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第18話:魔監獄 〜過ち〜



「わっ、凄い美味しそうな木苺っ」
「でしょでしょ!?ビコに喜んでもらう為に手塩に掛けて育てたのよ!」
「…………」
「……どうしたの……?」
「師匠……この一年位、魔具作ってないんですね……」
「…………」
「師匠、前言ってた……。辛い事があっても、大事な人がいればへっちゃらだって。──ボクじゃ駄目ですか?ボクじゃ……お母様の代わり、無理ですか……?」
「馬鹿ね私……。あなたがいるのにね」


──もう遅かった──

「あ……」

──闇が濃すぎて──

「師匠、虹……」

──あなたに──

「ごめん……ビコ……」

──気付けなかった──





第18話:魔監獄 〜過ち〜





一体いつから歯車は狂い出したのだろう?

「私はあの時すでに、反逆者だったわ」

一体どうして歯車は狂い出したのだろう?

「もっと早くあなたに会っていれば、もしかしたら……」

一体誰が、何故歯車を狂わせたのだろう?
何の為に彼女にこんな残酷な道を示した?

「でも」

リオ先生は杖を少しあげる。と、同時に草むらに潜んでいた黒火蜴が出てきた。杖の形が変形し先端に炎が灯る。

「もう戻れない……!」

悲しい決断のように聞こえたのは気の所為か、それとも。

「さよなら、ビコ」

黒火蜴達が一斉に宙に浮く。

「し、使者達が……!」
「……まさか、くっついて──」

推測通り、黒火蜴達はぼこぼこと音を立ててくっついていった。数秒の後──そこには、巨大な黒火蜴の塊が。

『ギュウウウウ……!』
「う、わ……!」
「まじかよ……!」

そこで突如ビコはヨイチの背から降り立って、あたしとリオ先生の方へ走って来た。小さな身体で、一生懸命足を動かして。

「師匠は間違ってます!お母様が殺されたのは、汚い人達の所為だとボクも思う……!」

リオ先生のママが……殺、された?

「でもそれを憎しみで返すのは間違ってる!」

あたしの目の前にいるリオ先生は、何の反応も示さない。表情は見えないが、きっと無表情にビコを見下ろしているのだろう。
ビコは両手を広げ、黒火蜴の目の前に立ち塞がった。

「もう止めてください」

しかしビコの願いも虚しく、黒火蜴が手を振り上げる。それでも彼女はそこから動かない。

「ビコ、危ない!」

あたしが叫んでも、彼女は動かない。だけどはっきりと彼女が震えているのはわかった。それでも、それでも彼女はそのまま続ける。

「さよならなんて、」

自分の師が目を覚ましてくれるかもしれないと、一握の望みに賭けて。

「言わないで師匠……!」

黒火蜴の巨大な手が、振り下ろされた。それはまっすぐビコに向かって──

「ああっ……!」

だが間一髪、ヨイチがビコと黒火蜴の間へ飛び出し、フダで黒火蜴の攻撃を防いだ。しかしすぐにフダは攻撃に耐え切れなくなり、黒火蜴によって破られる。ヨイチとビコはそのまま黒火蜴の片手に軽々と吹っ飛ばされ、木の幹に衝突した。

「ヨイチ!ビコ!」

黒火蜴ががぱっと口を開く。同時に、今までのとは比べものにならないくらいの熱気を感じた。
炎を吐くつもりだ!

「だめ先生!止めて!!」

あたしは先生の杖腕に手を伸ばしたが、軽く掴む事が出来ただけでやはりすぐに力尽きてしまった。
そして、あたしの願い虚しく、とうとう黒火蜴は炎をその口から思いっ切り吐き出した。

「っ!!」

ぶわっと熱の篭った空気がこちら側にも襲って来る。反射的に目をつぶったが、それでも瞼の裏は炎の所為で明るかった。
数十秒の後、瞼の裏の光が弱まったので恐る恐る目を開ける。
黒火蜴の炎は、木々を一瞬で焼き尽くす程の威力だった。炎が通過したと思われる所には何も、無い。地面までもがえぐられている。煙がもうもうと立ち籠めている所為で、あたしは誰の姿も確認する事が出来なかった。そう。ヨイチもビコも、ムヒョもロージーくんも見当たらない。

「……み、皆……?」

不安で心臓が押し潰されそうだ。どくどくと次第に鼓動が速くなる。

──お願い、お願い、生きてて──!


