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第10話:ヨイチの失敗





第10話:ヨイチの失敗





「……ん、ぅ……」

小さく漏れた彼女の声に、オレは「おっ」と声を上げぱっとそちらを見た。

お姫様のお目覚めだ。

協会でのエンチューの襲撃、彼女の怪我、ムヒョの魔列車……。そしてその後、安心のせいか怪我のせいかもしくは魔法律を使ったせいか(実際に見てはいないが予想は付く)、彼女──ユキは気を失ったように深い眠りに落ちた。あれから三日経つ。彼女が煉を消費したとなれば、三日間ずっと眠り込むのは不思議ではないが、それでもオレはずっと不安だった。彼女の怪我がオレの不安感をますます煽った。
だから彼女が起きるのを、オレは誰よりも何よりも待ち焦がれていた。

彼女がその身を沈ませているベッドを覗き込むと、そこにはいかにも眠そうな、とろんとした表情が。

「よっ!起きたか!」
「……よいち……?」

口調までとろんとしている。
オレは思わず顔を緩ませた。あ、いや、もちろん不純な理由からじゃなくて安心感からだ。

「……ここ、どこ……?」
「どこって……ユキの事務所だけど」
「ふぇ!?」

……まあ寝起き頭に驚くような事をインプットさせたらそういう声が出てもおかしくないけど、いやあ……やっぱユキが起きるまで三日間待ってて正解だったなっと。ま、ユキの寝顔見るだけでも飽きなかったけどな♪

「じゃ、リョウくんは!?ムヒョ達は……」
「あのチビッコならちゃんと送り届けたぜ。よくわかんねーけど取りあえず無事だ。ムヒョ達も無事に帰ったよ」
「そう……」

少し置いて。

「……ありがと、ヨイチ」
「い、いいっていいって!」

オレは少し照れ笑いをした。こういうとこ可愛いんだよなあ……いや、全部可愛いんだけどさ。
それから改めて部屋を見回した。
簡素な部屋。
女の子の部屋なんだから可愛いぬいぐるみとかもっと置いてても良いのになあって思ったけど、口には出さなかった。
部屋は主の性格、心情を映すという。
この淋しげで物足りない部屋は、ユキの心の中を反映しているようだ。
何だか少し悲しくなって、オレは視線をユキに戻した。

「……で、一体何があったんだ?」
「え?何がって……?」
「だからほら、ユキが血塗れでいたわけ……」
「あー……」

ユキはほんの少しだけ、苦しげな表情を見せた。ともすれば見逃してしまいそうな。彼女をこれ以上苦しませたくない──だけどオレは、聴かなくちゃいけない。調査部の一員として。
オレは少し息を吸って、何て事ないように言った。

「エンチュー絡みだろ?」
「…………」

きっと、彼女は全てわかっているのかもしれないけど。オレはムヒョみたいに感情を上手く隠せねえ。そして彼女は他人の感情を察するのが得意だ(悲しい事に、恋愛感情は例外だが)。

「話して、くれねえかな」

ユキは話し始めた。
オレと手分けしてロージーを捜しに行った後エンチューと出会った事や、あのリョウっていうチビッコがエンチューの放つ悪霊に殺されそうになった事。オレは、エンチューがあのチビッコを執拗に狙ってるという事に驚きを覚えた。
最後にユキは、魔法律書を手に持ってないのに発動した事を話した。

「うーん……。それは異例だな……聞いた事ねえよ」
「でも、その代わり?に、特例法だけで煉結構持っていかれたんだよ……」
「へー……」

オレはユキをまじまじと見つめた。
潜在能力……天才、って言うの?
そういやユキは、MLSに入学した当初から既に“天才”って肩書きがあった。父親が執行人、母親が裁判官。“瑞花”──魔法律界においてその姓を知らない者はいない。幼少時代から両親の魔法律教育を受けていたから、三歳で初めてフダが使えるようになった、って噂があったっけ……あくまで噂だけど、それが本当だったら凄えよな。しかもユキならそれがもし本当だとしても不思議じゃねえんだから、それがまた凄えんだよなー……。
とにかくユキは“天才”だった。入学試験を断トツのトップで合格し、本来ならオレの一つ下の学年で入学のはずだったけど、特別に一つ上の──オレ達と同じ学年として、入学してきた。
だけど、少しも自分の力を自慢しない。
逆に、持てはやされるのを好まない。
だから、ユキは明るくて楽しい子だったけど、魔法律の授業においてはかなり控え目だった。

