第9話:魔法律協会 〜勝利〜
第9話:魔法律協会 〜勝利〜
エンチューが消えたと同時に、あたしの手首の金縛りが解けた。まだ少し痺れてはいるが。
それよりも──
念の為リョウくんの脈を取る。エンチューの言った通り彼は生きていた。しかしまだ死んだ様に眠ってる。
あたしはリョウくんを背負った。ちょっとふらついたけどすぐに体勢を立て直して駆け出した。
(ムヒョ……!)
今、エンチューは何処にいるのだろう。
もうムヒョと会ったのだろうか?
もう攻撃を始めてるのだろうか?
不安が胸に突き刺さる。
自分でも情けないと思う程、あたしはふらふらしながら走り続けた。
──煉、沢山持っていかれた……血も、ちょっと出過ぎたかな……。
だけどあたしは足を止める事なく走り続ける。
いつもより視界が狭い気がする。虚ろな目をしているのかもしれない。
「こっ!これはユキ執行人!」
顔を上げると、出っ歯の老人。昇級試験の説明をしていたあの老説明員だった。
「どうなされたのですか!?血だらけではありませんか!」
ラッキーと思いつつあたしはその説明員の腕にリョウくんを押し付けた。
「……!?」
「その子お願い!多分霊催眠か何かに掛かってるけどもうすぐ起きると思う……!」
「ユキ執行人!?」
説明員が何か言っていたけど、あたしはもう駆け出していた。
速く、速く!
コンディションが最悪なせいか、いつもの半分以上の速さが出ない。それが酷くもどかしくて苛々する。
ぐっ、と拳に力を込め唇をきつく噛んだ、その時。
『キャァアアァアアァアア……!!』
耳をつんざくような悲鳴にあたしは思わず歯を食いしばりよろめいた。いや違う。悲鳴、ではない。こんな悲鳴を出せる喉の構造をしている人間がいては堪らない。
「う、あ……っ!!」
あまりの酷い音に頭が割れそうだ。あたしは両耳を出来る限り押さえ、霞む目で辺りを見回した。
間違いなく、この声は怨霊。近くにいるはずだがその姿は確認されない。
あたしは耳を塞いだまま走り、角を曲がった。
見付けた。二体いる。
『キャァアァァア……!!』
『キャアァァアアァアァアア!!』
「いっ……くうう……っ!!」
あたしは膝を付いた。体力的に限界の時に怨霊の声なんて聞いてしまったら、一溜まりもない。
頭が痛い、吐きそう……!
「う、ぅあっ、あああっ……!!」
──少し冷静に考えれば『銀の鎧』を発動すれば良いとわかるのに、今のあたしにはそんな余裕が全くなかった。何も考えられない。ただ苦しむ事しか出来なかった。
がんがんと霊の声が脳内に響き渡る。気を失いかけたその瞬間、ぷつりと霊の声が途絶えた。何が起こったのだろう。あたしは気を失ったのだろうか。それとも死……?一体どっちだろうと使いものにならなくなったあたしの思考回路はぼんやりとそんな感じの事を思っていた。
「ユキ!」
声が聞こえる。誰の?何処から?
「おいユキ!大丈夫か!」
「……ぅ」
返事しなきゃ、と思って小さく声を出してみたら、本当に声が出た。夢、じゃない……?あたしの喉は喉としての機能を果たした。つまりあたしは意識がある。
「ユキ!起きてるのか!?」
「……ぅ」
取りあえず返事。混乱する頭。怨霊、は?
