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第14話:魔監獄 〜潜入〜



あたし達──あたし、ムヒョ、ロージーくん、ビコ、リオ先生の五人は、魔監獄の門が閉まっていくのを魔監獄内部から見上げていた。重そうな石の蓋……とでも言えばいいのだろうか。それが音を立てながらゆっくりとスライドしていく。

「ほ、ほんとに閉めて良いんですか……!?六氷執行人……!」

若い女性の監獄守(確か古谷さん、だった)はあと少しで門が閉まるという時に、再度確認した。そもそも魔監獄の門を閉めるというこの行為はムヒョが提案したものだった。

「じゃあ、霊が外に出ても良いのか……?ヒッヒ」

彼は不敵に笑うだけで意見を変えるつもりはさらさら無いようである。

「……い、行ってきます……!」

ロージーくんの恐怖や緊張を帯びたその言葉を最後に、門は大きな音を立てて閉じてしまった。

何の光源もない真っ暗闇の中で門が閉まった後の余韻を聞きながら、あたしは考えていた。


地獄送りにされるのは“彼女”なのか、それとも──





第14話:魔監獄 〜潜入〜





あたし達が魔監獄内に閉じ込められて少し経ってから、次々と壁に備え付けられた明かりが点いていった。
霊燐が充満している中、足場の狭い通路を緊張感に胸を締め付けられながらただただ歩く。一言も発さず、黙々と。

あたし達が監獄に入れられているような錯覚を起こしそうだ。


「……ちょっと待って」
「ビコ?」

ビコは傍にあった牢に近付き、フダに触れた。

「フダが破られたのが最下層だけとは限らない。一つ一つチェックの必要があると思う」
「──確かにこれは一体の霊燐の量とは思えない……けど、“彼女”ならどーだろね……」
「ヒッヒ。奴ならあるいは、ナ」
「……かの、じょ?奴……?“彼女”って──」

ちょうどその時、がりがりっと何かを引っ掻くような削るような音と、不気味な低い声がロージーくんの言葉を遮った。

『……オレも……此処から……出せ……』

牢の中からだった。ロージーくんは恐怖の表情を顔に張り付け、そこから一歩後退した。

『オイ……!』

あたしは、未だその牢を凝視するロージーくんの服を少し引っ張る。

「行くよ、ロージーくん」

もう既に他の三人は歩き始めていた。あたしはそれに視線を投げて続ける。

「先を急がないと、ね」
「あ、は、はい……」
『ま……て……』

霊を無視して足を速めるあたし達。
音と声はどんどん小さくなっていき、最終的には何も聞こえなくなった。

「……あ、あの、ユキさんっ」
「? 何?」
「さ、最下層の悪霊って、一体どんな──……ユキさんはさっき“彼女”って言っていましたがもしかして──」
「うん。“彼女”、イコール最下層の悪霊だよ」

少し置いて。

「ロージーくんは、『顔剥ぎソフィー』って幽霊……知ってる?」
「顔、剥ぎ……?」

ムヒョが「ヒッヒ」と笑った気がした。

「人間の頃、『仮面の女』って呼ばれてて……。死後幽霊となり、500年間で二千人の人間の顔を剥いでヨーロッパ中を恐怖に染めた最悪の幽霊。20年前に協会がやっと捕まえ、この第18魔監獄の最下層に封印したって事」
「……じゃあ、そのソフィーが……!」
「ま、そーいうこったナ……ケケケ」
「た、大変だ!」

ビコの声に一同がばっと彼女に注目する。

「この牢……フダが無い……!」

彼女の言う通りだった。牢の扉にフダが貼られていただろう痕跡はあったが、それは痕跡だけでフダそのものは忽然と消えていた。

「……ククク……」

ムヒョの笑い声。そしてあたし達は、今度はムヒョに注目する。彼はある一点を見下ろしていた。

「ソフィーが出たってのは本当だナ、コリャ」

その視線の先には、

『タス……ケテ……クレ……』

目が幾つもある悪霊が。確かこいつは──『赤目』。
しかし、

「顔を剥がされてる……!?」
『ウアアア……』

明らかにソフィーに襲われたその顔。そして、もちろん弱っていた。何とか通路の端にしがみついていた赤目だったが、とうとう限界が来たらしい。赤目は下に滑り落ちてしまった。
直後。霊の悲鳴に混じって、気持ち悪い音が鳴り響く。

──赤目が、何かに食されている音。

しばらくして悲鳴は消え、音も止んだ。

「餌になったか……」

ムヒョの呟き。そのすぐ後に、別の音が聞こえてきた。チャッ、チャッ──音は段々こっちに近付いて来る。かなりのスピードだ。

「……一体幾つの」

赤目を食したそれは現れた。
跳躍し、壁に張り付く。

『キィィ……!』
「霊が外に出ているんだ……!」

鋭い歯に爪。ぽっかりと空いた暗い両目。四肢に太い尾。獣のような不気味なそれはあたし達を威嚇する。

「あ、あれは……!」
「『泣き犬』レインドッグ。捨て犬の霊の集合体」

淡々と説明するあたし。

「準備運動しとくか──」

見ると、ムヒョは既に魔法律書を開けていた。

「ストップ!あたしがやる」

あたしも魔法律書を取り出した。

「オメェは下がってろ」
「やだ」

いつもムヒョに助けられっぱなしはやだ。
MLS時代の頃からずっとそうだった。

「オメェじゃ無理なんだヨ」
「何を根拠に?無理なんて事ないよ!魔法律──」

だが、あたしの魔法律書を押さえた者がいた。リオ先生だ。

「魔法律の無駄打ちは駄目よ、二人共!」
「!」「!?」
「ビコ、急いでロージーくんにあれを!」
「ハイッ」

ばっ、とビコは素早く袋の中に手を突っ込み、そして同様に素早く数枚のフダを取り出す。

「え!?」
「このフダを使えば、普段より術が強化される。これでまず『霊化防壁』を張って……」
「で、でも僕がするよりビコさんやリオさんの方が──」
「ボク達魔具師は魔具は作れても使えないんだ……!」
「……!」

