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第15話:魔監獄 〜動揺〜



「お……奥から、声が……!?」
「──どうやら、入っちゃいけない部屋に入ったみたいね……!」
『……チクショウ……オレノ庭ヲ汚シヤガッテ……』
「まずい……!ムヒョ、ユキ、早く『霊錠解除』を──」
「だめ、もう遅い……!」
「扉から離れとけ、ビコ」
『コロシテヤロウカ……!?』





第15話:魔監獄 〜動揺〜





『コロシテヤロウカ……!?』

言葉通り殺気を交えた低い声が降ってきたのと、焦燥の表情を浮かべ扉の傍に立っていたビコの頬に二本の蔓が刺さったのは、ほぼ同時だった。その蔓を辿っていけばそこには、扉に張り付いた悪霊の顔。二本の蔓は、その悪霊の大きな口から出ていた。

「……!」

ビコは無言でそれを千切ったが、冷静というわけではなかった。それはその表情からはっきりと読み取れる。

「ビコ!」「ビコさん……!?」

リオ先生とロージーくんも驚愕していた。
しかし冷静でないのはあたしの方が遥かに上だったかもしれない。

牢全体がざわめき、ビコを刺していた蔓は素早く頭上に引き上げる。

「う、迂闊だったわ!」

蠢く植物は四方八方に。
唯一の逃げ口までもが塞がれて。
あたし達は、まさに飛んで火に入る夏の虫だった。

「この牢の主は──『マッドプランター』!」

ずるずると嘲るように地を這う植物。
此処はマッドプランターのテリトリー。
圧倒的不利なあたし達。

「い、いかれ庭師……!?」
「生前、理想に燃えた庭師が死後地縛霊になった奴だ。仕えた庭園を守る為に侵入する人間や生き物も毒殺した悪霊──」

そこではたと気付く。

「今も毒性を持ってるんだったら……!」

あたしは更に青くなった。と同時にビコが呻き声を漏らす。

「ビコ!」

今やビコの顔は蒼白で、おまけに呼吸も乱れていた。同じく蒼白な顔のリオ先生がビコを介抱する。

「毒を吸い出さないと……!」
「び、こ、」

苦しげな親友をあたしはじっと見ていた──はずなのにあたしの頭は真っ白で。瞳に映っても脳に伝達していない、感じ。
ぐるぐると目が回って。
今にも倒れそう──今すぐ倒れたい。

『ハァァァ』

霊の声で我に返る。
見ると霊が、ビコを刺したのと同じ蔓をあたし達に放ったところだった。物凄い勢いでそれはこっちに迫り来る。

混乱、混迷、混濁した頭では他の事が考えられなくて、ただ、『守らなきゃ』って事だけが頭の中に辛うじて浮かび上がって。

「────!」

魔法律書が懐中にあるのにも関わらず、あたしは無我夢中で、『銀の鎧』を発動してしまっていた。
銀の結界が、霊の蔓を弾き返す。

「ユキ、オメェ……」
「あ……!これは『銀の鎧』……ユキさんの……!?」

あたしは膝を付いた。

(やっぱ煉、結構持ってかれた、な……)

心の中で苦笑する。
本っ当、すぐに冷静さを失って後先考えず突っ走るのはあたしの悪いところだ。

「ユキさん……?」

疲弊しきったあたしを心配してか、ロージーくんが戸惑うようにあたしの名を呼んだ。そんな彼にあたしは「大丈夫」と一言返し、懐中の魔法律書を取り出し開いて立ち上がる。

ソフィーとの戦いがあるってのに、あたし何やってんだろ。

ムヒョの突き刺さるような視線が痛い。あたしはその視線から逃れるように、リオ先生に訊ねた。

「先生、ビコは……?」
「まずいわ……!」

毒を吸い出し終えたらしいリオ先生は、一言そう告げる。
リオ先生に抱えられたビコは、未だ荒い息で痙攣していた。それだけではない。ビコの目は、霊特有の血のような赤色に変化している。
酷く苦しげなビコは、辛くて悲しくて見ていられない。

『し……しょお……!』

リオ先生を呼んだ事からまだ辛うじて意識は有るようだが、このままでは時間の問題だ。
ムヒョもあたしと同じ事を思ってか、舌打ちをする。

「チッ、霊性の毒だったか……!放って置くとこのまま霊体に変化する」
「大丈夫、そうはさせないわ。安心して、ビコ」

ビコに語りかけるリオ先生。だが、半分は自分にも言い聞かせているように見えた。

「魔具師リオの名にかけて──あなたを死なせないっ!」

リオ先生が胸元から取り出したのは、四つの薬瓶。それをビコの身体の上にそっと置き、次に五枚のフダを取り出す。

「ロージーくん、君にはこれを渡しておくわ」
「え?」
「左から力の弱い順に並んでいるから、使いなさい。ユキちゃんの『銀の鎧』がある内に『魔縛りの術』でやっつけるのよ!」