──明るくて楽しい子──

そう、あの日までは凄く明るくて、笑顔の絶えない子だった。
あの日──ユキの両親が殺され、その上弟までも殺された日。
あの日以来、ユキの笑顔をあまり見なくなってしまった。たまに笑顔を見たと思ったら、その笑顔は何処か淋しげ。心からの笑顔は、全く見れなくなってしまった。

そしてその原因は──

オレは拳をぎゅっと握りしめた。

「……ヨイチ?」

……だけどユキはちっともあいつを恨んでいないんだよな。代わりに自分を──

「ヨイチ!」
「おわっ!?」

オレはユキの声で現実に引き戻された。

「な、何だ?」
「……いや……何かぼーっとしてたから」
「心配してくれたのか?」
「ばっ…か違うって」
「そんな照れた顔しなくてもいいって♪」
「照れてない!眼医者行け眼医者っ!」

ユキはぷいと顔を背けた。
かーわいーいなーあ……!

「……ていうか、ヨイチいつまでいるつもり?」
「ん?そーだなあ……」

一生、って言いたいところだったけど、これ以上ユキを怒らせたら言葉と魔法律書で殴られるかもだから止めた。
代わりにオレは時計を見る。

18:34。

「……そだなー、今日はもう遅いからユキん家に泊めてもらおっか♪」
「?……」
「ん?どうした?」
「……いや、六時半ってヨイチにとって遅いのかなあって」

突っ込むとこそこ!?
いや、いいんだけどさオレはユキん家泊まれたらっ!

「六時半は遅いとは言わないからさっさとお帰りー」
「えーでも暗い夜道は危ねえんだよ」
「まだ外真っ暗じゃないからさっさとお帰りー」
「真っ暗だぜ?ほら」

今日が冬で良かった。カーテンを開けて外を見せると、ユキは「むぅ」と黙った。
勝ったか?いやいやまだ油断は禁物。ここは更に追い討ちをかけて……!

「それにユキまだ疲れてんだろ?メシ作ってやるからさ」

たっぷり60秒。1分後。

「……しょーがないなあ……」

ぃよっしゃぁぁああ!!
ユキん家初のお泊まり!!!

心の中で勝利の雄叫びとガッツポーズを決めていると、「んじゃお腹空いたから早速ご飯宜しく」とユキは言った。

「早ぇよ……もっとさあ、いちゃつ」
「やだ。お腹空いたもん」
「うーっ……」
「あのね、あたしヨイチと違って三日間何も食べてないんだよ?」
「わ、わかったよ!」

どうやら今回はオレの負けらしい。

それにしても、メシかあ……。インスタントとかレトルトとかなら自信あるけどなあ……。

「言っとくけど、インスタント食品で済まそーなんて思っちゃだめだよ」
「はがっ!?ユキ今の読心術!?」

本気で驚くとユキはちょっと呆れたような表情をした。「だって、ほら」と彼女が指したその先には、オレが今日の昼食べたインスタントラーメンの残骸。

「洗いものもちゃーんと、してね」
「……あいよー」

誰かに恨みをぶつけてるようなこき使い様だ。そう、まるでユキが以前誰かにこき使われた恨みを晴らしているかのような……いや、それはないかな。ユキをこき使おうという思考回路をしている人物なんてそもそも存在しないのではないか。いるとしたらムヒョぐらいだ。
まあ、こんな事ぐらい、今夜泊まれる事を考えればどうって事ない。

「──なあ、ところでこの事務所に泊まった事ある人って今までにいる?」

オレの質問にユキは少し考えて、

「依頼人ならいたけど……でも、仕事じゃなくてプライベートで泊める人はヨイチが初めてだよ」
「うおお、マジっ!?オレ凄ぇー!」
「……。それにプライベートでお泊りする程仲が良くてかつこの事務所に来る人はビコぐらいだし」

と答えた。
それもそうだった。彼女はあの事件以来極力旧友に会うまいとしていたし、事務所を開いてからも依頼以外電話もしてくるなと言った程だ。何故彼女がそんな行動をとったのかはわからないが、何となくわかるような気がしないでもない……。

「ねえ、ヨイチお腹空いたー」

ああそうだ悪ィとオレは冷蔵庫を開けた。卵が目に入った。うーん、しょうがないから炒り卵でも作ってみようかな。簡単そうだし……って口に出したら手抜きするなと怒られそうだから言わない。
フライパンに油を敷いて卵を入れて適当に混ぜる。本当に簡単で、すぐに出来上がった。
じゃあこれに……。
冷蔵庫の野菜室を開ける。レタス発見。添えよう。
小さな皿に盛られた黄と緑を見て、オレは考え込んだ。
んー、いまいち何か物足りない……。
ってあ!いけね!メシ炊いてない!