『ギュウゥゥウウッ』
「……!?」

黒火蜴は、唐突に耳障りな鳴き声を上げたかと思えばもの凄いスピードで向こうに駆けて行った。つまり突進。
と、いう事は。突進すべき対象が向こうにいるという事で。

──もしかして皆、まだ生きている……?

『ギュワァァァアァア!』
「!」
『ギュウウウウウウウウ〜〜〜ッ!!』

突進していた黒火蜴が今度は、まるで熱い物に触れたかのように反射的に急に身を引き呻き始めた。
すぐに何故かはわかった。
結界が張られている。きっとヨイチの仕業だろう。黒火蜴は結界に対し威嚇はしているが、触れようとはしなかった。流石ヨイチ、『最強の裁判官』と謳われているのは伊達ではないらしい。

「なかなかの威力……。でも、いつまでも持たないはず」

リオ先生はそう呟き、再び杖を上げた。
と、その時。

「くっ……!」

先生は急に呻いた。だがあたしがそれを訊ねる前に、彼女は即座に何事も無かったかの如く杖を構える。──彼女の首筋には、先程よりも克明に傷が浮かび上がっていた──。

「弾けろ、火の玉」

杖先が微かに光を放ったのと同時に、黒火蜴が大口を開けて無数の火の玉を吐き出して結界を攻撃した。それでも結界はびくともしない。

「……。!」

するとリオ先生は、今度は何が起こったのか、はっと息を呑み身体を固くした。そのすぐ後、彼女は左耳に手を当て、そして。

「ま、円様……!?」

そう、声を上げた。
その単語を聞いたあたしもリオ先生と同じくはっと息を呑み、身体を固くする。

『円様』。

(……エン、チュー……!)

あたしは再び結界を見遣った。黒火蜴は、相変わらず炎の攻撃を仕掛けている。だがそれらの光景はあたしの両の瞳に鏡のように映るだけで、あたしの脳の大半は別の事で占められていた。それはもちろん先程の出来事だ。エンチューは何らかの手段を用いてリオ先生に直接指示を出したのだろうか……?

(……ムヒョ達が何を考えてるのかはわかんないけど──このタイミングに、エンチューからリオ先生への指示。それはちょっと、いやもしかしたらかなり、まずくなる……んじゃない、かな……)

エンチューがどんな指示をリオ先生に出したのかはわからないし、このタイミングで指示を出したのだってたまたまかもしれない。根拠は無い。だけど──。
あたしはMLS時代の彼の秀才ぶりを思い出していた。学年であたしと一、二位を争う好成績に、あたしとは違い何事にも真面目だった彼は、優等生としてMLSの教師達から一目置かれていた──。

(……しかも、)

じっと結界を見つめていたあたしは目を細めた。結界が悲鳴を上げ始めていたのだ。いくらヨイチの結界と言えど、このままでは時間の問題。

(ムヒョ……!)

ぎゅっと目を閉じて不安で押し潰されそうな胸の痛みに堪えようとしたその時、ぱきん、と小気味好い音が耳に入った。何度か聞いた事のあるその音にあたしは慌てて目を開ける。
やはり、結界が──破れていた。

「……っ!」

あたしは表情を歪ませる。だがリオ先生は奇妙な事に動揺していた。背中越しでもすぐにそれとわかった。しかし結界が破れた事は、彼女にとって喜ぶべき事だというのに──何故?
そして、彼女が動揺していたその原因は、彼女自身の次の呟きで判明した。

「ムヒョ──まさか虚脱が回復して──」

虚脱が──回復!?

