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第12話:魔監獄 〜出発〜



「大筋はわかったから、落ち着いて、ね?ムヒョ達にも頼むんでしょ?」

先程までぽろぽろと涙を零していたあたしの友人は、それをローブの裾で拭いこくんと頷いた。

早朝五時の事。あたしの友人──ビコは、突然魔法陣から現れた。今日はメンテナンスの日ではなかったのでは?と当然あたしは不思議に思い訊ねると、とんがり帽子に長いローブそしてマフラーをいつもの如く身にまとい大きな道具袋をいつもの如く背負っていた彼女は、その途端ぶわっとその大きな瞳から涙を溢れさせたのだ。「ボクの……せいで……!」としゃっくり上げながら呟いた声が辛うじて聞き取れた。何が起こったのかわからずおたおたしたが、その後、何とかして話を聞き出す事に成功した。
そして今に至る。

「じゃ、ムヒョ達んとこ行こ?そこで詳しい話聴くから」
「……ありがと、ユキ」
「このぐらいどーって事ないよ!友達だもんね。ほらっ、これ飲んで落ち着こ」

そう言ってあたしは先程ビコに出したココアを再度勧める。少しぬるくなっているかもしれないけど。

「泣き顔で行ったらムヒョに馬鹿にされちゃうしね」

そう言えばそれは嫌だとビコは少し笑い、ココアをぐっと飲んだ。
ココアを飲み終える頃には、彼女は大分落ち着いていた。それを見計らいあたしはすっと席を立ち、マントを羽織って、出張魔法陣シールを今しがたビコが現れた壁に貼り付けた(先程まで貼られていた魔法陣は、ビコが通った事によって消失したのだ)。そしてくるりと振り返る。

「じゃ、行こっ」
「……うん」





第12話:魔監獄 〜出発〜





ビコの後に続いて魔法陣でムヒョの事務所に入ると、ビコはムヒョと軽口を叩き合っていた。
それを見たあたしはほっと息をつく。

(……取りあえず、元気取り戻したかな)


「えっ、あっ、──ユキさんんんッ!?」
「あ。ロージーくんおはよう」

すぐ傍にロージーくんが立っていた。突然の二人の来客──あたしとビコに、ひどく驚いている様子だ。まあこの時間だから無理はないかもしれない。ムヒョもロージーくんも今しがた起きたような顔だし。パジャマだし。

「おっおはようございますっ!あの、どうして此処に……?それに、こちらの方は……?」

ロージーくんの疑問に、すかさずビコが名刺を差し出す。

「ボクは通称『魔具師のビコ』。本名は我孫子優。君の事はかねがね聞いてる。ムヒョとユキとはMLSの同期で古い仲だ」
「フン」
「うん、ま、そーゆー事」

ロージーくんは戸惑いながらも名刺を受け取る。

「は、はじめまして……。魔具っていうのは……?」

ちょうどその時魔法陣が音を立て始め、ロージーくんの注意はそちらに逸れた。

「あっ、魔法陣が消えちゃう──」

それを見たビコは道具袋の中に片手を突っ込み、ごそごそと何か探し始める。そして袋の中からある魔具を引っ張り出した。

「うわっ!」
「これは『出張魔法陣シール』。これを……」

す、とビコはシールを壁に近付ける。

「出来た……」

シールは壁にぺたりと貼り付き、魔法陣としての機能を持つようになった。それにロージーくんは「す、凄い!」と感嘆の声を漏らす。
あたしはよく魔法陣シールをぺたぺた貼って使っているから驚きものじゃなかったけど、ロージーくんにとっては新鮮な光景なのかもしれない……ってロージーくん、魔法陣は知っているのにシールとして貼れる『出張魔法陣シール』は知らなかったのかな?

「二千円」

わ、出たビコの商売根性。
手を出すビコに対し「誰も頼んでねーヨ」と彼女の脳天に魔法律書を食らわせるムヒョ。うわあ痛そう、とあたしは思ったが、ビコはそれに懲りる様子を全く見せず「後払いでもいいよ」と続ける。うん、やっぱりこの二人のコントは面白い。ビコって天然ボケかますからなあ。しかもムヒョは最強の突っ込み人だ。

「いらねえって言ってんだろ。──で、オメェとユキはオレの事務所に何の用だ?こんな朝っぱらから」

流石ムヒョは鋭い。まあ確かに魔具師は人前に滅多に姿は現さないしあたしだってマントを羽織っているという仕事着、そしてムヒョの言う通りまだ朝の早い時間。「ちょっと遊びに来た」なんて理由が通るはずない。
ビコはその問いに一拍置いて、

「ロージーくんの魔具のメンテナンスに来たんだよ」

とお茶を濁した。
ムヒョは納得いかないという表情だ。

「フン。確かに調子悪そうだがナ……」

ムヒョはちらりとロージーくんを見遣る。そのロージーくんは何やら向こうで『Let's Try 魔法律』という本を読み耽っている。
ビコはその背後にそっと立ち、彼に話し掛けた。

「……。ボクの作ったペンの調子が悪いようだね、ロージーくん」
「!」

みてあげるから持ってきて、とビコに言われたロージーくんは自分の部屋(ドアには『ロージーのおへや』という可愛らしいプレートが掛かっている)へと帰った。ムヒョも「着替えてくる」とあたし達に言い置いて何処かへ行ってしまった。