目を開けてみた。視界いっぱいにヨイチの顔。
「どうしたんだ、ボロボロじゃねえか!」
「……ヨイ、チ……」
彼はぎゅっとあたしの両肩を掴んだ。しかし何故かすぐに手を離し、自分の手をじっと見つめた。
……あ、そういえば血……。肩、やられたんだった。ヨイチの手、汚しちゃったかな……。
ヨイチは何を思ったのかびりびりと自分の服を破いていく。疑問に思いながらそれをぼんやり見ていると、彼はその破いた服をあたしの肩に巻いてぎゅっと縛った。どうやら止血してくれたらしい。
「よしっと。これでオッケー……か?」
未だ心配顔の彼。
「……大丈夫、だよ。……ありが、と」
ヨイチに「ありがとう」って言うのは何だか変な感じがする。昔から何か彼に礼を言う度そんな感じがしていた。くすぐったいような、恥ずかしいような、悔しいような。エンチューやビコ等には普通に言えたのに何でだろう。だから少し、彼に礼を言うのは苦手だ。慣れないから。彼もあたしに礼を言われるのは慣れてないのか、その度に「あ、ああ……」って感じにどもる。そして顔も少し赤くするのは、やはりそういうのに慣れていないからかな。
今回も彼は同じような反応を示した。MLSの時からやっぱり変わっていないなあと頭の片隅で思っていると、怨霊が目に入った。『魔縛りの術』で地面に折り重なっている、先程の二体の怨霊だ。そうか、ヨイチが黙らせたんだ。
きっとこれらの怨霊はエンチューが放ったもの。そこで当初の目的を思い出し、あたしはふらふらと立ち上がった。
「ヨイチ、ムヒョ……エンチューが……」
ヨイチはそれだけであたしの言いたい事を理解出来たらしい。いや怨霊が現れた時から既にわかっていたのかもしれないけど。
「ムヒョの所には、今ロージーが向かってる。オレらも早く行かねえとな……」
そういったヨイチは、あたしをひょいっと抱え上げた。
「え、わわっ……?」
「はははっ。ユキやっぱ軽ィなー」
ヨイチはもう既に駆け出していた。
「お、降ろし、てえっ」
やっぱりヨイチは速い。MLSの時、体育の授業でいつも一番だったような気が。
「降ろしてもユキ、今の状態じゃあ真っ直ぐ走る事すら出来ねえだろ?」
「う、で、でも、せめてもっと、安定な」
「いーじゃん、お姫様抱っこ!」
「あたし、お姫様じゃ、ない、っ」
「ユキはオレにとってのお姫様だから♪」
「……やっぱ訳、わかんない、ヨイチは」
揺れる揺れる。これ以上終わりのない会話のキャッチボールを続けていれば吐くかもしれなかったのでもう止めようと思った。
「……ねえ」
だけどあと一つだけ。
「……ムヒョ、きっと無事、だよね……」
確認するように。
「……ああ。あいつはこんな事ぐらいで死ぬようなやわな奴じゃねえ」
そうだよね、とあたしはヨイチの言葉に少し安堵する。
それからしばらくの間、あたし達は無言でムヒョ達の宿泊所へ向かって駆けていた(正確には駆けていたのはヨイチだけだったが)。
(……あれ?)
何処か遠くから音が聞こえる気がする。
あたしは顔を上げた。
「どうした?ユキ……」
ヨイチも途中で気付いたのか口を閉じ、足を止めた。そしてあたし同様、空を見上げる。
やはり聞こえる。遠くからこっちに向かって。かなり速いスピードで。
ガガガガガ……
「……!ヨイチ、この振動音って……!」
「へへっ、よくやったぞロージー……!」
あたし達は空を見上げる。
ドン!という音に続き、巨大な黒光りする列車が勢い良く天に昇っていった。
「ムヒョの魔列車……!」
つまりムヒョは無事、という事だ。
「エンチューとの今回の対決は──ムヒョの勝ちだな」
協会の上空を飛び回る魔列車。それから出る無数の『魔車掌の手』は次々と街中に浮遊する怨霊を引っ掴み、列車の中へ引きずり込んでいく。それをあたし達はしばらくの間無言で眺めていた。
「……今回は、な……」
不意にヨイチは呟く。
「どうせまた来んだろ。エンチューよ……!」
そう、これはほんの序章。
「そうだね……」
これからも彼は幾度となくあたし達の前に現れ、攻撃を仕掛けてくるだろう。その度にあたし達は絶望に突き落とされるかもしれない。特にあたしは弱いから容易く落ちるかもしれない。
「でも、」
だけど、突き落とされても何度でもはい上がってやるよ。諦めないから。
彼に纏っている闇を払い、
憎しみの仮面を外させて、
温かい光の中へ連れ戻し、
「最後には、」
最終的には、
本当の“勝利”を
手に入れようじゃないか。
「あたし達が勝とうね」
ヨイチはにっと笑って「もちろんだ」と答えた。
第9話:魔法律協会 〜勝利〜(了)
舞雪/どり〜む/ふる〜つ村。
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