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第2話:顔なし先生と白い影



風が吹く度、中庭の木がざわめく。
屋根の上からはフクロウの声。

太陽がまだ空に在るうちは、中庭は生徒達の声や活気で溢れていた。だが太陽が沈み空が闇に包まれただけで、同じ場所がこんなにも不気味な別の、自分の知らない場所のように感じられるのは、実に不思議な事だ。

雲が切れ、細い三日月が顔を覗かせる。下弦であるところを見ると、新月が近いらしい。それがある一本の大木を照らす。その下には小さな人影が、二つ。
二つの影は葉っぱのざわめきに紛れ、ひそひそと囁き合っていた──。





第2話:顔なし先生と白い影





「……にしても、こんなにどきどきしたの久しぶり」

あたしは小さく呟いた。それでも周りは静まり返っているため、隣のビコにはもちろん聞こえていた。

「ボクも。でもユキのどきどきはボクのどきどきと違う気がする」
「ふうん……?あ、ところで今何時?」

ビコは懐中時計を取り出す。それは23時42分を指し示していた。

「真夜中、か……」

深夜だけあって辺りは暗い。周囲の光源と言えば細い三日月と、所々わずかに点された常夜灯の光だけだった。
そんな中、あたしとビコはじっと木の陰に身を潜めていた。中庭に生えている木の中でも一際大きな木の下で。
あたし達が調査しようと決めた七不思議は『七番通路の影歩き』。校舎内でのイベントは夜間巡回の先生に見付かりやすいという事で却下していけば、残ったイベント、つまり校舎外でのイベントは『七番通路の影歩き』だけしかなかった──というのが理由だ。
……まあ、もちろん七不思議の七番目が校舎内か校舎外かは知る由がない。だけど例えそのイベントが校舎外だと知ったとしても、あたしはそれを調査しようと思わないだろう。

何だか──“あれ”は、とても嫌な予感がした。

ビコから七不思議の話を聞いた時、他の七不思議は「へー。そうなんだー」などと言って笑って済ませれたのに、“あれ”は、“あれ”だけは、そうしてはいけない感じがした。

「七不思議の七番目を知った人は、生きて帰れないんだよ……」

夕食時のビコの言葉を思い出し、ほんの少しだけ震えた。もしかしたらそれは恐怖からではなく単に寒さからかもしれないし、武者震いというのも大いに有り得た。

あたしは七不思議の七番目から、今から挑む七不思議『七番通路の影歩き』に思考を切り替えた。

「……零時まであと18分、いやもう17分、いや16分切ったかな……そろそろ……」
「注意してよ、ユキ。もしかしたらとんでもない悪霊に当たるかもしれない」
「大丈夫大丈夫。フダもいっぱい用意してきたから」
「そっか、ユキはフダ使えるんだよね。なら安心だ」

と言ってもあたしはまだ、『霊化防壁』や『魔縛りの術』、『破魔の術』などといった初歩的な術しかマスターしてないし、威力も低い。本当に強力な悪霊が出たら──

あたしはそこまで考えて、ぶんぶんと頭を振った。

大丈夫大丈夫。MLSの敷地内にまさかそんな強力な霊が出現するはずない。うん、きっとそうだ。


「──行こう」

ビコの声を合図に、あたし達は滑るように闇の中を移動した。

明るい時だったから怖くなかったのかな、七不思議の調査を決断した時。いざ行こうってなると結構怖い。真っ暗だし、霊と対峙した機会なんて数えるほど。しかもどれも低属地縛霊で、傍らにはいつもパパとママがいた。
いやでもまだ『七番通路の影歩き』が悪霊の仕業であるとは限らないよね、うん。前向きに考えよう、前向きに。
噂なんていつだって信憑性の低いものなんだから。

