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第6話:魔法律協会 〜到着〜





第6話:魔法律協会 〜到着〜





「……あたし、電話掛けないでって言ったじゃん」

受話器を耳に、むすっとした雰囲気でそう言い放つのはあたし。すかさず受話器の向こうから反論の声が上がる。

『しょーがねえじゃん!早急に返事を要する、協会からの依頼なんだからよー』

魔法律の総本山、魔法律協会……か。

「……じゃあしょうがないね」
『にしても、やっとオレ達まともに会話出来るようになったなあー……!離れて初めて相手の大切さを実感する、とかよく言うじゃん?まあオレはユキと離れてなくてもユキの大切さはよおく知っていたけどなっ!むしろ初めて出会った時から──』
「お喋りする為に電話かけて来たんだったら、切るよ?」
『……久々だってのに、何か冷たくない?ねえ?』
「切るよ」
『わーストップストップ!本題行くから本題!』

電話の相手──ヨイチも相変わらずだ。むしろ変わって欲しかったかもしれない。
MLSの同期生、火向洋一からあたしの事務所に電話がかかってきたのはつい先程の事。そして今、ヨイチは本題に入った。どうやら今度協会で昇級試験があるのだが、試験監督者の一人が病気で倒れて来れないらしい。そして代理として選ばれたのが、あたしだと言う事だ。

「え、それが協会からの依頼?」
『まあ協会っていうか昇級試験の取締委員会っていうか』
「スケールが全く違うんだけど」
『まあそれは良いとして、』

良くない。

『どーにか代理人になってくんねえかなあ』
「勝手に決めたくせに今更……。でも何であたしなの?代わりならいっぱいいるはずじゃん」
『いないんだよなーそれが。残念!』

……何処かしらわざとらしい物言いに聞こえるんだけど……。

「じゃー……ムヒョは?」
『あいつの助手、試験受けるらしいぜ。ほら、あれって事務所の執行人同伴だろ?だからムヒョは無理だと思うな』

ロージーくん、試験受けるんだ。

「そういや試験はいつ?」
『明日』
「あした、って!」

思わず叫んでしまった。

『だから頼むよ〜ユキ〜!』
「そんな事言われても……急すぎ」
『だって監督者が倒れたのが急だったし』

あたしは溜息をついた。

なるべくなら協会に行きたくない。特に人の多いところは。試験会場はまさにその条件にぴったりじゃないか。
そこで、ふとエンチューの言葉を思い出した。

「でも、その様子だと今日まで何も聞かされていなかったみたいだね。調査部のヨイチとかに」

「ヨイチ……」

気付けば彼の名を呟いていた。
あたしの心中など全く知る由の無い彼自身は、『ん?何だ?』と返した。少しばかり嬉しさの滲む声に聞こえたのは気のせいだろうか。

彼は知っている。あたしの家族を殺した悪霊は、エンチューの仕向けたものだと。知っていたが、あえてあたしには教えなかった。彼なりの優しさだ。わかっているけどやっぱり、何で早く教えてくれなかったのかという不満は残る。それを彼にぶつけるなんて幼稚な事はもうしないけど。
“弱い”と思われたのが嫌だった。確かに“あの時”のあたしは恥ずかしいぐらいすごく弱くてちっぽけな人間だった。でも、今のあたしは少なくとも“あの時”ほど弱くない。事実を聞いたからと言ってあたしが“あの時”と同じように──