慌てて米を探し始めたが、良いアイディアが思い浮かんだ為それを中断した。

そうだ、サンドイッチを作ろう。メシの代わりにパンを使えばそれで済むし。しかもオレの好物だし。作った炒り卵とレタスをパンに挟めば出来上がりじゃん!
自分の頭の良さに感嘆しながらオレはサンドイッチを作り上げた。

「よしっ!ユキ出来たぜ!」

返事が無い。

「……おーい、ユキ?」

そっとベッドに近付く。ユキはまた眠っていた。

「……また寝てんのかよ……」

半分呆れながらもオレはユキの寝顔をじーっと見つめていた。
この三日間毎日見ていた顔。それでも飽きるはずがなく、時間が経つのも忘れて彼女の寝顔に魅入っていたオレ。

(やっぱ……可愛い、な……)

『可愛い』なんて言葉で表せられない程本当に可愛い。単に顔が可愛いだけじゃなくて、雰囲気というか……ユキには何処か人を惹き付ける力があった。
守りたい、って思った。
こいつが傷付くところなんてもう見たくない。寝顔は昔と変わらないのに。どうして笑顔は昔と変わってしまったんだよ。昔みたいに、また明るく笑ってくれよ。なあユキ。

気付いたらオレは、互いの鼻がくっつきそうなくらい顔を近付けていた。

(やべ……)

すんげーどきどきしてきた。
寝てる間に……キス、したら、ユキ怒るだろうな……。
気付かれなきゃ大丈夫かな……。
でもその反面、気付いて欲しい……かも。
もしも気付いたらユキはどんな反応をするのだろうか?
やっぱ顔、赤くしたりするのかな。
照れ隠しに怒ったり。
それともユキの事だから状況が飲み込めず──ってやつかもしれない。
ああ、そうやって色々考えているうちにもオレとユキとの距離は五センチ、四センチ、三センチ、二センチ、一センチそして──


ぱちっ

「…………」
「…………」

ユキの大きなブラウンの瞳いっぱいに、目を見開いたオレの顔が映っていた。きっとオレの瞳にも同じようにユキの顔がドアップで映っているに違いない。
それが今度はたっぷり100秒間。

「……お、」

最初にやっと声を発したのはオレだった。
だがそれがスイッチとなって、オレが何事も無かったかのように言おうとした「おはよう」という言葉よりも素早く、ユキの小さな拳がオレの頬にめり込んだ。

「ぐぶぶっ!」

力はそんなにないはずなのにユキの拳はいつも痛い。拳が小さい為余計に圧力がかかるからだろうか、何て事を思っていると彼女は魔法律書を取り出した。てっきりそれをオレに投げ付けるのかと思っていたが驚いた事に彼女はページを開いたのだ。

「魔法律第999条」
「わー!待った待った出て行くから!今すぐ!!」

地獄の使者だけは勘弁してくれ!
オレは慌ててユキの事務所を飛び出した。

で、でもそんなに怒らなくても良かったのによ……!未遂とは言えまだキスしてなかったんだし!

──結局。
真っ暗な夜道を一人とぼとぼと帰る羽目になった、オレでした……。





一方。

(あーびっくりした……!ヨイチは人を驚かせるのが好きなのかな?悪霊かと思ったじゃんあんなに顔近付けて……ほんっと悪趣味なやつ!)

もくもくとサンドイッチを頬張りながらそんな事を思っていたユキだった。

(……ていうかヨイチ、洗いものせずに逃げてったし……!自分が食べたカップラーメンの容器ぐらい洗ってよもー!)





第10話:ヨイチの失敗(了)

舞雪/どり〜む/ふる〜つ村。


あきゅろす。
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