あたしとビコは夜の闇に紛れて素早く移動する。もちろん向かう先は七番通路。

「誰にも見付からないように、物陰を伝って」

ビコの囁きが後ろから聞こえてきた。あたしは小さく頷き、月明かりをなるべく避けて移動する──

「おい」
「!!!」

中庭の端にある植え込みの近くまで来た時に、いきなり肩を掴まれた。叫び声を上げかけたが、今度は別の手があたしの口を塞ぐ。

「!!?」
「! あ……大丈夫だよユキ」

ビコの声がすぐ近くで聞こえたが、何が大丈夫なのかよくわからない。混乱した頭でビコの『大丈夫』という言葉の意味を考えていたら。

「何だ、ユキとビコかよ……!」

あたしの口を塞いでいた手が離れたと同時に脱力したように呟かれた声。それは、ほぼ毎日聞く声だった。

「よ、ヨイチ……!?」

火向洋一。あたしの口を塞いだのは同期生のヨイチだった。
するとあたしのすぐ近くから「ヒッヒ」という笑い声が。一瞬びくりと身を固まらせたが、すぐに誰だかわかった。

「ムヒョ……!」

六氷透。彼もまた同期生。姿を見ずとも、彼の特徴的な笑い声ですぐわかった。あたしの肩をいきなり掴んだのは、どうやら彼らしかった。

「はー……ヨイチにムヒョか……びっくりしたよもー……心臓飛び出たよほんと」
「こっちこそびっくりしたぜ……でもこんなとこでユキに会えるなんてこれもまた運め……いぶっ!」
「(いぶ?)」

サンタさんが思い浮かんだ。

……それは置いといて。

ヨイチの言葉を遮ったのはビコだった。道具袋をハンマー投げのように振り回して。

「ボクらに内緒で抜け駆けしようとしたくせに、えらそーな事言うな」
「え?」

あたしは赤く腫れた頬をさすっているヨイチと笑うムヒョを交互に見た。

「じゃあ、二人共七不思議目当てで此処に?」
「いや、その、おまえらを誘ったら悪いかなーと、オレ的には気を遣ったつもりで……ほら、オレとムヒョは落ちこぼれのレッテルを背負いつつあるだろ?おまえらはまだ真面目なんだし」
「別にそんなに真面目じゃないよ、あたしだって授業中眠い時は寝る」

あたしはちょっと膨れて言った。『真面目』って言われるのはあまり好かない。

「でも成績はエンチューも抜いてナンバーワンってんじゃん?そんなおまえが校則違反してみろ、」
「縛られるのは嫌いなんだよね、あたし」

あたしはヨイチの言葉を遮り、笑う。

「そんなに言うならこれからも校則違反しよっか?ま、退学にされない程度、程々に抑えとくけどねっ」
「……っはー……」

参った、といった感じにヨイチは深い溜息をついた。

「やっぱユキには敵わねえなあ……」
「いやヨイチは皆に敵っていないと思う」
「右に同じ」「左に同じだ、ヒッヒ」

あ。ヨイチが嘆いてる。
だけど思った通り復活は早かった。

「──まあとにかく、このヨイチ君が七不思議を解決した暁には、学校のヒーローでモテモテ間違いなしだぜ。そしてユキにも振り向いてもらえるッ!」
「本人の前で言うか?フツー」

ぐっと拳を握りしめたヨイチに、ムヒョがすかさずツッコミ。
前々から思ってたけど、この二人のコントもなかなか面白い。

「……ってヨイチ……もしも『疾風の六代目校長』みたいに七不思議に悪霊が関係していたら、解決って悪霊捕まえなきゃって事になるでしょ?どうやって悪霊捕まえるつもりなの?まだ授業でフダやってないのに」

そう。あたしはパパやママから教えてもらっているからフダが使えるけど、学校ではやっと授業で実習用の本物に触れたばかりのところだった。自習でもしていない限りヨイチやムヒョが呪文の記し方を知っている事は有り得ないのだ。
案の定、ヨイチは「あ」という顔をして固まった。ムヒョは我関せずといった様子で相変わらず笑っている。