『ユキ?』

現実に引き戻された。

『引き受けてくれるよな?』

『よな?』って……まあいいや。あたしの心は決まった。

「引き受けるよ」

そう言うと、ヨイチは本当に嬉しそうな声を上げた。

『まじ!?サンキュー、助かったぜー!これで念願の再会が……!』
「え?ごめ、何か言った?」
『あーっと、何でもねえ何でもねえ!』

妙に焦っている気がする。
ま、いいや。

「あのさ、あとそっち着いて直接訊きたい事あるんだけど」

ヨイチが自身の目を丸くする様子が、あたしの目に浮かぶようだ。

『訊きたい事?直接──って、電話じゃ駄目なのか?』
「うん」

あたしの家族の死に、エンチューは本当に絡んでいるのか。決定的な証拠を見るまでは何だか納得がいかないような気がした。
……あたしって、諦め悪いんだな。

『まあいいけど。オレも色々ユキと直接会って話したかったしなっ!』

ヨイチは笑って言った。『訊きたい事』に対する答えが笑いながら言えるものではないという事を、露程も知らずに。

『じゃあ明日の朝八時、出張所のところで落ち合おうぜ。ちょうどその時間にムヒョ達とも約束してるし』
「うんわかった」

じゃ、と短く挨拶してあたしは電話を切った。

エンチュー、ムヒョ、そしてヨイチ。ビコはともかく、本っ当に、最近は旧友と会いまくりだな。





翌日。
支度をしてると、いきなり事務所のドアが開いた。リョウくんだ。

「おはよーユキおねえちゃん!」
「あ、おはよっリョウくん。今日はほんとにお早いねー」

だってまだ、朝の7時42分。

「なんかね、きょうははやくおねえちゃんにあいたかったの!あ、おねえちゃんもしかして、いまからおしごといくの?」

マントを羽織っているあたしを見て、リョウくんはそう訊ねた。この歳にしては上出来な観察力と言えるかな。
リョウくんの問いに頷くと、「ぼくもつれてってー!」とねだられた。

「あ、でも今日はね、霊退治じゃなくて『魔法律協会』ってとこに行く予定なの」
「それって、どんなとこ?」
「うーん……」

10秒の後、あたしは「面白い場所」とだけ答えた。リョウくんなど一般人(特に子供)にとっては、協会は『面白い』と表現するに相応しい場所だろう。あたしはあまり好きじゃないけど。
『面白い場所』と聞いたリョウくんは目を輝かせた。

「ほんと!?いきたいいきたいー!」

うーん、どうしよっかな。まあ霊を裁く仕事場に連れて行くよりも協会の方が安全だろうからそれは良い。でも傍に置けない時が出てくる。んー、ヨイチとの対談はヘビーなものになりそうだから、その時はムヒョ……いや止めた、ロージーくんに預けるとして、試験監督の時はヨイチ辺りに預けるとしよっかな。仕事とか入ってて無理だったら最終手段としてムヒョで。嫌と言っても押し付けてやる。よし決めた。

「じゃ、今から連れてってあげるね」
「わーい!」

あたしは出張魔法陣シールを棚から取り出し、壁に張り付けた。するとすぐにそのシールは魔法律協会への入口となった。

「この中に入るだけで、協会に行けるんだよ」

『これを通り抜けるだけで』の方が正しい表現だったかな。どちらにしても、あたしの言わんとする事は同じだ。そしてリョウくんにそれが伝われば良いのだ。
伝わった。リョウくんは無邪気に驚き、感動し、未知なるものの存在──それは魔法陣か、その先に在る協会か、いやあるいは両方かもしれない──にはしゃいでいた。

「じゃ、行こっか」
「うんっ!」

そしてあたし達は魔法陣を抜け、協会へと足を踏み入れたのだ。





最初に視界に入ったのは一面の白だった。確かにこの冬という季節、そして此処が山中であるという事を考慮すればそれは全くおかしくはない。むしろこの季節でそして此処で、端的に言えばこの身も凍るような寒さの中、降って来るのが雪ではなく雨である、という方がよっぽどおかしい。しかしあたしはその“異常気象”を一度だけ体験している。願わくばもう二度と体験したくはない。……まあ、“あの時”の天気が雪だったらもしかしたらあたしは雪が嫌いになっていたかもしれない。しかしそうでは無かったので雪は昔から大好き、のままだ。代わりに雨はあまり好きではなくなったが。単純だと、自分でもそう思う。でもやはり雨の日はいつにも増して“あの時”の事が思い出されるから、嫌いだ。
それはさておき、あたしとリョウくんは魔法律協会の地に降り立った。正確に言えば魔法律協会前かもしれないが。そこには、もう十分積もっているというのにも構わず白雪が舞い続けている。一生懸命。積もっても積もっても積もってもいくら積もっても、足りない。何故なら自分は儚いから。すぐに溶けて無くなってしまうから。どうせ春には溶けてしまうのはわかっている。だけど、そんな事わかっていても、やっぱり目の前の“生”に一生懸命になってしまう。それだから綺麗に見えるのかな。

雪は、儚くて、綺麗。

そんな事を思いながら大好きな雪に見惚れていた。そのせいで彼の存在を察知する事が出来なかった。

「ユキ〜〜〜〜ッ!!」

ばふっ。

「……つ、」

冷たっ……!

