平気」

土嚢の山を乗り越えつつ、そっぽを向いてそう言い放つビコ。

「でもビコ、腕がまだ痛くてしんどかったらあたしに言ってね?無理しちゃだめだよー」
「うん、大丈夫。ありがとユキ」

ビコがわずかに表情を和らげた事は、その場にいる全員が感じられた。

「……オレの時と態度が全然違う……」
「ヒッヒ」

ビコの後に続いて土嚢へとよじ登るのは、少々落ち込み気味のヨイチ。次いであたし、最後にムヒョ。
ヨイチは背中の袋のせいで手間取っているビコを追い越し、先に反対側の真っ暗闇へひょいと飛び降りた。

「うわ、で、出た!」

ヨイチの叫び声。ビコを手伝っていたあたしは慌てて飛び降りた。懐に手を忍ばせ、魔封じの筆をぎゅっと握る。

ヨイチは情けない事に尻餅をついていた。
そして目の前には白い影──って……

「え、エンチュー……!?」
「知ってる声がすると思ったら、やっぱり」

困ったように白い影──もとい、エンチューは言った。
円宙継。先程あたし達が、彼を霊と見間違えたのもおかしくはない。髪も肌も愛用のマントも全て、この暗闇の中ではぼんやりと白く光る一つの塊のようだった。

「な、何してんだこんなとこで?」

ヨイチは、あたしと全く同じ疑問をエンチューに投げ掛けた。

「ヨイチ達こそ」

いつの間にか、後ろにビコとムヒョが降り立っていた。彼は、あたし達四人を困惑したような表情で見渡した。

「ヨイチ達もやっぱり例の七不思議を探しに来たの?皆で集まって?……じゃあ、僕の事だけ誘ってくれなかったんだ」
「違う違う違う」

ヨイチは慌てて両手を振った。

「オレがムヒョを引っぱり出したんだ。誘ったのはムヒョだけだ。ユキとビコとはさっきそこでばったり会っただけだぜ。ていうか、オレらはともかく、ほら、……おまえは優等生だし真面目だし、誘ったら絶対止められるかと思ったしさ」
「良いんだ、結局こうして自分で来たから」
ヨイチの弁解を受け流し、エンチューは小さく笑った。

「僕だって興味はあるよ。だって、もしMLS七不思議のどれかを見事解決出来れば特別ルールで成績に上乗せしてカウントされるって噂を聞いたから。内容次第では飛び級だって夢じゃないみたいだね。皆も、それを狙って今晩来たんでしょ?」
「……や、あたしはただの好奇心なんだけどね……」

あたしはぽそりと漏らした。ヨイチに至っては、何だっけ?学校のヒーローだとか何とか。ムヒョはただヨイチに引っ張って来られただけらしいし。ビコの理由は知らないけど……。

「時間。行こ」

懐中時計を取り出したビコが短く言って、この話を終わらせた。

あたし達五人は、暗い路地を歩き出す。

「……でもよ、エンチューだったらすげー煉持ってるんだしさ」

ヨイチは歩きながら口を開いた。

「成績だってユキと並んで断トツで優秀なんだから、オレみたいな一獲千金冒険コース狙わなくたって、余裕じゃん?だいたい七不思議解決で成績上乗せとか飛び級ってのは、あくまで噂レベルだぜ?オレもぶっちゃけそれ目当てではあるけどさ、今んとこ誰も、それで実際に飛び級させてもらえたって人がいるわけじゃ──」
「本当じゃないと困るんだ!」

ヨイチの言葉を遮ったエンチューの口調は真剣だった。あたしはパパに怒鳴られたかのように、思わず肩をびくりと震わせた。幸いあたしは列の最後尾だったので、誰もあたしの様子に気付かなかった。
普段声を荒げない彼だけに、何となく気まずい雰囲気があたし達の間に漂った。

──エンチューのママ……。

エンチューの母親の病気が深刻であるという事は、皆知っていた。そして母親の病気を治す為に、彼が一日でも早く執行人になりたがっているという事も。

あたし達は、暗くて狭い路地を黙々と歩き続ける。
手持無沙汰だったけど、口を開く気にもならなかったので、あたしは何とは無しに足音を数えていた。

一、二、三、四、五。
あたし、ビコ、ムヒョ、ヨイチ、エンチュー。

一、二、三…………ん?

もうこれ以上暗くならないと思っていた路地が、更に暗くなった気がした。

月が雲に隠れたのかな、それともあたし達が月光の届かない場所に入ったとか。

最初はそう思っていたが、澱んだ闇色のかげりはあたし達の周囲“だけ”を包み込んでいた。先頭を歩くエンチューの少し先はあたし達の周囲より少し明るい。しかも歩いても歩いてもあたし達の周囲はなかなか明るくならない──エンチューの少し先の“明るい場所”との距離が一向に縮まらない。
そう、まるで──あたし達の後ろに月光を遮る程の巨大な何かが付いて来ているかのよう──。

あたしはごくりと唾を呑み、恐る恐る足音を数えた。

一、二、三、四、五────六。

心臓が早鐘を打つ。
ビコが帽子の縁をぎゅっと握りしめた。
ムヒョはいつもよりも目付きが鋭くなっている気がする。
ちらりと見えたヨイチの横顔は引きつっており、エンチューは肩を強張らせていた。

既に全員が、背後に迫る何かに気付いていた──。





第3話:七番通路の影歩き(了)

七色の魔声/どり〜む/ふる〜つ村。


あきゅろす。
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