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第17話:魔監獄 〜反逆〜



あたしはママの背中におぶさっていた。温かくて、良い匂い。
隣りにはシュンを抱っこしているパパ。まだ幼いシュンは、すやすやと気持ち良さそうに眠っている。
ママもパパも、幸せそうな微笑みを浮かべている。
子供は親の気持ちに敏感。親が幸せな気持ちだと、子供も幸せな気持ちになる。

あたし達は、青々とした芝生の上をゆっくり歩いていた。何もかも吸い込みそうな真っ青な空に太陽が輝き、ふわふわとした真っ白な雲がぽっかり浮いている。

ママとパパは不意に立ち止まる。雲が太陽を覆い隠した。ゆっくりと、しかし確実に辺りが暗くなっていく。
ママは、背中からあたしを地面に降ろす。

「ママ?」

ママは何も答えず、微笑んだだけだった。ママの微笑みを見て、あたしは安堵する。
今度はパパが、眠っているシュンをあたしに手渡す。

「パパ?」

パパもやはり何も答えず、微笑んだだけだった。あたしはそれにまた安堵を覚える。

すると、辺りが完全に真っ暗になってママもパパも見えなくなった。
あたしはママとパパを呼んだ。シュンをしっかりと抱きしめたまま、しきりに呼び続ける。
突然ぎゅっと狭い所に押し込められた感じがしたかと思うと、暗闇の中が突然、騒がしくなった。
人の声、物が壊れる音、身の毛がよだつような悲鳴……光が迸ったかと思えば、また真っ暗になって。
そして──

「ユキ!シュンを連れて執行人を呼ぶんだ!!」

──いやだ──

「ユキ!行きなさい!早く!!」

──いやだ──

「来たぞ!!」
「早く執行人を!!ママとパパだけじゃこの数は手に負えないわ!!」

──だ、め、
──行かないで
──行かないで
──行かないで……!!






第17話:魔監獄 〜反逆〜





「……あ……、つ……」

自分で放った言葉に、目を覚ます。

──熱い──……。

頬が濡れてる感覚がするがそれを拭おうともせず、あたしはただただぼうっと今の状況を一つずつ理解しようとしていた。

……誰かに、背負われてる……。

「……ママ……?」

あたしは小さな声で呟いた。
それがあたしを背負ってる人物にも聞こえたらしい。

「やっと目が覚めたようね……。本当に強力だったわ、あの薬」

ママじゃ、ない……?

寝起きで動きの鈍い頭を働かせる。

この声は……。

「……りお、せんせ……?」

そうだよ、ママであるはずないのに何であたしってば……。

あたしは頭をよりはっきりさせるために、ぶんぶんと頭を振った。つもりだったが、実際は“ゆるゆると”にしか見えなかったかもしれない。だがそれで少しだけ思い出せた。

……そうだ……、あたしトイレで眠ってしまってたんだっけ。

「あたし……どんぐらい寝てたの……?ソフィーは……ムヒョは?」

リオ先生はしばらく黙ってから答える。

「ムヒョはソフィーを倒したけど、虚脱状態よ……」
「倒した……?虚脱……!?」

一気に覚醒したあたし。
虚脱とは煉が全て無くなった事を意味する。たいていは執行した後、煉を少し残して眠りにつけば回復するのだが、使い切ってしまうと眠りに必要な精神力まで干上がり“虚脱”に陥ってしまう。協会で早急に処置を施してもらわないと、下手をすれば命を落としてしまう恐れのある危険な症状なのだ。

「ムヒョ、早く協会に連れて行かなきゃ!ムヒョは何処……?」

未だ力の入らない身体であたしは辺りを見渡す。だが、その途端固まってしまった。
此処は魔監獄の出入口の扉の前だという事はわかる。扉は開いているので、外では雨が音を立てて降りしきっているという事もわかる。ムヒョどころか周りにはあたしとリオ先生以外、人っ子一人いないという事もわかった。背後にはごうごうと勢い良く火の手が上がっているのもわかったし、目が覚めた時熱いと感じたのはこの所為だったんだという事も悟った。
が。どうして、このような状況になっているのかは全くわからなかった。

何、何が……、あたしが寝ている間に、何が起こったの……!?