今の状態を説明すると、あたしは雪のカーペットの上に仰向けで寝転がっている。もちろん自ら好きで寝転がったのではない。そしてその上にはあたしを寝転がした張本人が。彼もまさか抱き着くだけであたしが倒れるとは思っていなかったらしく一瞬驚いた顔、しかしすぐに元のへらへらした表情を取り戻した。

「会いたかったぜ、ユキ!」

とうとう会ってしまったよ……ヨイチ君。

「とりあえず、上から退いて」
「い・や♪」

いやいやいや。
するとヨイチが急に視界から消えた。代わりに二本の腕が、あたしの視界の右から入ってきていた。

「おねえちゃんを、いじめるなっ!」

どうやらリョウくん、ヨイチを突き飛ばそうとしたらしい。だが体格差の問題でヨイチは突き飛ばされずバランスを崩し、あたしから見て左にどさっと倒れただった。だが倒れたそこは、雪の絨毯。

「つつつっ、冷てえーっ!」

頬から入ったもんね。あたしは背中からで着衣越しだったから冷気が伝わっただけでまだ良かったけど。
何はともあれ、あたしは起き上がる事が出来た。そして髪についた雪をふるふると振り落とす。べた雪ではなかった。
……うーん、あたしのヨイチに対する反射神経は、二年経てばやはり鈍るようだ。

「おねえちゃん、あのひとだれ?」
「おともだち」

そう返してもリョウくんのヨイチに対する警戒心は解けなかった。当たり前と言えば当たり前かもしれない。何しろ数ヶ月前、あたしの『おともだち』に殺されそうになったんだから。

「大丈夫、ヨイチはリョウくんの事いじめたりしないから」
「ほんと?」
「ほんとほんと」
「でもさっき、ユキおねえちゃんをいじめた」
「んー、あれはいじめたんじゃなくて……ま、ヨイチなりの挨拶っていうか」
「そうなの?」
「うーん、まあ」

まさかあたしがヨイチを弁護する日が来るなんて。

「違え!愛情表現だ!」
「……やっぱいじめ」
「あだっ!おわわわわっすみませんすみません挨拶です!」

ぽかすかとリョウくんに殴られるヨイチ。意外と痛いのかもしれない。

「ていうか……何だよこの子供?ユキのボディーガードってやつか?」
「違う違う。この子はリョウくんって言って、」
「ジョシュだよ!」
「……は?」

リョウくんのいきなりの発言に、ヨイチは間の抜けた声を出した。あたしも最初リョウくんが何を言ったのか理解出来ずに、ぽかんとする。

「ジョシュ?」
「うん!ぼく、ユキおねえちゃんの“ジョシュ”なんだよ」

あ、“助手”ね。

「ほー。こりゃ頼りがいのある助手さんだなー……そうかそうか…………はあ」

ヨイチらしくない嘆息。
しかしその疑問を口にする前に、あたし達が飛び出したゲートとは別のゲートが、ばちばちっと音を立てた。あたしやリョウくんと同じように、誰かが何処かから魔法陣で協会に移動しようとしているのだ。
そこに現れたのはムヒョとロージーくんだった。予想通り。

「よっす、ムヒョにロージー!」
「あ、おはようございますヨイチさん!って──ユキさんんんっ!?」
「うん、おはよう」

ロージーくんは驚きを隠せないようだったが、ムヒョはヨイチから聞いて知っていたのか全く驚いた素振りを見せない。彼は基本的に無表情というかポーカーフェイスなので感情は読みにくいが、やはり付き合いが長くそして深いとわかるものはわかるものだ。

「お?その様子だとロージー、おまえユキと知り合いのようだな?」
「あ、はい……」
「少し前にお世話になったんだよ、あたしが」
「で、で、でも、どうしてユキさんが此処に──?」

ロージーくんは何故かわたわたしている。

「あたし、昇級試験の臨時の監督者になったの。それで」
「そっ、そうなんですか!」
「試験受けるんだよね?ロージーくん。贔屓は出来ないけど心の中で応援してるよ、頑張ってね」
「は、はいっ!ありがとうございます!!」

絶対合格するぞー!と、ロージーくんはかなり意気込んでいた。「あの単純馬鹿め……」とそれを見たムヒョは呟いた。

「よっし、全員揃った事だし、行くとすっか!」

ヨイチの声を合図に、あたし達は歩き出した。が、一歩も進まない内に再びばちばちっという音が聞こえてきたので、あたし達は反射的に振り返る。しかもその音を発しているのは、今しがたムヒョ達が現れたゲートだ。
驚いて見守る中、そこから飛び出して来たのは可愛らしい女の子だった。制服を着用している。中学生って感じはしないから、女子高生辺りかな。ムヒョ達と同じゲートから飛び出して来たって事は、ムヒョ達の知り合いだろうか。多分、彼女は好奇心で魔法陣に飛び込んだのだろう。
そしてゲートに一番近かったヨイチは、運悪くその女の子の下敷きになってしまった。