そうこうしている内にも、霊の蔓は鎧に猛攻撃を仕掛けてくる。鎧の結界外でレインドッグがマッドプランターの太い蔓に喰われたのが見えた。

「……はぁ……っ、」

そしてまずい事に、『銀の鎧』の効果を保たせる気力の限界が。鎧は霊の攻撃を受ける度にばちばちと危うい音を立てていた。

「わわ、鎧が……!」
「フン、ユキも限界のようだナ。そろそろオレの魔法律を使って地獄送りにしてやるか」

それはだめ、と言いかけたあたしよりも先にリオ先生がムヒョに反論する。

「それは駄目と言ってるでしょ!ソフィーとの戦いに備えなさい!」

一息置いて。

「──天才魔法律家らしくないわね……冷静になってムヒョ……!あなたには、あのソフィーが後に控えているのよ?此処はロージーくんに任せるのよ……!」
「…………」

ムヒョはあたしに背を向けていたので表情は見えないが、彼が些か不満気である事は雰囲気から容易に読み取れた。

それにしても、きつい。何度も経験しているからもうわかっているが、書を取り出さずに魔法律というのは、特例法であってもやはりきつすぎる。
ぎゅっと唇を噛み締めマッドプランターの方を見据える。すると脇を一枚のフダが通り過ぎた。間髪入れずにもう一枚。ロージーくんがフダを投げたらしい。よし、と思ったのも束の間で、それはマッドプランターに到達しても効果を発揮せず不発し、煙を上げただけだった。

「あれ……?」

背後からロージーくんの戸惑う声。

鎧が──もう、持たない。
持ってあと……数十、秒……!

「ろー、じーくん……おねがい、はやくっ……!」
「は、はいっ!『魔縛りの術』ッ!『魔縛りの術』!!」

ロージーくんは再び二枚フダを投げたが、それもまた全て不発。

──ほんとやばい……!

「みんな……!ごめ、も、解けちゃう……っ!」

あたしががくり、と膝を付いたのと同時に鎧の結界が解けた。そして無数の蔓が待ってましたとばかりの物凄い勢いであたし達を襲う。

「──魔法律第1224条……」

霞が掛かった意識の中聞こえたのはムヒョの低い声。

「『意物混入』及び『殺人未遂』の罪により──『百子魔王子の手』の刑に処す」

無数の蔓は突如動きを止めた。あたしの前方のも、すぐ傍を通り過ぎていたのも。何故かはすぐに理解出来た。地から突き出した幾つもの地獄の王子の手は、蔓だけでなくマッドプランターの本体までもがっちりと掴んでいたのだ。
その光景は否が応にも、ロージーくんと一緒に買い物へ行った時遭ってしまった霊の白い手を思い出させた。

──あの時も助けてくれた。
──今も。
──MLSの頃から、助けられっぱなし。

結局。あたしは過去現在未来問わずして一生ずうっとムヒョに助けられる側で。……決して、ムヒョの助けには為れ得ない……のかな……。


「あなた、ソフィーがどれだけ恐ろしい霊か本当に知っているの!?」

ふと我に返り顔を上げれば、リオ先生はムヒョに何か言っていた。あたしはふらふらと立ち上がる。

「それに何の為に、ロージーくんは──」

あたしはロージーくんを見た。その表情を見ただけで、ロージーくんもあたしと同じような心境なんだろうなと感じた。ぼんやりと、心の片隅で、そう感じた。

「うるせェゾ!!黙れリオッ!!」

ムヒョの一喝に、あたしは思わずびくっと身体を震わせる。

な、に、びくびくしてんの……?
ただムヒョが、リオ先生に怒鳴っただけなのに。
あたし、どうかしてる……?

「魔具師の分際でオレのやり方に口を出すな」
「!……」
「このアホは放って置けば良いんだ。それを構って増長させやがって……!!」
「ム、ヒョ……?」
「テメェもテメェだ」

ムヒョは佇んでいるあたしの方に目を向けた。

「冷静さが欠けてんのはこいつの方なんじゃねェのか?仲間一人やられた程度でぐらつきやがって」

──あぁ、そうか──。
ビコの事が心配で心配で気持ちが弱くなってたんだ……。

でもビコは、あたしにとって『仲間』だけの存在じゃない。
幼少時代、滅多に外に出ず家でひたすら魔法律教育を受けていた所為で、あたしはMLSに入学するまで友達と呼べる人は全くいなかった。
そんなあたしがMLSに入学し、そこで初めて出来た友達がビコ。
だからビコはあたしにとって、他の人とは違う特別な存在。

「や、やめろ……!」

ビコの声に、全員がはっと彼女を見る。

「師匠と……ユキの悪口は許さない……!」
「あ……」「ビコ……!」

彼女は回復していた。目も元に戻っているし、まだ万全とは言えなくとも話せるぐらいには回復していた。
リオ先生の秘薬が、功を奏したんだ。

「良かった……!」
「師匠、ごめんなさい……!」





それからしばらく経った今、あたしも含めて皆、ただただ黙って歩き続けていた。時間的感覚が無くなっているので一体何分歩いたかわからない。もしかしたらマッドプランターの牢から再び歩き始めてたった十分しか経っていないのかもしれないが、あたしには小一時間歩き続けているように思われた。伸し掛かってくる重い空気に耐えながら。

「見ろ」

重い沈黙を破ったのはムヒョだった。

「最下層だ……!」





第15話:魔監獄 〜動揺〜(了)

舞雪/どり〜む/ふる〜つ村。


あきゅろす。
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