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第13話:魔監獄 〜上陸〜



ざあああぁぁぁ……

「むっ」

そろそろ海にも波の音にも飽きてきた頃。

「ぷっ」

事件は起こった。

「ほええええええっ!!」

──それは、ロージーくんの船酔い。

「……(吐いちゃった)」
「きったねえな、ヒッヒ……」

あたしは自分まで吐きそうになってしまったので少し口元を押さえる。
ビコは気付いているのかいないのか(多分後者だろう)遥か海の彼方をじっと見つめていた。

「──見えてきた……!」

彼女が発した言葉に、一同はそちらを振り返る。
ビコの言う通り、水平線の真ん中に何かが顔を出していた。それは段々と大きくなっていき──

そしてついに、あたし達は第18魔監獄のある孤島に到着した。





第13話:魔監獄 〜上陸〜





あたし達は島に上陸した。
風は耳元でびゅうびゅう鳴り、
木々は騒がしい程にざわめき、
船は音を立てて遠ざかって行く。

「船……行っちゃうの……?」

心細げに漏らすロージーくんの呟きに、ムヒョは鼻で笑った。

「フン、当たり前だ。この島はもう霊がうろついてるかもしれねェんだゼ?ヒッヒ」
「ま、待ってムヒョ!」

怯えるロージーくんは、慌ててムヒョの後を追う。
数分後、あたし達はごつごつとした岩間を歩いていた。

「岩の道……?魔監獄は……?」
「この谷間を抜けたところにある」

ビコは淡々と答えた。
そしてまたしばらく皆無言で歩き続ける。
プレッシャーがのしかかってくる……何だか、重い。

ようやく谷間を抜けた時、一層強く風が吹き付け、そして──

「わっ……!」

突如、魔監獄が顔を出した。

「こ、此処が……!」
「魔監獄……。……の門というか館というか……」

ビコの呟きにロージーくんはクエスチョンマークを浮かべた。

そっか、魔監獄はこの館の中にあるんだったっけな。

「──それにしても不気味なところ……。穴に落ちた様な気分になるね。海の音も全然しないし……」

一同は再び歩き出したが、数歩もいかないうちに、どさっという音に立ち止まる。ビコが袋を取り落としていた。
口をパクパクさせている彼女。
何故かはすぐにわかった。
彼女の視線の先──館の扉の前に、四人の人物。
うち一人は、

「ケッ」「あ……」

ビコの師匠である、リオ先生だったのだ。

あたし達がリオ先生に気付いたのとほぼ同時に、リオ先生もこちらに気付いた。ふ、と微かに笑ったかと思えばこちらに駆け寄り──ビコを思いっ切り抱き締め、頬に派手な音を立ててキスをし始めた。

「ちょっとぉ!遅いじゃないビコォッ!」
「お師匠様ァ〜」

……このキス魔っぷり……。
リオ先生も相変わらずだ。
一方、自分の師にめろめろに心酔しているビコは目をハートにさせていた。

「そして──」

リオ先生はビコを離し、

「ムヒョ──」

今度は次なる標的、ムヒョへと手を伸ばした。
と思ったら、ムヒョはリオ先生を魔法律書で殴りそれを阻んだ。

「近寄るなこのキス魔め」
「んも〜う、相変わらずガードが固いのねえ。イケズボウヤッ」

語尾にハートを付けて笑うリオ先生。と、そこで彼女は、そろそろと後退りしているあたしを捉えた。
……捉えられてしまった。

「わわっ!」

一瞬の後、あたしはリオ先生の手中に収められていた。
どうしてこういう行動はめちゃくちゃ速いのかな、リオ先生っ!

「ユキちゃん!ユキちゃんじゃないのっ!逢いたかったわ!」
「ちょっ、リオ先生!」

あたしは慌てふためいて、キスしようとするリオ先生を制する。

「ん?なあに?」
「『なあに?』じゃなくてもうっ!誰彼構わずキスしよーとしないでよっ!」
「誰彼構わずってわけじゃないわよー。あっわかった、ユキちゃん嫉妬してるんでしょう?んもう、可愛いんだからっ!」
「違うッ!」

ていうかあたし日本人だからそういう挨拶は慣れてないし……!ってリオ先生も日本人だけど!