信じられなかったけど、さっきまで結界が在ったそこには、確かにムヒョが存在していた。しっかりと二本の足で立って。片手に開かれた書を構えて。目に鋭い光を宿して。こちらを見上げる、ムヒョが。

ムヒョだ。いつも通りの……ムヒョだ。

「まずは……その棒切れが邪魔だナ」

彼はシニカルな余裕ぶったあのいつもの笑みを顔面に張り付け、リオ先生を指差す。そしてゆっくりと、口を開いた。

「魔法特例法第6項により──『魔睡針』を発令する」
「!」

次の瞬間──ムヒョの放った魔睡針は、リオ先生の右肩に命中した。流石ムヒョ、魔睡針の命中率は落ちていないみたいだ。

「しまっ……た……」

悔しげに呟いたのを最後に、リオ先生は落下して行く──。

「……て、ちょっ」

リオ先生が落下するという事はもちろん彼女に背負われていたあたしも落下するという事で。十分条件。

「、わあああっ!」
「ユキさんッ!!」

鋭い叫び声、だけど何処か温かくて優しさを感じさせる叫び声。それがロージーくんのものだと気付いたのは、彼が落ちてきたあたしを見事受け止めてくれた後だった。お陰であたしはノーダメージ。

「(……か、軽……っ!)」
「あ、……ありがとロージーくん……!」
「い、いえっ!」

少し視線をずらせば、ヨイチが一緒に落ちてきた先生の杖を素早く破壊したのが見えた。同時に黒火蜴がすぐに消えて行く。
これで一応、目前の敵であったリオ先生は気を失い、黒火蜴は地獄に帰ったわけだ。

(……取りあえずは……安堵、しても良いのかな)

そう思ったが、ほっと息をつく間も無く。

「ユキさん、怪我はありませんかっ!?」

普段の気弱なロージーくんが結構な剣幕で訊いてきた。あたしはちょっとびっくりしつつ戸惑いつつ頷く。

「あ……うん、大丈──」
「おーいロージー、いつまでユキをお姫様抱っこしてんだ?」

ぬっ、と突如現れたヨイチの顔にあたし達二人は半端無くびっくり。
てか、びっくりの後にびっくりはほんと止めてほしい……心臓休める暇が無いじゃん……!

「えっ!?いや、その、これは……っ」
「ユキを抱っこしていいのはオレだけなんだよっ!」
「え、ちょっと何そのルー」

ル、と言ったところでヨイチは、ロージーくんの腕からあたしをもぎ取った。

「ていうかヒトを物扱いするなっ!」
「ユキ大丈夫かっ!?一体何があった──」
「ヒトの話を聴けーっ!」

……それでも聴かなかったから顔面に軽くパンチをお見舞いしてやった。





それからどのくらいの時間が経ったのかはよくわからないけど、やっとあたしは、催眠薬の事、捨てられた魔法律書の事を話し終えた。そして今度は、あたしが眠っている間に何が起こったのか皆に話してもらっていた。

「──僕がトイレから出て来た時、リオ先生は眠ってるユキさんを背負ってて……。リオ先生は、ユキさんは疲れて途中で寝てしまったみたいだと言ったんです」
「ボクが師匠を追いかけてやっと会った時からソフィーを倒すまでずっと、師匠はずっとユキを背負ってたよ。──今思えば不自然だったかもしれない……。途中でロージーくんに預けたら良かったのに……」
「……ヨイチは何で此処の場所が?」
「ビコの弟子に聞いて知った。──その前にエンチューに動きがあってな……」
「…………」
「協会の調査の結果、……リオ先生はエンチューと手を組んでると、判明したんだ」
「……じゃ……、やっぱり先生は……」

そして、ヨイチはリオ先生の日記の事を話し始めた。リオ先生が、一冊の分厚い日記帳に記した、素直な思い、正直な本音を。

「…………」

ヨイチの話が終わってからも、あたしはしばらくの間無言だった。それは皆も同じだった。

母親が殺されてしまった悲しみは、痛い程わかる──あたしもその一人だから。
でも、でも──。

ぎゅ、と拳を握り締める。

……ビコの言った通り、それを憎しみで返すのは間違っている。悲しみを憎しみに変換して、それをぶつけたって何にもならないんだ。『憎しみ』から協会の人間を一人残らず殺しおおせたとしても、それで本当に気が済むだろうか?答えは否。あたしは実際に実行した事が無いけど、これは確実に、自信をもって、答える事が出来る。答えは否だと。それだけじゃなく、憎しみは憎しみしか生まない。憎しみの連鎖だ。悪循環という一言で済ますにはとてもじゃないが出来ない。