「す……すごい……!」

女の子はヨイチの上に座り込んだまま、協会内の数々の壮大な建築物に驚きの声を上げた。やはり魔法律家ではない、一般人のようだ。

「……ナ、ナナちゃん……?」
「何でオメェが此処にいんだよ……」

ロージーくんは口をぱくぱくさせ、ムヒョは小さく“ナナちゃん”を睨んだ。これで確信。ナナちゃんはムヒョ達の知り合いで普通の女子高生。

(いや、)

あたしは目を細めた。
──霊媒体質、のようだ。
彼女は、霊気を身に纏いやすい体質であるに違いない。つまり普通の人よりも、霊の厄介事に関わりやすいだろう。

ナナちゃんはムヒョのかつての依頼人で、依頼は解決してもらえたけどムヒョを気に入っちゃって着いて来ちゃった……て、寸法かな?勝手な推測。気に入ったのはロージーくんの方かもしれない。むしろロージーくんである方が説得力倍増だ。

(……て、いうか、)

あたしは視線を下にずらした。そこには仰向けに倒れているヨイチ。ナナちゃんはその存在に全く気付いておらず、呑気に笑って「着いて来ちゃった」。あ、やっぱり着いて来たんだ。
しかしそんな平穏な雰囲気は長く続かなかった。ヨイチがにゅっと両の手をナナちゃんに突き出し、彼女の胸を掴み、揉んだのだ。そして一言。

「Dカップ」

バシッ!と小気味好い音が辺りに響いた。

運が悪かったのは下敷きにされてしまったヨイチではなく、ヨイチを下敷きにしてしまったナナちゃんだった。





「あっはっはっは、聞いてないよムヒョォ〜!こーんなボインのかわいこちゃん連れてくるなんてさあ!」

ヨイチは頭を押さえながら(しかし嬉しそうに)言った。

「『相変わらずで良かった』なんて決して思いたくない人は初めてかも……」

あたしは呟き、溜息をついた。昔からずっとこんな感じだ、何で捕まらないのだろうかこいつは。
一方ナナちゃんは「何なのよこの人〜!」と唸っている。それに「只のアホだ」と答えるムヒョ。うん、同感。

「オレは裁判官のヨイチ!」

ナナちゃんの言葉はそういう質問の類ではなかっただろうが、ヨイチはウインクをして自己紹介をした。

「まっ、こんなとこじゃなんだし行こーかねっ」

そういうわけで、あたし達は改めて協会内へと向かって行った。流石に、また一人誰かがゲートから飛び出して来る事は無かった。

大きなアーチ形の入口を抜ける。そこでは様々な国の人が行き交い、洋風建築物ばかりが立ち並んでいる。
ナナちゃんとリョウくんは初めて見る魔法律協会に、口を開けて見惚れていた。

「こ……此処は?外国……?それとも──」
「まほうのせかいだよ!まほう!」

リョウくんはさっきからずっとはしゃぎっぱなし。

「実はね、此処は日本なの。長野県の、安曇野の山中で……」

あたしは二人に説明する。

「山……?」

少し信じられないといった表情のナナちゃんに、あたしは頷いた。

「そ、協会が山ごと土地を買って魔法律の機関詰め込んで、街みたいにしたの」
「すごぉい!まほうだまほう!」

リョウくんは『まほう』を捨て切れないようだ。確かに魔法は西洋の文化の一つみたいなものだもんね。この場所の造りは西洋の国みたいだし、とんがり帽子を被っている人もちらほら見かける。マントなんてほとんどの人々が着用しているし。
ナナちゃんは小首を傾げてあたしを見た。

「……そういえば、あなたはムヒョさんの知り合い……?」
「あっ。ごめん、まだ名前言ってなかったね。あたしはムヒョと同じ執行人のユキ。で、そっちがリョウくんて子。よろしくね、ナナちゃん」
「あ、うん!よろしくね、ユキちゃん!」

ナナちゃんは飛び切りの笑顔を見せてくれた。と思ったら何やら目の前で光が炸裂した。眩しさに目をぱちぱちさせながら見ると、ナナちゃんは手に小さなカメラを持っている。どうやら先程の光はフラッシュだったらしい。