「ほら、何の考えも無しで来るから……」
「うう……」
「! 二人共、静かに」

ビコの切羽詰まったような囁きに、あたしとヨイチははっと息を呑み黙った。そのまま耳をそばだてる。

こつ、こつ、こつ──。

全員同時に、植え込みの陰に隠れた。
ゆったりとした靴音は、校舎の中から響いてきた。中庭の石畳に点々と落ちる窓の光を、人影がよぎっていく。

「来た」
「“あれ”か?もしかして“あれ”か?」
「ヒッヒ」

ビコ達三人は声に出さずに囁き合った。あたしは黙ったまま、靴音を聞いていた。
廊下を行く足音とともに光源も移動しているので、深夜の校内を巡回している宿直の先生には違いない。

……問題は、時間だな。

あたしは七不思議の一つ、『顔なし先生』を思い返していた。夕食の時聞きそびれたので、寮でビコから内容を聞いたのだ。
背の袋からごそごそと再び懐中時計を出したビコが、『零時』『二分』と指先だけで示した。

……て事はこれはやっぱり──


「MLS七不思議の一つ」

足音の主が通り過ぎた後、ビコがぼそりと漏らした。

「夜の校内を見回っている先生の中には、午前零時ちょうどの時にたった一人だけ、“顔のない”先生が混じってる。その顔をうっかり見てしまうと……」

あたし達は窓枠に縋り付いて中を覗き、遠ざかる人影の背をこっそり窺い見た。

「今の先生、顔あったか?」
「ない」
「いや、あったろ。フツーの先生だって」
「ない」
「てか、あれ、ペイジ先生だろ、どう見ても?」
「違う」
「いや、ペイジ先生だったって、絶対」
「違う。バケモノ」

ひそひそ囁き合っているヨイチとビコを余所にムヒョが中庭一帯に聞こえそうな大欠伸をしたので、あたしはちょっと焦った。

「じゃあ、めでたく『顔なし先生』とやらを見たって事で今日はこれでお開きだナ。オレは帰って寝る」

そう言っていきなり引き返そうとしたムヒョをヨイチは慌てて引き戻す。服の裾を掴んで。

「待て待て待て待て、待てって!見ただけじゃ駄目なんだって“解決”しないと!」
「だから“解決”って、ヨイチ出来るの?」

呆れた声を出せばヨイチは満面の笑みで振り返った。うわあ。

「そこはほら、ユキが何とかしてくれるだろ?ユキ、フダ使えるんだし」
「女の子に守ってもらうなんて情けないよヨイチ」

容赦なく言い放つビコ。

「それにあまり当てにしてもらっても困るよ。強力な霊だったらあたしのフダなんて効かな──」

あたしは口をつぐんだ。そんなあたしの様子に、ヨイチは眉をひそめる。

「どうした……?」

あたしは無言である場所を指差す。
その先は中庭のちょうど反対側。暗闇に映え、白いものがゆらゆらと動いていた。

……霊……?

あたしは闇を透かしてじっとその白い影を見つめた。月の光も届かない墨色の谷のような校舎と校舎の狭い隙間に、それが吸い込まれていく。その仄白い影が数歩先で──宙に、ふわりと浮き上がった。

「……ユキ、ビコ、ムヒョ……い、今の……見たか?」

ヨイチの震える声に、あたしとビコは「見た」とたった一言返した。

「えーと、MLS七不思議の一つ」

記憶を手繰り寄せるあたし。その記憶とはもちろん、『顔なし先生』と共にビコから寮で教えてもらった『七番通路の影歩き』の内容。

「夜中の零時に、MLS正面玄関から半時計回りに数えて七本目の通路で異変が起こる……だっけ?」
「一、二、三…………思いっきり七本目じゃん、あそこ」
「ヒッヒ。で、その通路で、何が起きるって?」
「そこを歩いてると、いつの間にか後ろから追い掛けて来る足音が、もう一組増えるんだとさ。そうっと着いて来て、一番最後にいる人が頭からばっくり──ちょっと待て、行くのかよ!」
「当たり前。行こ、ユキ」

ビコは立ち上がり、七番通路を目指してすたすたと歩き始めた。あたしは慌ててその後を追いかけて行った──。





第2話:顔なし先生と白い影(了)

七色の魔声/どり〜む/ふる〜つ村。


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