(憎悪、か……)

エンチューの、耳に脳に焼き付いて離れない、あの言葉をまた思い出す。

「ねえユキ。僕が憎い?」
「それならきっともう、僕の事一生忘れられなくなるね」
「家族が僕に殺されたって聞いても、どうして僕を憎まずにいられるの?」

「どうしたら、君は僕を憎んでくれる?」


「…………」

憎悪。

エンチューはムヒョを。
リオ先生は協会を。
憎んでいて。
そして。
あたしはエンチューを。
憎んでいない。

エンチューはムヒョを。
苦しめたくて殺したくて。
リオ先生は協会を。
破壊したくて滅ぼしたくて。
そして。
あたしはエンチューを。
救いたくて。
救いたくて。

だけど。
エンチューはあたしに。
憎まれたくて?

エンチューはそれを“特別な感情”と表した。愛情よりも強力な感情。憎悪。

「…………」

やっぱりあたしには、解らない。
憎しみという感情は、怒りのようなものだと、あたしは漠然と思い込んでいた。
だけどエンチューは違うのだろう。しかも──エンチューのムヒョに対する“憎しみ”と、エンチューが願うあたしのエンチューに対する“憎しみ”すらも違うような気がする。エンチューのムヒョに対する“憎しみ”は“殺意”のようなものだが、エンチューが願うあたしのエンチューに対する“憎しみ”は“殺意”では無くやはり、“特別な感情”であってほしいのだろう。否──あたしの“憎しみ”は“殺意”にまで及ばないと、“特別な感情”にまでしか到達出来ないと、願望では無く、彼は、そう確信しているのかもしれない──。例えあたしの“憎しみ”が“殺意”にまで到達したとしても──エンチューは、あたしが自分を殺せるはずが無い、もしくは自分が殺されるはずが無い、そう思っているのかもしれない……。

あたしは一人、ゆるゆると首を左右に振った。“憎しみ”──その定義はやはり、一人一人違うのだろうか……。わからない。解らないが──。

あたしは、友達を、先生を、救うまでだ。

あたしはふらっと立ち上がった。だが上手く立てず、地面に崩れ落ちてしまう。「ユキ、」と気遣うようなビコの声が聞こえたような気がした。
座り込み俯いたまま、あたしは口を開く。

「……リオ先生の……手当てしてあげないと、ね……」
「!……うん……そうだね」

ビコはこくりと、頷いた。





「怪我は?」
「幸い茂みに落ちたからあんまり──。でも確か魔睡針って三日三晩起きないんじゃ……!」

ロージーくんは気を失っているリオ先生の右腕に包帯を巻きつつそう言った。一方ビコは、リオ先生の左腕に薬を塗っている。

「気絶程度に力は弱めておいた……処置し易い様にナ」

そう答えたムヒョは背後に立っていたヨイチを振り返る。

「ヨイチ、オマエ今『使者の門』の陣を敷けるか?」
「え!?……ああ、まあやれなくもないが……」
「ムヒョ……もしかして、何か禁魔法律を解く案があるの!?」

あたしはムヒョの発言にもしかしたら、と希望をもって訊ねた。それは皆も同じで、

「そろそろ何をする気なのか教えてくれよ……!自信の無い事なのかもしれないけど、皆少ない可能性に賭けてるんだ……!」

とヨイチは言った。その言葉を肯定するように、真剣な眼差しでムヒョを見つめるビコとロージーくん。
しばらく経ってから、ムヒョは「ヒッヒ……」といつもの笑いを零す。

「このやり方は、本当は奴の為にとっておいたんだがナ……」
「!……」

それは──“奴”というのは。

「……こんなとこで使う事になるとは──」

ムヒョはそこで一旦言葉を切る。あたしは息を殺し、ムヒョの次の言葉一言一句を聞き漏らすまいと全身全霊をもって耳をそばだてた。
ムヒョはゆっくりと、口を、開く。

「禁魔法律の契約を交わした使者を倒し、契約を白紙に戻す」

──そう言い放ったムヒョは「ちなみに、」と一層笑みを深め──

「過去に試した奴ァ一人もいねェ」

と、続けた。

一同は戦慄を隠し切れずにいた。無論、息を呑んだこのあたしも同じだ。

「……っ」
「ば……馬鹿な──」
「使者を、」
「た、倒す……」

雨だけが、まるで事の重大さに気付いていないように未だ激しく降りしきっている。
それからどのくらい時間が経ったのだろうか。重い沈黙の中、始めに口を開いたのはヨイチだった。