「魔監獄、火事……!?ねえ先生、ムヒョ……は……」

あたしは言葉を切り、リオ先生の右手を凝視した。

「せ……先生、それ……」

あたしの目に狂いが無ければ、リオ先生の右手に握られている杖は『炉主の杖』──人を殺める力を持っている為に使用禁止になった魔具──に違いない。

「何、で、持ってるの……?」

嫌な、予感がする。どくどくと、確実に、心臓の音が早くなって。大波がこちらに押し寄せて来るのに足がすくんで逃げられないような。ああだめだ、波に、呑み込ま、れる──!

リオ先生は杖を持っている右手を高々と振り上げ、

「……!」

そして、振り下ろす。すると、先生の杖から地獄の使者『黒火蜴』が飛び出した。それと同時に、彼女の右腕に、見覚えのある独特な傷が走る。
禁魔法律による、傷が──。

「──まさか、そんな……!」
「そのまさかよ」

禁魔法律。
強大な力を得るその代償として、己の魂を与える──禁じられた魔法律。一度でも禁魔法律を使えば、使者との契約は絶てずいずれ魂も擦り切れ、悪霊と成り、自我も消える──。

「先生……嘘でしょ……?」

──魔具師は魔具を使える程の煉を持ち合わせていない。すなわちリオ先生が魔具を使ったという事は、煉の代わりに魂を渡したという事だ。更に、禁魔法律による傷がそれを裏付けている。

だけど。

信じられなかった。
信じたくなかった。

エンチューに次いで、リオ先生も反逆者の道へ。

何で……
何であたしの周りの人達は皆……
遠いところに行っちゃうの……?


「嘘じゃないわ」

リオ先生の冷たい声は、確かに、──嘘を含んでいなかった。

「そん、な」

あたしを嘲るように、相変わらず炎は背後で唸り声を上げている。混乱の最中にいるというのに、今度はまた別の混乱が襲って来た。

「せ、先生っ、ムヒョは!?ビコは、ロージーくんは……!?」

──あの炎の中──いや、まさか──

最悪の考えを頭から振り払う。

「ムヒョは」

身体が強張る。

「まだ殺してないわ。ムヒョはあなたの目の前で殺す」

沈黙。

「円様からの……命令よ」
「────」

まどか、さま。
りおせんせいと、えんちゅーは、てを、くんで。
あたしを、むひょを、みんなを、くるしませようと。
わらって、わらって、わらいながら、すべてを、ハカイ──

眩暈がした。吐き気がした。頭が痛い。気を失ってしまいそうだった。このまま気を失って再び夢の中に入り込んでしまえば楽かもしれない。いやどちらにしても悪夢だ。もうどちらが悪夢でどちらが現実なのかわからないむしろどちらも悪夢でどちらも現実だ。悪夢の中にいながら現実を見、現実の中にいながら悪夢を見る。起きても寝てても悪夢で現実の事。一生醒める事などない悪夢、一生消える事などない現実。
何とか気を保つ。今此処で気を失ってもどうにもならないと、理性を働かせる。リオ先生はムヒョを殺す気で、対するムヒョは虚脱状態。

ムヒョを、守らなきゃ──!

あたしは、リオ先生の腕を払って背中から飛び降りようとした。
が、何故か力が上手く入らない。もう完全に頭は起きているはずなのに。あたしの腕は少しだけ力なく上がり、ぱたんと元通り身体の横に落ちてしまっただけだった。

「……!?何で──」
「薬の副作用よ」

薬……副作用?

「トイレで私はマスクを着け、強力な催眠薬を撒いたの。あなたはすぐに眠ったわ」

意識を失う直前に感じた、あの甘い香りは催眠薬だったんだ……!