ロージーくんはまだ迷っている。

『ギ……』
「で、でも、僕は……!」

レインドッグを窺えば、既に飛び掛かる体勢に入っていた。成功するか失敗するか、やるかやらないか、迷う時間なんて、悩む時間なんて、無い。

「急いで!『霊化防壁』なら『魔縛りの術』より軽い術だから──」
『ギィィ……!シャアア!!』

とうとうレインドッグはあたし達に襲い掛かってきた。大口を開け、あたし達に食らい付こうとする、が──

『ギャイン!』

ロージーくんの防壁が間一髪のところで発動し、レインドッグは弾き返された。だが防壁は弱く、これではもう一撃食らえば破られる事が見てわかる。

「早く『魔縛りの術』を──」
「、はいっ」

自分の術が成功した事に一番驚いていたロージーくんだったが、ビコに急かされ再びペンを握る。だがペン先がフダに触れた次の瞬間、フダはばらばらに崩れ落ちてしまった。

「……え……?」

状況が飲み込めず、呆然とするロージーくん。

「ど……、どうして……?」

ロージーくん同様、ビコも呆然とする。ムヒョはいつも通り鼻で笑っただけだった。
その間にも、レインドッグは体勢を立て直す。すぐにでも飛び出せるように。

「ロージーくんの力が弱すぎてビコの強いフダと釣り合わなかったのね……。『霊化防壁』は簡単な術だからフダは耐えたけど──道具と人の力関係は均等でないといけないの」

そう言いながら自らの胸元を探るリオ先生。

「今のあなたの精神状態では、隠された力は発揮出来ない!」

しゅっ、とリオ先生は胸元から一枚のフダを取り出した。彼女はそれをロージーくんに差し出す。

「私のフダを使ってみなさい、ロージーくん!」

きっと出来るわ、と言うリオ先生から、ロージーくんは緊張の面持ちでそのフダを受け取った。気のせいか、ムヒョの表情が不機嫌なものになっている。

『ガァアアァアアァ!!』

レインドッグはついに二度目の攻撃へと出た。まるでロケットみたいな飛び掛かり。いや……ロケットというよりもミサイルかな。それが真っ直ぐこっちに向かって──防壁に突っ込む。防壁が破られる。
だが次の瞬間には、その獣の額に一枚のフダが。

「『魔縛りの──」

隣には、術者の真剣な眼差しがあった。

「──術』……!」
『ガアアッ!!』

『魔縛りの術』が成功する特徴的な──電気が弾けたような音が走る。それと同時にレインドッグも悲鳴を上げた。

「で、出来た……!」

嬉しそうにリオ先生を見るロージーくん。そんなロージーくんにウインクをしてみせるリオ先生。そしてレインドッグは地に伏し動けなくなった。
だがあたしは、これっぽっちも嬉しそうな表情をしない黒い執行人の姿を捉えた。いや、無表情や不機嫌面はよくする彼なのだが……今はいつも以上に機嫌が悪い。

──まあ、ただロージーくんの上司をやっているわけじゃないからね……ムヒョは。





あれから。
あたし達は空いている牢に動かぬレインドッグを引っ張り込んだ。あたし達、と言っても実際引っ張り込んだのはロージーくんとリオ先生で、他三名は力が無いという理由でレインドッグが牢の中にずるずると入れられていくのを外から見るしかなかった。力があってもムヒョは手伝わなさそうだけど……。

「師匠!牢の中に納まりました!」

ビコ、ムヒョ、そしてあたしは牢の中に入った。そこには息を切らしているロージーくんとリオ先生が。

「よし、じゃあ外に出て封印しましょう!」
「重たかった……」
「お疲れさ」

ま、というところで大きな音が響き、それと同時にただでさえ薄暗かった牢内は更に暗度を増した。
牢の扉が勝手に、音を立てて閉じたのだ。
それだけじゃない。

「外から……鍵が……!」

必死に扉を押したり引いたりするビコ。だが扉はびくともしなかった。

「閉じ込め、られた……」

あたしは呟きを漏らす。

どうしてこんな事が──?

その疑問に答えるかのように、低く冷たい声が聞こえてきた。

『……オマエ……タチ……』
「──!」

無意識の内に唇を噛む。
失態。フダが貼られていなかったから、牢中の霊は、赤目にしろレインドッグにしろもう既に外に出ているのかと思い込んでいた。だが違っていた。全然違っていた。

『キタナイ、モノヲ……ココニイレルナ……』

悪霊は、まだこの中に潜んでいたのだ。





第14話:魔監獄 〜潜入〜(了)

舞雪/どり〜む/ふる〜つ村。


あきゅろす。
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