「使者対使者か……。おっそろしい方法だが──」
「……うん」

次いで、頷くあたし。

「霊撃手の例もあるし、不可能じゃないかもっ……!」

少しばかりやる気を滲ませたあたしの言葉にヨイチは「そうだな」と頷き、

「四の五の考えても仕方ねーしな。リオ先生の為だ」

それからぐるりと皆を見回した。

「やるか……!」

異議無し。反対意見無し。満場一致。
ヨイチの言葉に、全員、決意の面持ちで肯定の意を示した。





満足に動く事が出来ない故にあまり手伝えないあたしは、ただ座って、作業に勤しむ皆をぼうっと見つめていた。何も出来ない自分が酷くもどかしかった。
ムヒョをちらりと見れば、彼は使者を呼び出す為の呪文を唱えるのに夢中になっている。

……そういえば、どうしてムヒョは虚脱回復したんだろう……?

考えられる手段としては……やはりビコの『煉根湯』だろう。おそらくあの時ヨイチが張った結界は『煉根湯』を調合する為の時間稼ぎで。
『煉根湯』とは煉を回復させる秘薬だ。執行人の中でもその存在を知っている者は少ない。だがあれは人体に毒でもあるのだ。もしもの時使ってもごく少量、なるべくなら一生使わない方が良いとまで言われる程の。お役立ち度は非常に高いが同時にリスクも非常に高いって事。
で。本当に彼は『煉根湯』を使用したのだろうか。ビコに訊いてみようかな。そう思って辺りを見回したあたしの目に付いたのは、近くに転がっていた出張魔法陣。
あたしの近くで陣を作っていたヨイチもそれに気付いたみたいだ。

「あれ?何でこんなとこに出張魔法陣が……?」
「さあ……?」

その時、草むらの陰からビコのとんがり帽子の先が見えた。ヨイチは彼女に近付きながら「おいビコ」と声を掛ける。あたしもヨイチに続いて、這って彼女に近付いた。

「あれおまえの魔具……」

ヨイチの言葉は途中で途切れた。あたしは疑問に思いながら彼らの傍まで寄る。見れば、ビコは尻餅を付きながら震えていた。雨に濡れて、ではない。彼女の横顔には、恐怖と驚愕が刻まれていた。ヨイチは相変わらず固まったままだ。ビコはゆっくりと右手を上げ──人差し指で視線の先を示した。あたしもゆっくりと、その先に顔を向ける。ビコ、ヨイチ、そしてあたしの視線の先が、重なる。

「…………ッ!!」

その先には、二人の人影。二人は、驚愕の表情を顔に張り付け固まって動けないでいるあたし達三人に全く気付いていないかのように、あたし達三人があたかも存在していないかのように、それはもう当たり前のように、会話をしていた。

「ごめんなさい……」
「良いんですよ」

一人はリオ先生、もう一人は……!

「でも危なかった」

その“もう一人”の人物は、やっと、ゆっくりと、ビコやあたしの動きよりもゆっくりと、こちらを向いた。もしかしたらそれはただ単にスローモーションに見えただけかもしれないけど。
でも。そんなのはもうどちらでも良い。
重要なのは、こちらを向いた“もう一人”の人物であって。

「本当にムヒョはしぶといね」

そう言って微笑みこちらを見遣る“彼”。
あたしと“彼”との邂逅は、対峙は、“彼”が反逆者と化してからこれで三度目。

“彼”の名は──円宙継。

“彼”の登場が、存在が、あたし達を圧倒的不利な状況にまで追い詰める──。





第18話:魔監獄 〜過ち〜(了)

舞雪/どり〜む/ふる〜つ村。


あきゅろす。
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