「だっ、誰ですか、この人……?」
「ん?」

ロージーくんの問いに、あたしとリオ先生の攻防戦は一時中断。全力であたしに唇を近付けようとしていたリオ先生と、必死でリオ先生の額を押し返していたあたしは、揃ってロージーくんの方を向いた。

「この人はボクの師匠、カリスマ魔具師の“リオ”こと黒鳥理緒様デス……」

質問には未だ目をハートにさせているビコが答えた。心此処に非ずといった様子だ。
リオ先生はロージーくんに挨拶(普通の)をする為にあたしをやっと解放した。

「リオです。初めまして、ビコがお世話に──」

先程とは打って変わり、スカートの両裾をちょっと上げた上品な挨拶。

「あなたはムヒョの助手のロージーさん……?」
「は、はい……」

ロージーくんはどぎまぎしながら返事をする。リオ先生、性格変だけどスタイル抜群の美人さんだもんね。

「か、可愛い子ねえ〜〜〜」

ロージーくんを見るリオ先生の顔は、今にも涎を垂らしそうな勢いだ。
危険を察知したロージーくんはひきつった笑い声を上げながらムヒョの背後に小さくなって隠れた。

「あはは……」
「キモイババアめ……!」

ムヒョの悪態にすかさず反論するのは、もちろんビコ。

「キモイだって!?自分の本の作り主に向かって!」
「いいのよビコ、ババア以外は当ってるもの……」
「(キモイ否定しないの!?)」

だけどロージーくんは別の事に驚いていた。

「ムヒョの本を!?」
「あっそうそう、あたしのもリオ先生に作ってもらったんだよー」
「す、凄い……!」
「フン。──んな事より何でテメェが此処にいんだヨ」
「そんなの決まってるわ」
「!」

リオ先生はビコの帽子をむんずと掴む。

「ボクボク言うこのムスメッコが心配で来たのよっ!」
「ひゃっ!」

綺麗なふわふわの金色の髪と、ぱっちりと大きな瞳、そして長い睫毛があらわになる。そんなビコに、ロージーくんは口を大きく開け彼女を指差しひどく驚いたリアクションをした。

「おお、お、おんなのこぉ……!?」
「ええっ!?」

と、あたしはロージーくんを振り返る。

「ロージーくん、ビコが男の子だと思ってたの!?」
「ヒッヒ。昔っからあいつは帽子取らねェと判別つかんからナ」
「えっ!」

と、今度はムヒョを振り返る。

「取らなくてもあたし初対面でわかったけど……!」
「知るか。オメェが普通じゃねェからだろ」
「なっ……失礼な!」

ロージーくんは未だ驚いたままだった。

「し、しかもお師匠様の前だとメロメロに……!」
「それも昔っからだナ。キキッ」

そう言って愉快気に笑うムヒョ。
でもビコ、最初はほんとリオ先生の事大嫌いだったんだよなあ。

「さっ、ビコ……」
「ハイッ」

リオ先生は帽子をビコに返す。ビコはしっかりとそれを被った。

「三人も仕事よっ。監獄守さん達の話を聴いてあげましょ……!」

あたし達は監獄守達と握手を交わし、ちゃんとした挨拶をする。
それから彼らは、話を切り出した。

「恐ろしい……二日間でした……!」

彼らは俯く。中には涙を零す女性も。
これから話される物語がどのようなものであるのか、予想するには充分。

「そ、外では何ですし……。中でお話ししませんか?」

そう言って館の扉に当てたロージーくんの手を、眼鏡を掛けた50代ぐらいの男性監獄守が押さえる。

「──中は、駄目です……!内側から……フダが貼ってあって……!」
「……え?」

『内側からフダ』──“内側から”。
そういえば、魔法律家の姿がさっきから見えない。

魔監獄の当直として、最低二人はいるはずなのに。


「フン……。どういう事か話してみろ……!」





事件が起こるまでは、魔監獄には当直として二人の魔法律家がいたらしい。
今井裁判官と、藤原裁判官補佐。
眼鏡の監獄守──前田さんというらしい──は、事件の夜、二人にあるお願いをしたようだ。

牢があまりにも騒がしいから、様子を見て来て欲しいと。

牢の中の霊が暴れる事など日常茶飯事だし、いくら暴れたところで最強のフダで封印されている以上彼らは外に出る事は出来ないが、その日はいつも以上にうるさかったので、不安に駆られての頼み事だったらしい。
了承した二人は魔監獄へと下りていった。
きっとそこで最下層の牢のフダが破られ、中にいた霊──『顔剥ぎソフィー』がいなくなっている事が判明したのだろう。騒ぎの原因の霊だって、自分より強大な力を宿したソフィーの餌食になるのが恐ろしく牢の中でいつも以上に暴れていたのだろう。
そして恐らくビコに届いた第一報はその時のもの。最下層に設置してある緊急連絡用の電話を使って。
前田さんが魔監獄への出入口で待っていると、今井さんが血相を変えて帰って来た。一人だけで。不吉な予感がして訊ねてみれば、「藤原がやられた」との事……。
その後緊急内線を使い、館員は全員館外へ避難するよう指示。その時今井さんはビコに電話をしていたらしい。それが行方不明者が出たという第二報だろう。