「やった!ユキちゃんの可愛いお顔ゲーット!次はリョウくんね!」

ナナちゃんは写真を撮るのが趣味なのかな?そしてリョウくんは嬉しそうにカメラに写る。

「良いなあナナちゃん……オレもユキの写真欲しい……」
「卒業写真に写ってると思うけど?」
「いや、さっきみたいにもっとドアップで写ってるのが欲しいんだよ!」
「ふーん……?」

何であたしなんかの写真が欲しいのかよくわからなかったので、適当に流した。

「でもま、かわいこちゃんが二人も揃ってオレは最高に幸せだぜ!両手に花、ってやつだなー!」

ははは、と笑うヨイチの顔は、次の瞬間、哀愁を帯びたものに変わった。そして彼は長い溜息をつく。

「──なんつっても、デートなんて出来る様な雰囲気じゃなくなっちまったけどな、この街も……。そう思わねーか?」

ヨイチが問うた相手はムヒョか、それともあたしか。

「──よく見ると、どいつも──チッ。辛気臭えツラしてやがる」

問いに答えたのはムヒョだった。あたしは答える気なんて最初から無かった。だが確かにムヒョの言う通りだ。街には何処かしら重く暗い雰囲気が漂っていた。昔は感じられなかったものだ。

「──それもこれもエンチューのせいで……!」

っ、やっぱり。言うと思った。
しかし驚いた事に、その言葉にいち早く反応したのはロージーくんだった。

「! ヨイチさん、エンチューって……!?」
「オイ、ロージー」

ロージーくんの言葉をすかさず遮ったのはムヒョだった。ロージーくんは「え?」と首を傾げる。

「オレはヨイチと話がある。試験の受付けの鐘が鳴るまでナナといろ。それが済んだらナナには帰ってもらう。──で、オメェはそのガキをどうするつもりだ?」

ムヒョはあたしを見た。

「あ……あたしもヨイチに話があるから──。リョウくん、ナナちゃんとロージーくんとちょっと一緒にいてくれる?」
「ええー!ぼくユキおねえちゃんといっしょにいたい!」
「ロージーくんが、凄く面白いとこに連れてってあげるってさ」
「え、僕何も──」
「やったー!じゃあぼく、いいこにしてまってるからね!」
「うんうん。じゃ、ロージーくんよろしくね」
「あ、はい……」

ごめんロージーくん。何か狐につままれたような表情してたね。
ロージーくんとナナちゃんは、元気良く駆けて行くリョウくんを慌てて追い掛けて行った。

「なあユキ、オレに『訊きたい事』って何なに?一晩考えたんだけどさもしかしてやっぱあれか?」
「『あれ』?」

『あれ』というものは絶対ろくな事じゃなさそうだとあたしは思った。少なくともヨイチ以外の全人類にとっては。
頬の緩みをどうにも抑えられないヨイチはその状態のまま口を開いた。

「『ヨイチ〜今彼女いたりする?』ってやつだよ!」
「……へ?」

情報処理が追い付きません。

「そこでオレはこう答えるわけだ、『ん?いないけど』。するとユキは顔を輝かせ、『ほんと!?じゃあユキと付き合ってくれる!?』と。『ああ、もちろんいいよ』と答えるオレ。『やったー!ユキ、嬉しい!』、そしてオレらはハッピーエンド!」
「ユキ」
「うん?」
「殴れ」
「おっけ」

ムヒョの指令の下、あたしは右ストレートを繰り出した。

「げばっ!なな、何で……ユキ……」
「何か色々突っ込みどころあったから。こうやったら早いって」

昔ビコに教えてもらったような。

「それにムヒョが殴れってさー」
「オレのせいかヨ」
「連帯責任連帯責任」
「……フン。もういい。さっさと行くぞ」
「あいあい」

ヨイチも「あいあい」と復活する。真似するなよー!復活もしなくて良かったしぶっちゃけ。

少し歩き出してから、ヨイチはちらと後ろに視線を遣った。もうそこにはロージーくん達はいない。そして彼は、ムヒョに聞こえる程度の呟きを漏らした。

「──まだ言ってないんだな、ムヒョ……。ロージーにあいつの事……」

エンチューの、事……。

ムヒョは何も言わず、只真っ直ぐ前を見ていた。だがその視線は、何処か遠くに向けられていたのであった。





第6話:魔法律協会 〜到着〜(了)

舞雪/どり〜む/ふる〜つ村。


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