「あなたが寝ている隙に私は、あなたの魔法律書を盗って窓の外へ捨てた──」
「……え?」

耳を疑った。だが確かに、懐に入れていたはずの魔法律書の感触が全く無い。

「──う、嘘──」
「ソフィーと戦う際あなたがムヒョの上級魔法律を手伝い、ムヒョの虚脱という私達の作戦を台無しにしてしまう恐れがある。それに、円様から聞いたあなたの妙な技──魔法律書を開かずに発動出来る技ね。少々厄介だろうと思ったから、捨てたのよ。あなたの魔法律書はきっともう、黒火蜴の炎に焼かれて灰になっているでしょうね」
「な……何でそこまでっ!」
「お喋りはおしまい」

リオ先生はふわり、と宙に浮かんだ。“普通の人間”だったら出来ない芸当を、彼女はいとも容易くやってのけた。

「お望み通り、ムヒョ達の所へ連れて行ってあげるわ……。彼らはまだこの島の中にいるはず。あなたを置いて逃げるはずが無いものね」





あたし達は宙を飛んでいた。雨があたしの身体中を容赦なく打つ。あたしは自分の心の中を飛んでいるみたいだと思った。あたしの心の中の景色は、ちょうどこの現実世界と同じ景色。でも、今あたしがいるところは決して自分の心の中じゃない。
紛れも無い、現実世界。
この身体を打つ冷たい雨も、耳元で唸る冷たい風も、全部ぜんぶ、悪夢のような現実のもの。

リオ先生に訊きたい事、言いたい事は山程あった。それなのに何から訊けば、何から言えば良いのか……否、何を訊いたら、何を言えば良いのかさえ解らない。

でも、でもね、リオ先生。
あたしにはどうしてもリオ先生が反逆者の道へと踏み入ったとは思えない。
初めはただのあたしの願望かと思った。確かにそれもあったけど、今、落ち着いて考えてみればそれだけじゃないんだ。
だって……、リオ先生はビコに逢えて本当に嬉しそうにしてたし、ムヒョに対しての敵意なんて微塵も見せなかった。それはただリオ先生の演技が上手かっただけだって言えばおしまいだけど、でも、確かにあの時のリオ先生はあたしの知っているリオ先生だったんだ。リオ先生の行動に、嘘なんて含まれていなかったよ。
今のリオ先生は本当に反逆者だという事は嫌でもわかる。でも、……リオ先生、本当は…………

そこまで考えたところで、眼下に人影が見えた。

「あ……!」

ロージーくんと……何故かヨイチの姿が。二人はそれぞれ誰かを背負っている。ロージーくんの背にはムヒョが、ヨイチの背にはビコがいた。
黒火蜴がムヒョ達に襲い掛かる。

「あっ!」

あたしは息を呑んだが、ロージーくんが見事『霊化防壁の術』を発動させた。彼の目からは涙が流れていた。雨の中でもはっきりそれとわかった。
リオ先生は空中を移動し、ゆっくりと彼らに近付く。

「ムヒョを置いて行けばおまえ達の事は助けてあげる……!」
「先生!もうだめ、止めて!」

後ろから懇願するも、彼女は聞く耳を持たない。その時ヨイチは、先生の背中にいるあたしに気付いて愕然としていた。
ムヒョは虚脱状態で目が虚ろだった。

──本当は、あたしも一緒に戦うつもりだったのに──

罪悪感で胸が痛む。
ビコは目に涙を浮かべてリオ先生に話し掛けた。

「師匠……思い出して…!」

悲しくて辛いのに、無理に笑おうとして。
泣き笑いのような笑い泣きのような表情。
見ているこっちが胸をえぐられるような。
危うくて儚くて、壊れそうな表情だった。

「去年一緒に、木苺お庭で摘んだときの事。ボクと二人で、いたときの事……」





第17話:魔監獄 〜反逆〜(了)

舞雪/どり〜む/ふる〜つ村。


あきゅろす。
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