十数分後、ソファーにはきちんと仕事着に着替えたムヒョとロージーくん、そしてその向かいにはあたしとビコが座っていた。

「ていうか絶対僕の力不足だと思うんですが……」

ビコは、頭を掻くロージーくんからペンを受け取った。

「いいよ……。──最近、ボクが作った魔具にクレームが来たんだ……」

──本人は何気なく言ったつもりだったのだろうが、その台詞には明らかに“何か”が含まれていた。事情をあらかじめ知っているあたしはもちろんの事、鋭いムヒョもその真意に気付いていた。
彼は手を組みいつもと変わらぬ笑みを浮かべながら、ゆっくりと口を開いた。

「オイ、ビコ。そろそろ本題を言わねェか。“魔具師”が動くと“不吉”が動くってな。そう相場が決まってんだヨ」

空気が張り詰める。
ビコは、ことり…とロージーくんのペンを静かに机に置いた。

「やっぱりムヒョには隠せないな」

そう言って。


「実は二人に──ボクとユキと共に、『魔監獄』に来て欲しい」


窓の外の木々がざわめく。だがそれも水を打ったように静まり返る事務所の中の者達にとっては、何処か遠い国の出来事のように感じられるのだった。

「──ま、魔監獄……?」

最初に口を開いたのはロージーくんだった。聞いた事のない単語に困惑している様子だ。次いでムヒョがいつもの彼特有の笑いを漏らす。

「正確に言うと、『第18魔監獄』だけど。強力な霊達が幽閉されている牢獄の城、ってとこかな……」

するとムヒョはロージーくんを横目で見た。

「オメェの様な下っ端は魔監獄を知らんでも無理は無ェ。魔法律界のトップシークレット──つまりは汚点だからナ……」

そう言ってケケケ、と笑うムヒョ。ロージーくんは彼の言葉にはっとする。

「そ、そうか……!執行人が不足してるんだ……!」

彼の言葉にビコは無言で頷いた。

「ムヒョやユキさんの様に直接霊を処理できる人間の数と霊の数じゃもの凄い差が開いてるって、確か本に……」
「──そこで魔法律の四大刑法、『地獄送り』『浄土行き』『和解』……最後の手段として、一時的なフダによる『封印』があるのだけれど──」

そこでビコは俯く。

「ボクのフダが使われている第18魔監獄で最近……事件が起きた様なのだ……」
「……!?」
「──第一報は、『最下層の牢の封印が破られた』という職員からの電話だった。耳を疑った。最下層といえば危険度がAクラスの霊がいる。封印を確実なものにする為に、ボクが作れる最強のフダを作ったつもりだった。破られるはずが……と思っていた矢先、……っ」

ビコは声を詰まらせる。それを見たあたしは後を続けた。

「行方不明者が、……出たの。それがビコに届いた第二報」

さぞかし辛かったろう──ビコは責任感のある、優秀な魔具師だから。

ビコは再び口を開いたが、今にも泣きそうな声だった。

「──詳細の聞けぬまま電話が切れ、その後何度も連絡を取ろうとしたが繋がらず」

拳をぐっ…と握り締めるビコに心が痛む。

「今ごろ向こうは……!」
「ビコ……」
「……。オメェの所為だと思ってるのか?」

ムヒョの問いにビコは頷く。一滴の雫が彼女の膝の上に落ちた。

「一緒に行って調べてほしいと……?」

また頷く。

「面倒だ、行かねェ」

いっそ清々しい程の拒絶。
だがムヒョはその後すぐに続ける。

「──と言いたいところだが……断ったら寝付きが悪そうだ。行ってやるヨ」
「ほんとかっ!?」

ビコはばっと勢い良く顔を上げた。ロージーくんとあたしはほっと安堵の溜息を漏らす。

「良かったあ、断っちゃうかと思った……!」
「断らないと思ってただけに心臓に悪いよムヒョ……もー」
「ただし一個貸しナ」

にやりと笑ってビコに指を突き付けるムヒョだが。

「こ、この道具袋は貸さんぞっ!」

ビコは慌てて道具袋にしがみついた。

「誰がそんな汚ねェ袋借りるか」
「(ビコには『貸し』が通用しないみたい)……どんまい、ムヒョ」
「……今度同じ手段使って逃げようなんて考えんじゃねェゾ、ユキ」

あ、ばれてたか。


「魔監獄って何か怖そうだけど……」

ロージーくんはやる気オーラを滲ませ、すくっと立ち上がった。

「僕も力の限り頑張ります、ビコさん!」
「君は役に立たなそうだけど気持ちは嬉しいぞっ!」
「うっ!あ……あははは……」

ロージーくんはショックを受けたっぽい。
ビコに悪気はないんだけどね……。

涙目のロージーくんは「ムヒョよりきついや」と呟きながら、地図を取り出した。

「ところでムヒョ、魔監獄って何処にあるの……?」
「此処らへんだ」

ムヒョが示した場所は、海の真ん中。

「へ?ちょっと待って……此処……?」

予想通り、ロージーくんは困惑している。

「ケッ。トップシークレットだと言ったろ?」

ムヒョはマントを羽織り言い放った。

「魔監獄は地図に載ってない島にあるの」
「地図はボクの頭の中」
「……へ?」

まだぽかんとした表情のロージーくんに、ムヒョは「いいからとっとと用意しろ」と容赦ない台詞を振り掛けた。


ロージーくんは知らない。
第18魔監獄最下層危険度Aクラスの霊を。

無邪気で残酷な少女の霊──
『顔剥ぎソフィー』を。





第12話:魔監獄 〜出発〜(了)

舞雪/どり〜む/ふる〜つ村。


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