そして、魔監獄から“何か”が出て来た。
見る者全てを戦慄させるような、
姿形は見えないが、
姿形が見えないからこそ、
人々を恐怖に陥れる、
強大で恐ろしいエネルギーを宿した、
“何か”が。
前田さんの話によると、黒いもやのようなものだったらしい。それだけでは抽象的すぎて恐怖も何もないが──。
きっと想像を絶するようなプレッシャー、そして理論では決して説明不可能な第六感が、その危険性を告げていた事だろう。もっとも、“彼女”の危険性を事前知識として予め知っていたから、というのもあるだろうが。

とにもかくにも“それ”はもう間近に迫って来ていた。今井さんはペンとフダを取り出し、三人の監獄守に早く扉まで行くよう急かした。監獄守達は走り、無事全員扉の外へ出る事が出来た。今度は扉の外から前田さんが今井さんを急かしたが、彼女は前田さんの目の前で扉を閉めたのだ。自分は扉の内側──すなわち館内に残ったまま。

「い、今井さん!?」
「内側から封をしたわ……!これで霊は外に出られない……。多分救援が来るまで二日程。私の力ではこの手しかないの……!前田さん後は頼ん──」


──それが、前田さんが彼女と交わした最後の会話だった。





「──きっと……彼女は私達の為に……!」
「そいつが貼ったフダってのはこいつの事か?」

ムヒョの声に、皆一斉にそちらを見る。話しながら感情が高ぶったのか、ぽろぽろと涙を零していた前田さんもだ。ムヒョはぼろぼろになったフダを片手に持っていた。そして彼の背後では、先程ロージーくんが開けかけた扉が、内側からフダが貼られていたという扉が、開いている。
ムヒョはフダを投げ捨てた。フダは呆気なく塵と化し、風に吹かれる。

「こんなフダで、魔監獄の最下層にいる霊の動きを封じられるとでも……?」

皆無言だった。

「……確かに、ね」

ふ、とあたしは息をついて口を開いた。

「ビコのフダが破れる程の霊だもん……」

“彼女”は。

「裁判官程度の力のフダなんて、効くはずがないだろーね」

今井さんと言えど。

「じゃあ一体……何の為に……!」

そう、フダが破れるというのなら、“彼女”は何故この狭い狭い館内にいつまでも残っているのか。
世界にはまだまだ沢山の人間──獲物が、“彼女”好みの顔が、あるというのに。

「おそらく霊を罰する力を持っている人間が来るのを待っていたんだ」

ビコがその疑問に答える。

だろうね。それしか考えられない。

「ヒッヒ、雑魚にゃ興味無ェってこった。オレ達みたいな奴をなぶり殺すのを楽しみにしてたんだろうよ……。此処で受けた、退屈の仕返しにナ……!」





「そっちはどーだ?」
「──何にも」

あれからあたし達は館内へと足を踏み入れ、内部を隈なく捜していた。もちろん、“彼女”をだ。


「事務室──」

異常無し。


「宿直室──」

何もいない。


「階段ホール……」

何も感じない。


「──これで館内は全部見たね」
「ていう事は……」
「そうね……」
「あそこしかねーか」


十数分後。底の深い暗い丸い穴を、あたし達は見下ろしていた。通路、所々に階段がその穴の側面に沿って存在している。まるで螺旋階段のように。そしてほぼ一定の間隔を置き、刑務所にある牢獄のような鉄製の扉がその通路に沿って存在している。

「──こ、此処が、魔監獄……」

ロージーくんの声からは、はっきりと恐怖を読み取る事が出来た。

「ボクのフダのせいで……」
「それは違うわ、ビコ。あなたの責任ではないわ……」

責任感の強い彼女だから。
余計、罪悪感にさいなまれるのだろう。

「ま。そーゆーお喋りは生きて帰ってからするんだナ……。この地獄からよ……!」





第13話:魔監獄 〜上陸〜(了)

舞雪/どり〜む/ふる〜つ村。


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